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第二章 《第一部》ヒーラー 王国篇
第32話「白き悪魔の誕生」
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私は、生まれた時からこの髪と目を持っていた。
生まれたばかりの赤ん坊が、自分の容姿を認識するはずもないのに、物心がついた時にはすでに『異質』であることを理解していた。
白い髪に、赤い目。それはまるで雪に染み込んだ鮮血のような色で、私を『普通』の人間から引き離していた。
私は一度も、母の腕に抱かれた記憶がない。父が私を愛していたのかも分からない。
けれど、私には確かに『兄』がいた。
……会ったことすらないのに、なぜかその存在だけは覚えている。
名前も、顔も、声も分からない。
ただ確かに『兄』がいたという記憶だけが、頭の片隅にこびりついて離れなかった。
それはまるで、誰かが私の記憶を切り取ってしまったように――。
私が住んでいたのは、貧民街だった。
人々は私を見るたびに、気味悪そうに顔を背けた。
「魔族の血でも混じってるんじゃないか」
「関わるな。あの子に呪われるぞ」
そんな噂が囁かれるのを、私は何度も耳にした。でも、いちいち気にしていたら、生きていけない。私にとって、生きるとは、ゴミの中からまだ食べられるものを探し、誰にも見つからないように身を潜め、夜を凌ぐことだった。
「――よう、お嬢ちゃん。良かったら俺とデートしないかい」
ある雨の日、私に声をかけてきた男がいた。
黒いローブを羽織り、深くフードを被ったその男は、どこか浮世離れした雰囲気を纏っていた。
この街に似つかわしくない、軽薄な笑みを浮かべながら、彼は続ける。
「俺の名はレイモンド・セレスティアだ。嬢ちゃんの名前は?」
私が黙っていると、彼は膝をつき、握手を求めてきた。
まるで目の前の私が、貴族の娘であるかのような仕草だった。
「名前はない……です」
それが、私の答えだった。
彼は、ふむ、と考えるような素振りを見せた後、不敵に笑う。
「なら俺が付ける」
「……なぜそうなるんですか」
「じゃないと呼べないだろ?」
「……私はあなたについて行く気はありません」
「つれないねぇ……」
私は彼の手を払いのけた。大人が嫌いだった。彼らは、平然と子供を見捨てる。
助けの手を差し伸べることもなく、ただ自分の身だけを守ることしか考えない。
この男もどうせ同じだ。私は彼を無視して、背を向けた。
けれど、雨の中、彼はしつこく私についてきた。足音を消しながら、少しだけ距離を取るように。
私がゴミ捨て場に向かうと、男は大きくため息をついた。
「そんなところで食い扶持を探すくらいなら、一緒に来いよ」
「……あなたと行く理由がないです」
「あるだろ?名前を付けたんだから、もう俺のもんだ」
「……そんなもの知りません。消えて下さい」
私は呆れて、思わず彼の方を振り返った。その時、初めて彼のフードの下の顔を見た。
黒い瞳に、短く整えられた髪。口元にはわずかに無精髭が生えている。
年の頃は二十代前半といったところだろうか。
けれど、私が目を引かれたのは――
彼の瞳の奥に、どこか懐かしさを感じたからだった。
「今日からお嬢ちゃんの名前は、ルクス・セルロスフォカロだ」
彼は、まるで当然のように言った。
「……長いし分かりにくい」
「良いじゃねぇか!カッコイイだろ?」
「……私の性別は女です」
「分かってるって!よろしくなルクス!」
それが、私の名前になった瞬間だった。
私は、その男についていくことにした。何か理由があったわけじゃない。
ただ、ひどく疲れていたのだ。
雨の降る冷たい夜、私はレイモンドの後を追って歩き始めた――。
レイモンドと行動を共にするようになってから、私の生活は激変した。
貧民街の片隅で食べ物を漁る日々から、規則正しく食事を摂り、夜には眠る。
