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最終話 66. 俺の大好きな、の回
しおりを挟む「賢太郎、おはよう」
「おう、おはよ。なんか靴箱の位置にまだ慣れないよな」
「確かにね。思わず一年生のところに行きそうになるの、分かる気がする」
あの全身打撲事件から季節は巡って、俺達は二年生になった。相川はギリギリまで山岳部を続けながら、部活の無い休日は俺達遠足部と登山をしたりキャンプをして過ごした。相川家と佐々木家のキャンプに俺が加わらせてもらったりして、カナダに行くまでにたくさんの思い出が出来たと思う。
カナダへ出発の日、賢太郎と一緒に見送りに行った俺に向かって相川は「カナダの男は優しくてイケメンが多いらしいから、さっさと賢太郎よりいい男を捕まえてやるよ」と、学年で一二を争うほどの清々しく整った顔で宣言した。
ところが突然苦い顔になったと思えば、小さな声で俺と賢太郎に「ありがとな」と言って僅かに瞳を潤ませた。それを見て堪えきれなくなった俺は、人目を憚らずボロボロと涙を零して嗚咽を漏らし、相川と賢太郎に慰められるという失態を犯したのだが。
「相川が教室に居ないのって、やっぱり寂しい?」
「まあな、二軒隣の悠也の家につい目がいく事もあるけど、そのうち慣れるだろう。それに、アイツも向こうで随分と楽しんでるみたいだぞ」
「そうなんだ。登山とかしてるのかなぁ?」
二年生になって俺と賢太郎、そしてダイも同じクラスになった。それでもまだ新しい教室にもクラスメイトにも慣れない俺と違って、イケメンで世渡り上手そうな相川ならすぐに周りと馴染めそうだ。
「ほら、昨日コレが送られてきた」
賢太郎が見せてきたスマホの画面には、雄大な山の景色をバックにどう考えてもイケメン過ぎる男二人が親しげに肩を組んでいた。片方は相川、隣は『薄いブルーの瞳と程近いところにある凛々しい眉毛がいかにも海外のイケメン』といった風貌の外国人男性で。
「へぇー……。満喫してるなぁ」
「『俺にはオリバーという大切な恋人が出来たから、毎日楽しくて幸せだぞ。せいぜいお前もヒカルと仲良くな』だってさ」
「確かに、オリバーって感じだなぁ」
なるほど、そう聞くとオリバーという男性は明らかに相川の事を好きなのだと分かる程にピッタリと身体を密着させている。隣の相川の笑顔だって、誰が見ても心からの笑顔だと分かるくらいにその表情は輝いていた。
「でも相川が幸せそうで良かった。景色も綺麗なところだし、カナダは相川に合ってたんだな」
「カナダか……」
教室に向かいながら賢太郎が窓の外に目をやった。そこから見えるのはせいぜい前に登った伊今山くらいだけど、賢太郎の瞳には遥か彼方相川のいるカナダの荘厳な自然が見えているのかも知れない。
「二人でいつか行く?」
「カナダに?」
「うん、カナダに遠足とかどう?」
相川とオリバーみたいにパワフルな景色をバックにして、賢太郎と二人で写真を撮ってみたいなと、漠然とそう思った。そんな風に羨ましくなるくらい、スマホの中の相川の表情は晴れ晴れとしてカッコよかったから。
「行くか。遠足でカナダ」
「それまでに、俺はもっとトレーニングしとかないとなぁ」
「とりあえず卒業して自分達で稼ぐようになってから、だな。行くのは」
そんな事を言いながら二人並んで廊下を歩いていると、後ろから突然背中をバンと叩かれた。こんな事をするのはアイツしかいない。
「おっはよ! 二人してどこに行くんだよ? 楽しいところなら俺も行きたい!」
相変わらず目と口を横に細くして人懐っこい笑顔を浮かべたダイは、俺と賢太郎の間を割って入ってくる。賢太郎は呆れたような顔で「またか」と言うけど、口調の割に視線は優しい。
「カナダだよ。壮大な大自然で星を見たり……いいよなぁ」
俺はうっとりとした口調でダイに向かって答えたけれど、当のダイは眉間に皺を寄せて唇を尖らせた。どうも思っていたような場所じゃ無かったらしい。
「また山かよぉー……。それなら俺は合コンの方がいいかな」
相変わらずな親友の発言に思わず微笑むと、賢太郎がダイの腕を掴んで自分の方へと強く引っ張った。
「お前、こないだの彼女とはもう別れたのか?」
「賢太郎、こないだっていつのだよ?」
「コンビニの店員とか言ってただろ」
「あー、とっくに別れた。『何かイメージとちがーう』とか言われたから」
こんなにいい奴なのに、ダイの恋愛は長続きしない。多分チャラい見た目に反して、案外真面目なところがあるからかも知れないけれど。そんなダイの良いところを分かってくれる相手がいればいいと心から願う。
「俺はなヒカル、心の広い恋人を探す事にするわ。ちょっとヒカルに近付いただけで友人を引き離すような心の狭い恋人じゃなくてさ」
そう言ってダイは俺の頭をポンポンと叩くと、さっさと早歩きをして廊下の先の階段を駆け上がって行く。その背中に向かって賢太郎がダイの名を呼んだ。だけどダイは一度振り向いてニカっと笑うと、そのまま階段の向こうに消えた。
「何だよ、アイツ」
「なぁ賢太郎」
逃げるダイを追いかけようと足を早めたせいで、俺より少し先を行く賢太郎の広い背中に呼びかけた。肩を回してくるりと振り返った賢太郎の、この「何だ?」っていう顔が好きだ。
「俺はちょっとした事にもすぐ嫉妬するような恋人の事が、どうしようもないくらい好きだよ」
一瞬、時が止まる。離れたところから聞こえていた生徒たちの声が遠のく。今の俺は賢太郎しか目に入っていないし、賢太郎も俺しか見ていない。
やがて賢太郎は、俺の大好きな切長の瞳を優しく細めた。ああ、きっと賢太郎は俺の好きな低くて甘い声で顔を真っ赤にしながらこう答えるはずだ。
「そうか」
(ほら、やっぱりな)
「賢太郎のそんな顔を見れるのって、俺の特権だよな」
普段は表情の変化の乏しい賢太郎を揺さぶれるのは自分だけなんだと思うと嬉しくなる。たまらず顔を綻ばせた俺に、一度むくれた賢太郎は仕返しとばかりにずいっと近寄り耳元で囁いた。
「何度も攻められて喜びながら啼くヒカルを見るのは、俺だけの特権だけどな」
「な……ッ!」
「今度の遠足、いつにする?」
ああ、結局俺は賢太郎には敵わない。散々振り回しているつもりでも、本当に翻弄されているのはいつも俺だ。ただ優しく守ってくれているようだけど、でもいつの間にか俺は賢太郎に囲われている。逃げ出せないように、無茶苦茶に結んだクローバーで。
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