政略結婚の相手は、御曹司の元カレでした〜冷たいはずの彼が甘過ぎて困ってます〜

蓮恭

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17. 熱を越えて、ぬくもりだけで

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 いつの間にか私の指先にほんの少しだけ重ねられていた礼司さんの手。その手が私の心の奥に伸ばされて、遠慮がちに触れた気がした。

 今言わなくてもいい。きっとこのままでも穏やかな日々は続くのかもしれない。
 だけどそうやって『守られたまま』、『ずるい女』でいたくない。

 もう、さっさと伝えてしまえと心が叫んでる。私は、ずっとずっと――この人が好きだった。

「……礼司さん」

 自然と震える声で呼びかけると、彼はほんの少しだけ眉を動かし、私の方を向く。

「……好きです。あなたが」

 口に出した瞬間、喉の奥がきゅっと締めつけられた。

「前に、ずっと忘れられなかったと言いました。自分から離れておいて、虫のいい話だと分かってます」
 
 目は逸らさなかった。今だけは、ちゃんと伝えたかったから。

「契約結婚の、仮初めの妻としてここに来たつもりだったのに……気付いたら、毎日あなたの言葉で笑って、優しさで救われて、ぬくもりに触れて……。自分の心に嘘をつくのが難しくなってしまいました」

 礼司さんは何も言わない。ただじっと、私の言葉を聞いてくれている。

「ずっと、怖かったんです。好きになってしまったら、また傷付く。前も、私の弱さがあなたを手放させた。でも、もう――大きく膨らんでしまったこの気持ちは、隠しきれないんです」

 一人でに涙が滲んでくる。震える声が詰まらないよう、必死で堪える。
 礼司さんは何も言わず、ただ静かに、私を見つめていた。

「好きです。ずっと……あなたのこと、大切に思ってた。あの時の私は未熟で……やり方を間違えたのだと、今では後悔しています」

 苦しかった心、蓋をしてきた本音、認めてしまった自分の未熟さと変わらない想い。
 全て吐き出せて、やっと深く息が吸えた気がした。

「静香……」
 
 それだけ言って、彼は音も立てずに立ち上がり、私の目の前に膝をついた。こちらを見上げる目は、真っ直ぐに、優しく、そしてどこか切なげに揺れている。

「……ようやく、聞けた」
「……え?」
「ずっと……待ってた。俺から言えば、君が逃げてしまう気がして……」

 礼司さんの手が、私の頬にそっと触れた。その体温に、背筋がぞくりと震える。

「……もう、我慢したくない」

 言い終えると同時に、礼司さんは私を強く抱き寄せた。毛足の長い絨毯の上に座り込む二人。
 そして、これまで何度も触れたことのある唇と唇がゆっくりと重ね合わさる。

 ――けれど、今回はいつもと違った。

 啄むような優しいキスじゃない。唇を重ねたまま、礼司さんの舌がそっと私の唇を押し広げてくる。

「あ……」

 驚いたのは一瞬だけだった。深く、熱く、溺れるようなキスに、私は身を預ける。
 息も忘れるほど長く、けれどどこまでも甘くて、苦しくて――どうしようもなく愛おしい。

 長いキスのあと、礼司さんは私を抱きしめたまま、ほんの少しの間息を整えるようにして額を私の肩に預けた。

 静かなリビング。いつの間にか礼司さんの脚の間に挟まれるようにして、抱きしめられている自分。
 触れ合ったままの体温が、じわじわと熱を伝えてくる。

「……静香」

 名前を呼ばれるだけで、心が芯から震える。

 礼司さんの手が、私の背中をゆっくり撫ではじめた。指先が服越しに滑って、肩甲骨から腰へと、迷うように、でも確かに。

 別の場所に触れられる度、背筋がぞくりと震える。何かを探し求めるように、でも必死に抑えているような、そんな手つきがもどかしくて、苦しかった。

 それに――隙間なく抱きしめられたことで、礼司さんの身体の変化を感じ取ってしまった。

 硬くて熱い――熱が、ある。
 それは時折私の太腿に軽く触れては、驚いたように離れていく。
 
 一瞬、何が起きているのか分からなくて呼吸が止まった。でも、すぐにそれが何か理解して、頬がみるみる熱くなっていく。

(……どうしよう……)

 心臓が跳ねる。恥ずかしくて、でもなぜか目が離せないような、そんな弄りがゆい気持ち。

 礼司さんは何も言わなかった。ただ、私の背中をそっと撫でる手を止めず、でもそれ以上のことには踏み込もうとしない。

 やがて、彼の唇が私の耳元に寄せられる。

「……今夜は、これ以上しない」

 低く、掠れるような声。耳から頭へ、突き抜けるような衝撃。

「静香がそうして欲しいと思った時に……俺に触れて」

 その言葉は、まるで熱を無理矢理押し込めた氷の彫刻のようだった。
 鋭くて、我慢強くて、でもそこにはキラキラとした愛が満ちていて――ギュッと胸を鷲掴みされたように、締めつけられる。痛いくらいに。

「……ごめんなさい。私……」
「謝るな」

 きっぱりとしたその言葉に、また涙が滲みそうになる。
 礼司さんはそっと私の額に唇を落とした。それから静かに身体を離し、ほんの少し距離を空けた。
 腕を伸ばし、さも大切そうにして私の両手を大きな手のひらで包む。

(あたたかい。優しいぬくもり……)

 熱く滾ったものではなく、今はその手の穏やかな温もりで――二人は繋がっているのだと伝えるように。

 きっと男性にとっては辛いはず。熱を持った身体のまま、それ以上何も求めずにただ手を握る礼司さんの美しい心。

 それとは裏腹に、彼の抑えられた熱が私の中に火種のように燻っている気がして、『今すぐ触れてほしい』と、そんな言葉が、口から零れてしまいそうだった。
 
 
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