そんな当たり前の生活が、当時の私にとっては奇妙にさえ思えた。
「なぁルクス」
「……」
「セルロスフォカロ」
「……ルクスでいいです」
「じゃあルクス!お前、その口調しんどくないか?」
「別に大丈夫です」
「……そうか」
レイモンドは、どこか寂しそうな目をしていた。
私は昔、大人に生意気な口を叩いたことで何度も殴られたことがある。
それ以来、大人に対しては礼儀を持って接するようになった。
いや――正確には、大人を『敵』に回さないように言葉を選ぶようになったのだ。
「ま、ゆっくり直してこーや」
「私は直す気はありません」
それが、当時の私の精一杯の抵抗だった。
レイモンドは優れた魔法使いだった。いや、それどころか彼は「魔導の才を持つ者」だった。
彼が扱う魔法は、すべてが無詠唱。杖も魔導具も使わず、魔力の流れを自在に操る。
まるで魔法そのものを掌握したような存在。
「レイモンド、どうして詠唱をしないんですか?」
「俺は、詠唱しなくても魔法が撃てるからな」
「……それ、普通ですか?」
「普通じゃねぇな。ま、才能ってやつだ」
「……」
私は黙った。
「お前もやってみるか?」
「……私には魔法の才能はありません」
「才能があるかないかなんて、やってみなきゃわかんねぇだろ?」
レイモンドはそう言うと、私に初めて魔法の手ほどきをした。
まずは簡単な火の魔法――『ファイアボルト』から。
「こうやって魔力を集めて――」
レイモンドが手のひらをかざすと、指先に小さな炎が灯る。
「こう」
私は彼の真似をした。
……だが、何も起こらなかった。
「……なにも出ない」
「ま、最初はそんなもんだ」
私は何度も試した。魔力を集め、集中し、意識を研ぎ澄ます。
だが、何も生まれない。私はすぐに、魔法の才能がないことを確信した。
「……無理みたい」
「……そっか。まぁ世界は才能が全てじゃないさっ!」
(……嘘だ)
レイモンドは、それ以上は何も言わなかった。
ある日、レイモンドが詠唱を使う場面に遭遇した。普段は無詠唱で魔法を使う彼が、なぜか長々と呪文を唱えていた。
相手はA級魔獣――マンティコア。ライオンのような巨大な体に、サソリの尾を持つ魔獣。
その爪は鋼鉄をも引き裂き、一撃でも食らえば即死は免れない。
私は、彼の背中にいた。
「天から授かりしこの『祝福』――」
雷鳴のような魔力が、彼の周囲に広がる。
「ああ、嵐よ。草原を焼き尽くさんとする炎の力よ」
周囲の人々は逃げ惑い、私はただ呆然と見つめるしかなかった。
「今こそ全てを焼き払い、荒れ狂え――」
『爆炎の嵐!』
轟音と共に、灼熱の炎が魔獣を包み込んだ。
まるで巨大な竜巻のように炎が渦を巻き、マンティコアの咆哮が掻き消される。
それは、ただの炎ではなかった。私にはまるでこの世に存在するすべてを飲み込もうとする、絶対的な力に見えた。
そして、魔獣は一瞬で塵と化した。
私は言葉を失った。
「……すごい」
「だろ?」
レイモンドは笑っていた。その時、私は初めて彼を「すごい」と思った。
私は、その詠唱をすべて覚えていた。一言一句、間違えずに。
ある日、私はその詠唱を試してみた。
「天から授かりしこの『祝福』――」
レイモンドは笑っていた。
「はっはっは!ルクス、お前にはまだ早――」
私は、詠唱を最後まで唱えた。
『爆炎の嵐!』
次の瞬間――町が炎に包まれた。
「……うそん」
レイモンドの呆然とした声が響く。
町の人々の悲鳴が上がる。家々が燃え、広場に立っていた木々が一瞬で黒く焦げる。
私は――やってしまったのだ。
「……あれ……どうして私……」
「お前……なんで撃てたんだ……?」
「……分からない」
私は、本当に分からなかった。
でも――
確かに、魔法が発動したのだ。町の人間は、私を見ていた。
その視線には、恐怖があった。
畏怖と、嫌悪と、憎悪が混ざり合った、冷たい目。
「白髪の……悪魔だ……」
「魔族か……いや、もっと恐ろしい何かだアレは……!」
