形だけの女王ですが英雄が王配となって溺愛してきます!〜虐げられ姫の幸せな婚姻〜

蓮恭

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20. はじめて幸せを知る

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 とある日、朝の光が射しこむ庭園の一角、まだ人の気配がまばらな朝の王宮を、アリシアは一人で歩いていた。

 足元には新芽を付けた芝が広がり、白い可憐な花が朝陽に揺れている。けれどアリシアの視線はその先、昨日官僚達と意見を交わした広間へと続く、石畳の先へ向いていた。

 彼らとの会議の中で、生まれて初めてアリシアは「それは違います」と口にした。
 宰相が作成した文書を秘書官が読み上げていたところだった。そのまま鵜呑みにせず、自分の言葉で反対の意を述べたのだ。

 たった一言。されどそれは、王位継承から七年の沈黙を破る、最初の一歩だった。胸に残るのは歪な不安と、過去の痛みと、少しの誇り。  
 それを抱いたまま、歩を進めようとした時……。

「……また早起きか」

 低く、少し呆れた声が背後から届く。

 振り返ると、そこには外套を羽織ったテオバルトがいた。寝起きの癖に目つきは鋭く、けれどアリシアを見つめる視線だけはどこまでも優しい。

「部屋に戻って寝直せ。そんな顔して歩いてたら、心配した誰かに声をかけられるだろ」

 アリシアはふっと笑う。

「私にそんな風に声をかけてくるような人はいません。テオバルトくらいです」
「どうだか。近頃はお前の事、見る目が変わってる奴らが増えてる」
「そうだといいのですが……」

 テオバルトはつかつかと大股に歩み寄ると、何も言わずにアリシアの肩に外套をかけた。  
 春とはいえ、朝の風はまだ冷たい。

「私、大丈夫です。本当に。あの時より、今の方がずっと自分でいられる気がしているのです」

 その言葉に、テオバルトは片眉をわずかに持ち上げる。

「あの時?」
「あなたと本当の夫婦になる前の事です」

 テオバルトがふっと笑った。あの鋭い顔に、ごく自然に浮かぶ笑み――それはアリシアだけが知る、特別なものだった。

「お前が戦おうってんなら、俺は力を貸す。あの宰相の言葉が骨の髄に染みてんの、分かってるからな」
「……ええ。まだ、耳の奥で響いています。『お前は傀儡、自我を持つな』って、『言う事を聞いていればいい』って、何度も何度も叩き込まれた言葉が」

 そう言って視線を遠くに流したアリシアの横顔は、テオバルトと出会った頃よりも少し大人びて見えた。

「でも、俺の声も聞こえるようになってきただろ?」

 言いながら、テオバルトはアリシアの額に指を添え、そっと口付けを落とす。  
 それは誓いのようであり、祈りのようでもあった。

「『お前は自由に考えていい。間違えても、俺が全部受け止めてやる』……そう言ったの、覚えてるか?」
「……覚えています。何かある度に何度も思い出して、勇気をもらっていますから」
「なら、安心しろ」

 強くも優しい声でそう言うと、テオバルトは彼女の手を取り、ゆっくりと歩き出す。

「ふふ……」
「……何だ? 何を考えてる?」
「大した事ではありまけん。ただ……思い出していました」
「何を?」
「私が自分なりに一歩を踏み出している間に、あなたがこっそりやってくれている事を」

 テオバルトの眉がぴくりと動く。けれどアリシアは、微笑んだまま言葉を続けた。

「執務室に届いた、民からの訴えが書かれた書簡。あれを私宛に回すよう進言してくれたの、あなたなのでしょう?」
「……証拠あんのかよ」
「ありません。でも、知っています。あの若い秘書官達が近頃テオバルトの事を少し怖がってるもの。表向きは『口を出さない王配』だけれど、誰よりも私の後ろ盾になってくれているでしょう」

 テオバルトは腕を組み、ニヤリと笑って言った。

「……俺のやり方、気に入らねぇのかと思ってた。だからバレねぇように動いてたっていうのに」
「今の私では、一人じゃ何も進められないから……もっと努力して、テオバルトにばかり頼らないでも平気なようになりたいとは思っています」

 そう言ってアリシアは柔らかな微笑みを浮かべる。以前なら不甲斐なさから視線を落としていただろう。けれど今は前向きに考えられるようになっていた。

「そうか」
「大切な書簡を宰相ではなく、私の手元に戻すように仕向けてくれたのも。古い侍従や女官をそっと配置換えするよう命じてくれたのも。夜中、私の執務室の前を何度も通って様子を見てたのも……全て気付いていました」
「はぁ? それなら……何で言わねぇんだよ」
「テオバルトの優しさが嬉し過ぎて、つい自分の中にもう少しだけ秘めておきたくなったんです」

 そう言った時のアリシアの表情があまりにも眩しくて、テオバルトは思わず顔を背ける。

「……チッ。バレてんのは薄々分かってたけどな」
「ありがとうございます。私の……味方になってくれて」

 一歩近付いたアリシアはテオバルトの胸元に額を預け、そっと囁く。

「誰かが私の味方をしてくれている。そして背中を押してくれているという事が、こんなにも幸せだなんて……知らなかったのです」

 その言葉にテオバルトは、グッと苦しげな表情を浮かべ、静かに胸の中のアリシアの肩を抱き寄せた。言葉はなかったけれど、腕の力が全てを物語っている。

 再び王宮の中庭には、ふたりの足音だけが落ちていく。朝の空気は澄んでいて、けれどどこか暖かかった。
 
 束の間の幸せ。今は儚いかもしれないけれど、それは確かにこの手の中にある。そうアリシアは知っていた。だからこそ、勇気を振り絞って前へ進めるのだと思えたのだった。
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