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29. 意地悪な奴だなの回
しおりを挟む「あっ! めっちゃ景色綺麗だぞ! ほら!」
看板の近くにある休憩所には木製のベンチがあり、鬱蒼と生い茂っていた木々が開けていて下界がよく見える。ずっと遠くに見える山々や、高速道路、住宅街に大型の施設。小さな車が走るのが見えて、そこには今も人々の日常生活があるのだと知らせる。
「学校見える? あっちが東だから……」
「ほら、あそこじゃないのか」
俺が学校を探して目を眇めていると、そっと右肩に手を置かれた。ビクッと身体を跳ねそうになるのを何とか堪えると、左耳のすぐそばで賢太郎の低くて心地よい声がする。
「うひゃあ……ッ」
思わず変な声を上げて身体をブルっと震わせた俺を、首を傾げた賢太郎が不思議そうな顔で見てくる。
「どうした?」
「や、べ、べつに……!」
俺の顔はきっと真っ赤になってて、手のひらで左耳を押さえてるところから何が原因でこうなったのか予想出来たんだろう。賢太郎は急に意地悪そうな顔つきになって、さっと辺りを見渡した。
「け、けんたろ……」
両頬をガッチリ掴まれたと思ったら、急に賢太郎の顔が急接近してくる。名前を呼びかけて開いた俺の口を賢太郎の唇が塞いだ。はじめは唇をただ塞ぐだけだったのに、賢太郎から熱っぽいものが差し出されてからは段々と二人の境界が曖昧になっていく。
「はぁ……っ」
いつの間にか賢太郎にピタリとくっついていた身体がクタリと弛緩しそうになった時、やっと頬の拘束は解放されて新鮮な空気を一気に吸い込む。
「ヒカル、好きだ」
俺と違って息を乱す事も無い賢太郎は、それでも頬と耳の先がほんのり赤く染まっている。今度はギュッと強く抱きしめてきて、身体の前面で二人の激しい鼓動が重なった気がした。
「俺も、好きだよ」
胸がキュウっと苦しいけど、その甘い痛みは全く不快じゃない。俺も賢太郎の背中に手を回したかったけど、緊張していてリュックを掴むので精一杯だった。
「こういうの、幸せ過ぎてヤバい……」
思わず口にした言葉は小さな声で、賢太郎に伝わったのかは分からない。遠くの方から登ってくる男女の声が聞こえてきたから、俺達はどちらともなく急いで離れた。スウッと二人の間を風が通っていくと、急な冷えと寂しい気持ちでブルっと震えた。
「さっ、続きも頑張って登ろうか!」
本当は喉が乾いて水筒のお茶を飲みたかったけど、何となく賢太郎とのキスが消えてしまう気がして躊躇ってしまう。
「ヒカル、飲み物持ってるんだろ。ちゃんと飲めよ」
「分かったよ! 飲むよ!」
俺の考えを見越してなのか何なのか、賢太郎がすかさずそう言うものだから、仕方なく水筒のお茶を飲んだ。賢太郎もペットボトルのスポーツドリンクを飲んでたけど、知らず知らずのうちにその唇に釘付けになっていた。
(あの唇が俺の唇に触れて……)
「どうした?」
ちょっと意地悪な顔で笑うのは、また俺の考えが読めてるからに違いない。段々と賢太郎の事が分かってきた。
「別に!」
何となく強がりたくて、顎をツイっと上に向けてそっけなく言い放った。
「キス、ドキドキしたな」
「や、や、や、やめろよぉーっ!」
突然耳元で囁くように話す賢太郎からザザッと距離を置いた俺は、さっさと歩いて休憩所から離れてさっきの男女が既に先を行ってしまった登山道へと戻った。
ククッと可笑しそうに口元を押さえ、堪えきれない笑いを零しながらついてくる賢太郎を、ジロリと睨みながらどんどんと足を進める。だけど賢太郎のあの優しい視線が俺の背中に向けられてる気がして、どうにも落ち着かなかった。
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