「あれは……人間じゃない……悪魔……『白い悪魔』だ……」
――そうだ。私は、普通の人間ではなかった。
レイモンドは、私の肩を掴んだ。
「……行くぞ」
「え?」
「このままじゃ、俺たち二人とも街の人間に殺される」
「……」
私は、うなずくことしかできなかった。こうして、私は『白い悪魔』と呼ばれ、
レイモンドと共に町を去ることになった――。
町を出てからの生活は、決して楽なものではなかった。
人里を離れた私たちは、森の奥や洞窟で寝泊まりしながら旅を続けた。
「なぁルクス、お前どこまで魔法が使えるんだ?」
レイモンドは、歩きながら問いかけた。
「分かりません。でも、詠唱さえすれば大抵の魔法は発動すると思います」
これはただの感覚だ。確信はない。
「……やっぱ、天才だなお前は」
レイモンドの声は、どこか冗談めいていたが、その目は真剣だった。
「俺は無詠唱が得意だが、お前は『完全再現』の才能がある。一度見た魔法を、詠唱だけでそのまま発動できる……そんなやつは見たことがない」
「……」
「けど、気をつけろよ?力を持つ者は、必ず誰かに狙われる」
その言葉が、後に現実となることを、私はまだ知らなかった。
それから、私たちは五年間、共に旅をした。
レイモンドは私にさまざまな魔法を教え、時には戦闘のコツや、生きるための知識を伝授してくれた。
「なぁルクス、お前、なんでそんなに覚えが早いんだ?」
「分かりません。ただ、見たものを忘れないんです。私には……何も無かったから」
空っぽだった。だから覚えが早いのかもしれない。
「見たものを、か……」
彼は感心したように頷きながら、酒をあおった。
この頃になると、私は上級魔法以外も自在に操れるようになっていた。
戦闘技術も磨かれ、レイモンドと二人なら、S級魔獣ですら倒せるほどになっていた。
「……強くなったな、ルクス」
「レイモンドのおかげです」
「へへっ、そう言われると照れるな」
彼は笑っていた。
だが、その笑顔の裏に、どこか影が見えたのもまた事実だった。
ある夜、焚き火を囲んでいると、レイモンドはぽつりと話し始めた。
「……俺にはな、ルクス」
「……?」
「嫁と、ガキがいるんだ」
私は、息を飲んだ。
「……嫁?」
「そうだ。ガキの方は女の子だ。今は六歳になってるはず……元気にしてるかなぁ」
彼の目は、遠くを見つめていた。
「心配なら、帰ればいいじゃないですか」
「……帰れねぇよ」
レイモンドの顔が、僅かに歪んだ。
「俺はやらなきゃならねぇことができちまった」
「……」
私は、それ以上は聞けなかった。
「ルクス……もし俺のガキに会ったら、仲良くしてやってくれ」
「……そりゃもちろんです。約束します」
「……へへっ、そりゃ助かる」
レイモンドは、そう言って頭をわしゃわしゃと撫でた。
そして――
その夜を最後に、彼は消えた。
――次の日の朝。
私は目を覚ました。
だが、そこにレイモンドの姿はなかった。
「……レイモンド?」
呼びかけても、返事はない。
彼の寝床は、まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、きれいに片付けられていた。
代わりに残されていたのは――
一通の手紙だった。
『ルクスへ』
私は手紙を開いた。
『俺はもう、お前のそばにはいられない』
『勇者の仲間として、戦うことになった』
『だから、お前もお前の道を進め』
そこには、ただそれだけが書かれていた。
「……」
私は、ただその紙切れを手に握りしめた。
「……バカ野郎」
静かに、呟いた――。
私は、再び独りになった。
レイモンドがいなくなった日、私は何もやる気が起きなかった。彼がいたから、生きることができた。彼がいたから、戦うことができた。
彼がいない世界は、あまりにも空虚だった。
だが――
「……こんなところで、立ち止まってられない」
私は再び歩き出した。
旅の末、私は『ミスタリス王国』にたどり着いた。
