すれ違いがちなヒカルくんは愛され過ぎてる

蓮恭

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65. 賢太郎のお母さんの回

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「まぁまぁ! ヒカルちゃん! 久しぶりね!」

 打撲がすっかり良くなったのは一週間後。日曜日の朝に佐々木家を訪れた俺は、ものすごく緊張していた。それなのに、俺を出迎えてくれたのは昔と変わらずとても嬉しそうな顔をした可愛らしいお母さんだった。

「お久しぶりです」
「なんだかすっかり男の子になっちゃってねぇ。でも、こないだのジュリエットは素敵だったわぁ!」

 上から下までマジマジと見つめながら笑うお母さんは、子どもの頃の記憶よりも少しふっくらとして綿菓子みたいに優しくて甘い雰囲気だ。
 
「母さん、父さんも待ってるだろ。いつまでも玄関でいないでリビングに行こう」
「あら、それもそうねぇ。ヒカルちゃん、行きましょ!」
「は、はい……」

 お母さんは俺の腕を掴んで嬉しそうにリビングへと案内してくれる。賢太郎は苦虫を噛み潰したような顔をして「ごめん」というように俺に向かって手を合わせた。

(謝る事ないのに。やっぱり昔と変わらず優しくて素敵なお母さんだな)

「こんにちは。お邪魔しています」
「ああ! ヒカルくん! いらっしゃい!」

 学校帰りにトレーニングをさせてもらっているリビング。そこに立つお父さんは落ち着かない様子でメガネをずり上げた。お父さんには会ったことはなかったけれど、飾ってある写真立てのイメージ通りで穏やかな雰囲気だった。

「父さんも、座ったら?」
「お、おう。そうだな。座ろう、うん」

 ガタンと大きな音をさせて思いきりテーブルに足をぶつけながらも、お父さんはソファーに腰掛けた。

「あの、大丈夫ですか?」
「うん、平気平気! さぁ、ヒカルくんも座って座って!」
「はい。あ、これどうぞ」

 手土産の焼き菓子を渡すと、お父さんはまたメガネをずり上げてニコッと笑った。その顔は賢太郎が笑った時と同じだったから、歳を重ねた賢太郎を前にしているみたいで嬉しくなる。

「わざわざありがとう。母さん! ヒカルくんが、これ!」

 またすぐ立ち上がって、キッチンにいるお母さんのところへ手土産を持って行くお父さん。また足をテーブルにぶつけていたけど大丈夫だろうか。

「悪いな。父さんも母さんも何か妙に緊張してるみたいでさ」
「いや、大丈夫。お母さんは相変わらず優しそうだし、お父さんも温厚そうな人でいいね」
「俺は今日の二人が不自然過ぎて、めちゃくちゃ恥ずかしいけどな」

 ふふっと笑い合っていると、お母さんが紅茶を淹れて来てくれる。お父さんも菓子器に俺が持って来た手土産を移して持って来てくれた。暫く四人でお茶を飲んでいると、先程から妙にソワソワと落ち着かない様子だったお母さんが、おもむろに口を開く。

「ねぇ、賢ちゃん。今日はヒカルちゃんと結婚しますって話なのよね?」

 お母さんの発言で、俺も賢太郎もお父さんさえも皆が紅茶を吹き出し、はたまた口から焼き菓子を飛ばしそうになった。

「ごほ……っ! 母さん! それは……まだっ!」
「あら? 違うの?」

 ピンクの花柄が可愛らしいエプロンを身に付けたお母さんは、賢太郎の言葉にコテンと首を傾げた。
 皆がティッシュでそこら中を拭き取る中、お父さんが慌てたように賢太郎へ問う。

「母さん! そ、それはまだもう少し先の事だと思うけどな! なぁ⁉︎ 賢太郎⁉︎」

 俺はどうしたら良いか分からなくて、賢太郎の方を見た。隣に座る賢太郎は俺の方を向いて一度口を開きかけたけど、やがて座り直してから両親の方へと向き直る。

「父さんも母さんも聞いて欲しいんだけど。今は俺たち未成年だし、高校生だから力も無いのは分かってる。勉強して、大人になったら俺はヒカルと生きていきたい。それに、法律が変わったらちゃんと籍を入れて結婚したいと思ってる」

 俺もまさか今日の今日でそんな話になるとは思ってもみなかったから驚いたけど、両親を真っ直ぐに見つめる賢太郎の表情は真剣そのものだった。

「あの……、俺も。同じ気持ちです」

 緊張でそれ以上言うことが出来ず、それでも震える手をもう片方の手で押さえながら何とか声を絞り出す。

「賢太郎と、一緒にいさせてください」

 こんな時、どうするのが正しいのか分からない。思わず頭を下げて、自分の膝の上に重ねた手の甲をじっと見つめていた。
 やがてそおっと顔を上げると、お父さんとお母さんは小さな声で何か話しているようだけどよく聞こえない。緊張で耳が聞こえにくくなっているような気がした。

「父さん、母さん。何とか言ってくれよ」

 痺れを切らしたように賢太郎が促すと、ハッとしたように二人がこちらを見る。

「あっ! ごめんなさい! いえね、ヒカルちゃんがお嫁さんなのか、それとも賢ちゃんがお嫁さんなのか、どっちなのかしら? ってお父さんと話してたの」
「母さん! だからどう見てもヒカルくんがお嫁さんだろって言っているじゃないか」

 どうやら賢太郎のお父さんとお母さんは割と天然らしい。二人ともとても可愛らしいなと思って、緊張していた事も忘れて思わず頬が緩んだ。

「はぁー……。ヒカル、うちの親はいつもこんな感じなんだよ。ほんと、何の話をしてるんだか」
「あら、賢ちゃん。大切なことよ。ウエディングドレスをどちらが着るか、それによって色々と準備も変わってくるんだから」
「それより先に返事してくれよ。じゃあつまり俺たちが将来結婚する事は許可してくれるのか?」

 姿勢を正し、ピンと背筋を伸ばしてお父さん達の方を見た。

「あら? 私たちったら。もう許可したつもりで結婚式の話をしていたわ。ねぇ、アナタ」
「……しまった。本当だな」

 それからやっと「一緒にいる事を許す」と言ってもらえた俺達は、ホッと胸を撫で下ろした。
 
「今日は悪かったな。あんな感じだから、あんまりヒカルに会わせたくなかったんだけど」
「え? なんで? めちゃくちゃいいご両親だよ。またキャンプも誘ってもらったし。相川家とのキャンプも楽しみだね」

 帰り道は賢太郎の家と俺の家の中間地点にある公園まで送ってくれる事になった。頭痛がするのか、こめかみを抑えながら両親のことを話す賢太郎に素直な気持ちを述べる。

「……俺はまた二人で行きたい」

 こちらへ熱っぽい視線を向けてそう話す賢太郎に、俺はまた胸が高鳴る。いつになっても慣れないのは仕方がないのか。

「うん、また二人でも行こう」

 もう夕方で肌寒いからか、人影の無い公園で俺はキョロキョロと辺りを見渡した。そして向かい合っている賢太郎の手首をグイッと引っ張ってアピールする。

「して」

 少し驚いた顔をした賢太郎は、やがて俺と同じようにキョロキョロと辺りを見渡す。そして照れ臭そうにしながらも徐々に顔を近づけて、俺達は寒さで少し冷たくなった唇をふわりと重ねた。


 
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