すれ違いがちなヒカルくんは愛され過ぎてる

蓮恭

文字の大きさ
28 / 66

28. 初めての遠足部登山の回

しおりを挟む
 賢太郎との待ち合わせは朝七時、朝食にはパンを頬張ってから出掛ける準備をする。今日も仕事に行く予定の母さんは既に出掛ける準備も万端で、玄関で新品のトレイルランニングシューズを履く俺を見送りながら尋ねた。

「光、くれぐれも気をつけてね。忘れ物は無い? スマホは持った?」

 神経質な母さんの口癖はいつもと同じ。だけどその表情はいつもより心配そうだ。

「大丈夫だよ。持った持った」

 今日の登山は必ず成功させて、母さんと賢太郎ともきちんと話し合う。俺の記憶について、どんなに体調が悪くなってもはっきりさせると決めた。

「あんまり遅くならないようにね」
「うん、行ってくる。母さんも仕事頑張って」

 土曜日の早朝といえば普段は寝ている時間だから、朝陽が眩しい事もあっていつもの風景が新鮮に見える。青々とした生垣や俺の好きな紫陽花あじさいたちも朝の光の下で見るとより元気そうだ。
 気持ち良い朝の空気をしっかり吸い込みながら、新品のトレイルランニングシューズを履いた俺は早足で歩く。遠足部の活動をし始めてからというもの、運動音痴な俺でも随分と体力がついた事を実感できた。

 待ち合わせ場所の駅に着くと、タクシー乗り場の近くで柱に背を預けた賢太郎の姿が見えた。思った通り、俺と色違いのマウンテンパーカーを着ている。思わず頬が緩んでニヤけるのを堪えて、早足から駆け足へと変えた。

「賢太郎、おはよ! お待たせ!」
「おお、おはよう。走って来たのか?」
「いや、賢太郎が見えて嬉しくなって……すぐそこから走って来ただけ」
「そうか」

 何の気なく素直に答えたら、あまり普段は表情に変化がない賢太郎が耳まで真っ赤にして口元を押さえ、フイッとそっぽを向いた。俺は嬉しくなってその顔を覗き込む。

「今日は俺めっちゃ頑張るから! 楽しみだな!」
「おう、無理はするなよ」

 電車で伊今山いいまやまの最寄り駅まで移動して、そこからはバスに乗って移動する。何だか本当に遠足みたいでワクワクする気持ちを抑えきれずにいた。

「わぁー! 下から見ると思ったよりデカいなー! 伊今山」

 いかにも山、という風なおむすびのような形をした伊今山は深緑色の木々に覆われている。その頂上には展望台があり、そこからの景色はとても美しいのだという。登山道の途中にも休憩所があって、登りやすい山だということで初めての山に選んだ。

「一時間半くらいで頂上まで登れるはずだ。でも時間は沢山あるからな。ヒカルのペースでいいぞ」
「今日は自然の景色を見ながら、のんびり登って行こうと思って」
「そうだな、俺らは登山部でも山岳部でもなくて遠足部だからな。ゆっくり楽しみながら行こう」

 フェルネのリュックをぎゅっと持ち直して、賢太郎と並んで登山道の入り口へと向かった。
 
「ここから登山開始だな。あっ、賢太郎! ここで記念撮影しとこうよ」
「いいよ、ほら」

 背の高い賢太郎が俺をリュックごと背後から抱きしめるみたいにして、前からスマホを向ける。その不意打ちに胸が高鳴って頬がカァーッと熱くなった。

「じゃ、撮るぞ」
「う、うん」

 後ろにそびえる伊今山と賢太郎と俺のスリーショットは、緊張して唇を真一文字にした俺の顔が何だか間抜けだったけど、それでもとても綺麗に撮れていた。

 そこからは枯れた葉っぱがたくさん落ちた登山道に足を踏み入れる。二人で並んでも十分歩ける登山道は、左右を草や木で覆われているが、歩く部分は踏みしめられてしっかりと固くなっている。登山道を見上げると、登山初心者でも登りやすそうななだらかな傾斜がずっと続いていた。

「なぁ賢太郎、この山登った事あるのか?」

 登り始めてすぐ、まだ元気な俺は隣を歩く賢太郎に話しかける。眉間に皺を寄せて記憶を辿る賢太郎は、視線を斜め上に向けながら指折りして答えた。

「何度かある。父親と一緒にな」
「賢太郎とお父さん、仲良いんだな」
「普通だろ。自分の趣味を息子とするのが夢だったからって、小さい頃から色々させられてるだけだぞ」

 俺が幼い頃に両親が離婚してあっさり居なくなった父親は、どんな人だったのかほとんど覚えていない。覚えてるのは日常のたいした事ない記憶と、顔が俺と姉ちゃんに似てたって事くらいだ。

「でも、そういう普通に憧れるよ。俺には父さん居ないからさ」
「……そうだったな。悪い」
「いや、別にもう気にしてないんだけどね。離れたのが幼過ぎてほとんど父親の記憶なんて無いし」

 黙々と登り続けるより、せっかく整備されて広い登山道だから賢太郎と色んな事を話しながら登った方が足が進む。父親の話でしんみりした雰囲気になりかけた頃、六合目の看板が見えた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

処理中です...