そこは、世界でも有数の冒険者国家。強者が集う国であり、ギルドが発展している土地だった。
私は、すぐに冒険者登録を行った。
受付嬢が、私の経歴を確認し、驚きの表情を浮かべた。
「ルクス・セルロスフォカロ……?」
「はい」
「……すぐに国王陛下がお会いしたいと」
「……はい?」
私は、何が起こったのか理解できなかった。そして、国王の前に通された。
……
…………
………………
「初めまして、私は エルブレイド・スタイリッシュ。ミスタリスの国王だ」
目の前にいたのは、堂々たる威厳を持つ初老の男。その横には、ちょび髭の男と、小さな少女がいた。
「はじめまして!エルザ・スタイリッシュ だ!」
「コラ、エルザ!敬語を使わんか!」
「え、でもおじいちゃんも使ってないじゃない!」
「……ああすまない、で、君が ルクス・セルロスフォカロ か」
「……はい」
私は、困惑しながらも答えた。
国王は、静かに告げた。
「ルクス殿――君に、S級冒険者になってもらいたい」
「……S級?」
私は、一瞬耳を疑った。
S級冒険者とは、国が正式に認める最上級の冒険者。
国からの要請を受け、特殊な任務をこなすエリートの証。
「断ってもいい。だが、相応の報酬は約束する」
国王はそう言った。
「……考えさせてください」
「いいだろう」
私は考えた。だが、答えはすぐに出た。
「……分かりました。引き受けます」
どうせ行く宛もない。もし名が上がればレイモンドも姿を見せるかもしれない。そう思ってのことだった。
「良かった。では、よろしく頼む」
こうして、私は S級冒険者 となった。
S級冒険者となった私は、さまざまな仕事を任された。国の防衛、魔獣討伐、特殊任務……
そんな中、突然奇妙な依頼が届いた。
『回復魔法しか使えない少年に、魔法を教えてあげてほしい』
「……回復魔法しか、使えない?」
私は、その内容に興味を持った。
そして――
それが、アスフィとの出会いとなるのだった。
生まれたばかりの赤ん坊が、自分の容姿を認識するはずもないのに、物心がついた時にはすでに『異質』であることを理解していた。
白い髪に、赤い目。それはまるで雪に染み込んだ鮮血のような色で、私を『普通』の人間から引き離していた。
私は一度も、母の腕に抱かれた記憶がない。父が私を愛していたのかも分からない。
けれど、私には確かに『兄』がいた。
……会ったことすらないのに、なぜかその存在だけは覚えている。
名前も、顔も、声も分からない。
ただ確かに『兄』がいたという記憶だけが、頭の片隅にこびりついて離れなかった。
それはまるで、誰かが私の記憶を切り取ってしまったように――。
私が住んでいたのは、貧民街だった。
人々は私を見るたびに、気味悪そうに顔を背けた。
「魔族の血でも混じってるんじゃないか」
「関わるな。あの子に呪われるぞ」
そんな噂が囁かれるのを、私は何度も耳にした。でも、いちいち気にしていたら、生きていけない。私にとって、生きるとは、ゴミの中からまだ食べられるものを探し、誰にも見つからないように身を潜め、夜を凌ぐことだった。
「――よう、お嬢ちゃん。良かったら俺とデートしないかい」
ある雨の日、私に声をかけてきた男がいた。
黒いローブを羽織り、深くフードを被ったその男は、どこか浮世離れした雰囲気を纏っていた。
この街に似つかわしくない、軽薄な笑みを浮かべながら、彼は続ける。
「俺の名はレイモンド・セレスティアだ。嬢ちゃんの名前は?」
私が黙っていると、彼は膝をつき、握手を求めてきた。
まるで目の前の私が、貴族の娘であるかのような仕草だった。
「名前はない……です」
それが、私の答えだった。
彼は、ふむ、と考えるような素振りを見せた後、不敵に笑う。
「なら俺が付ける」
「……なぜそうなるんですか」
「じゃないと呼べないだろ?」
「……私はあなたについて行く気はありません」
「つれないねぇ……」
私は彼の手を払いのけた。大人が嫌いだった。彼らは、平然と子供を見捨てる。
助けの手を差し伸べることもなく、ただ自分の身だけを守ることしか考えない。
この男もどうせ同じだ。私は彼を無視して、背を向けた。
けれど、雨の中、彼はしつこく私についてきた。足音を消しながら、少しだけ距離を取るように。
私がゴミ捨て場に向かうと、男は大きくため息をついた。
「そんなところで食い扶持を探すくらいなら、一緒に来いよ」
「……あなたと行く理由がないです」
「あるだろ?名前を付けたんだから、もう俺のもんだ」
「……そんなもの知りません。消えて下さい」
私は呆れて、思わず彼の方を振り返った。その時、初めて彼のフードの下の顔を見た。
黒い瞳に、短く整えられた髪。口元にはわずかに無精髭が生えている。
年の頃は二十代前半といったところだろうか。
けれど、私が目を引かれたのは――
彼の瞳の奥に、どこか懐かしさを感じたからだった。
「今日からお嬢ちゃんの名前は、ルクス・セルロスフォカロだ」
彼は、まるで当然のように言った。
「……長いし分かりにくい」
「良いじゃねぇか!カッコイイだろ?」
「……私の性別は女です」
「分かってるって!よろしくなルクス!」
それが、私の名前になった瞬間だった。
私は、その男についていくことにした。何か理由があったわけじゃない。
ただ、ひどく疲れていたのだ。
雨の降る冷たい夜、私はレイモンドの後を追って歩き始めた――。
レイモンドと行動を共にするようになってから、私の生活は激変した。
貧民街の片隅で食べ物を漁る日々から、規則正しく食事を摂り、夜には眠る。
そんな当たり前の生活が、当時の私にとっては奇妙にさえ思えた。
「なぁルクス」
「……」
「セルロスフォカロ」
「……ルクスでいいです」
「じゃあルクス!お前、その口調しんどくないか?」
「別に大丈夫です」
「……そうか」
レイモンドは、どこか寂しそうな目をしていた。
私は昔、大人に生意気な口を叩いたことで何度も殴られたことがある。
それ以来、大人に対しては礼儀を持って接するようになった。
いや――正確には、大人を『敵』に回さないように言葉を選ぶようになったのだ。
「ま、ゆっくり直してこーや」
「私は直す気はありません」
それが、当時の私の精一杯の抵抗だった。
レイモンドは優れた魔法使いだった。いや、それどころか彼は「魔導の才を持つ者」だった。
彼が扱う魔法は、すべてが無詠唱。杖も魔導具も使わず、魔力の流れを自在に操る。
まるで魔法そのものを掌握したような存在。
「レイモンド、どうして詠唱をしないんですか?」
「俺は、詠唱しなくても魔法が撃てるからな」
「……それ、普通ですか?」
「普通じゃねぇな。ま、才能ってやつだ」
「……」
私は黙った。
「お前もやってみるか?」
「……私には魔法の才能はありません」
「才能があるかないかなんて、やってみなきゃわかんねぇだろ?」
レイモンドはそう言うと、私に初めて魔法の手ほどきをした。
まずは簡単な火の魔法――『ファイアボルト』から。
「こうやって魔力を集めて――」
レイモンドが手のひらをかざすと、指先に小さな炎が灯る。
「こう」
私は彼の真似をした。
……だが、何も起こらなかった。
「……なにも出ない」
「ま、最初はそんなもんだ」
私は何度も試した。魔力を集め、集中し、意識を研ぎ澄ます。
だが、何も生まれない。私はすぐに、魔法の才能がないことを確信した。
「……無理みたい」
「……そっか。まぁ世界は才能が全てじゃないさっ!」
(……嘘だ)
レイモンドは、それ以上は何も言わなかった。
ある日、レイモンドが詠唱を使う場面に遭遇した。普段は無詠唱で魔法を使う彼が、なぜか長々と呪文を唱えていた。
相手はA級魔獣――マンティコア。ライオンのような巨大な体に、サソリの尾を持つ魔獣。
その爪は鋼鉄をも引き裂き、一撃でも食らえば即死は免れない。
私は、彼の背中にいた。
「天から授かりしこの『祝福』――」
雷鳴のような魔力が、彼の周囲に広がる。
「ああ、嵐よ。草原を焼き尽くさんとする炎の力よ」
周囲の人々は逃げ惑い、私はただ呆然と見つめるしかなかった。
「今こそ全てを焼き払い、荒れ狂え――」
『爆炎の嵐!』
轟音と共に、灼熱の炎が魔獣を包み込んだ。
まるで巨大な竜巻のように炎が渦を巻き、マンティコアの咆哮が掻き消される。
それは、ただの炎ではなかった。私にはまるでこの世に存在するすべてを飲み込もうとする、絶対的な力に見えた。
そして、魔獣は一瞬で塵と化した。
私は言葉を失った。
「……すごい」
「だろ?」
レイモンドは笑っていた。その時、私は初めて彼を「すごい」と思った。
私は、その詠唱をすべて覚えていた。一言一句、間違えずに。
ある日、私はその詠唱を試してみた。
「天から授かりしこの『祝福』――」
レイモンドは笑っていた。
「はっはっは!ルクス、お前にはまだ早――」
私は、詠唱を最後まで唱えた。
『爆炎の嵐!』
次の瞬間――町が炎に包まれた。
「……うそん」
レイモンドの呆然とした声が響く。
町の人々の悲鳴が上がる。家々が燃え、広場に立っていた木々が一瞬で黒く焦げる。
私は――やってしまったのだ。
「……あれ……どうして私……」
「お前……なんで撃てたんだ……?」
「……分からない」
私は、本当に分からなかった。
でも――
確かに、魔法が発動したのだ。町の人間は、私を見ていた。
その視線には、恐怖があった。
畏怖と、嫌悪と、憎悪が混ざり合った、冷たい目。
「白髪の……悪魔だ……」
「魔族か……いや、もっと恐ろしい何かだアレは……!」
「あれは……人間じゃない……悪魔……『白い悪魔』だ……」
――そうだ。私は、普通の人間ではなかった。
レイモンドは、私の肩を掴んだ。
「……行くぞ」
「え?」
「このままじゃ、俺たち二人とも街の人間に殺される」
「……」
私は、うなずくことしかできなかった。こうして、私は『白い悪魔』と呼ばれ、
レイモンドと共に町を去ることになった――。
町を出てからの生活は、決して楽なものではなかった。
人里を離れた私たちは、森の奥や洞窟で寝泊まりしながら旅を続けた。
「なぁルクス、お前どこまで魔法が使えるんだ?」
レイモンドは、歩きながら問いかけた。
「分かりません。でも、詠唱さえすれば大抵の魔法は発動すると思います」
これはただの感覚だ。確信はない。
「……やっぱ、天才だなお前は」
レイモンドの声は、どこか冗談めいていたが、その目は真剣だった。
「俺は無詠唱が得意だが、お前は『完全再現』の才能がある。一度見た魔法を、詠唱だけでそのまま発動できる……そんなやつは見たことがない」
「……」
「けど、気をつけろよ?力を持つ者は、必ず誰かに狙われる」
その言葉が、後に現実となることを、私はまだ知らなかった。
それから、私たちは五年間、共に旅をした。
レイモンドは私にさまざまな魔法を教え、時には戦闘のコツや、生きるための知識を伝授してくれた。
「なぁルクス、お前、なんでそんなに覚えが早いんだ?」
「分かりません。ただ、見たものを忘れないんです。私には……何も無かったから」
空っぽだった。だから覚えが早いのかもしれない。
「見たものを、か……」
彼は感心したように頷きながら、酒をあおった。
この頃になると、私は上級魔法以外も自在に操れるようになっていた。
戦闘技術も磨かれ、レイモンドと二人なら、S級魔獣ですら倒せるほどになっていた。
「……強くなったな、ルクス」
「レイモンドのおかげです」
「へへっ、そう言われると照れるな」
彼は笑っていた。
だが、その笑顔の裏に、どこか影が見えたのもまた事実だった。
ある夜、焚き火を囲んでいると、レイモンドはぽつりと話し始めた。
「……俺にはな、ルクス」
「……?」
「嫁と、ガキがいるんだ」
私は、息を飲んだ。
「……嫁?」
「そうだ。ガキの方は女の子だ。今は六歳になってるはず……元気にしてるかなぁ」
彼の目は、遠くを見つめていた。
「心配なら、帰ればいいじゃないですか」
「……帰れねぇよ」
レイモンドの顔が、僅かに歪んだ。
「俺はやらなきゃならねぇことができちまった」
「……」
私は、それ以上は聞けなかった。
「ルクス……もし俺のガキに会ったら、仲良くしてやってくれ」
「……そりゃもちろんです。約束します」
「……へへっ、そりゃ助かる」
レイモンドは、そう言って頭をわしゃわしゃと撫でた。
そして――
その夜を最後に、彼は消えた。
――次の日の朝。
私は目を覚ました。
だが、そこにレイモンドの姿はなかった。
「……レイモンド?」
呼びかけても、返事はない。
彼の寝床は、まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、きれいに片付けられていた。
代わりに残されていたのは――
一通の手紙だった。
『ルクスへ』
私は手紙を開いた。
『俺はもう、お前のそばにはいられない』
『勇者の仲間として、戦うことになった』
『だから、お前もお前の道を進め』
そこには、ただそれだけが書かれていた。
「……」
私は、ただその紙切れを手に握りしめた。
「……バカ野郎」
静かに、呟いた――。
私は、再び独りになった。
レイモンドがいなくなった日、私は何もやる気が起きなかった。彼がいたから、生きることができた。彼がいたから、戦うことができた。
彼がいない世界は、あまりにも空虚だった。
だが――
「……こんなところで、立ち止まってられない」
私は再び歩き出した。
旅の末、私は『ミスタリス王国』にたどり着いた。
そこは、世界でも有数の冒険者国家。強者が集う国であり、ギルドが発展している土地だった。
私は、すぐに冒険者登録を行った。
受付嬢が、私の経歴を確認し、驚きの表情を浮かべた。
「ルクス・セルロスフォカロ……?」
「はい」
「……すぐに国王陛下がお会いしたいと」
「……はい?」
私は、何が起こったのか理解できなかった。そして、国王の前に通された。
……
…………
………………
「初めまして、私は エルブレイド・スタイリッシュ。ミスタリスの国王だ」
目の前にいたのは、堂々たる威厳を持つ初老の男。その横には、ちょび髭の男と、小さな少女がいた。
「はじめまして!エルザ・スタイリッシュ だ!」
「コラ、エルザ!敬語を使わんか!」
「え、でもおじいちゃんも使ってないじゃない!」
「……ああすまない、で、君が ルクス・セルロスフォカロ か」
「……はい」
私は、困惑しながらも答えた。
国王は、静かに告げた。
「ルクス殿――君に、S級冒険者になってもらいたい」
「……S級?」
私は、一瞬耳を疑った。
S級冒険者とは、国が正式に認める最上級の冒険者。
国からの要請を受け、特殊な任務をこなすエリートの証。
「断ってもいい。だが、相応の報酬は約束する」
国王はそう言った。
「……考えさせてください」
「いいだろう」
私は考えた。だが、答えはすぐに出た。
「……分かりました。引き受けます」
どうせ行く宛もない。もし名が上がればレイモンドも姿を見せるかもしれない。そう思ってのことだった。
「良かった。では、よろしく頼む」
こうして、私は S級冒険者 となった。
S級冒険者となった私は、さまざまな仕事を任された。国の防衛、魔獣討伐、特殊任務……
そんな中、突然奇妙な依頼が届いた。
『回復魔法しか使えない少年に、魔法を教えてあげてほしい』
「……回復魔法しか、使えない?」
私は、その内容に興味を持った。
そして――
それが、アスフィとの出会いとなるのだった。
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騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
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