【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷 むぎ

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第二十話 ガラスの瞳は見ていない

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アメリアはフェリシアに視線を移し、静かに問いかける。

「ミス・フェリシア。貴女、ご実家のご親族は?」

「えっと……両親は、幼いころに病で。叔父夫婦が育ててくれました」

「叔父の名は?」

わずかにフェリシアの瞬きが遅れた。

「……マルク、です……」

「ふうん。存命かしら?」

再度、ほんの少しフェリシアの瞬きが遅れる。

「さ、さあ……最近は連絡を取っておりませんので……」

(また“会話の隙間”に生まれるこの違和感……)

アメリアは感じていた。“人”としての温度を感じない。
まるで――精巧すぎる仮面人形のよう。

「まあいいわ。……式の件は、父上が最終判断を下すべきでしょう」

「わ、わしか!?」

(は?)

「当然ですわ。“本当に”式を挙げさせるおつもりかどうか、王として、ね」

王アウグストは、頭を抱えたまま呻いた。
胃の奥が、きりきりと悲鳴を上げている。

玉座の袖の小箱をまさぐるが……ない。

「……アメリア、今日のピーナッツは?」

「減塩指示が出ております」

「そんなに国は塩に困っておるのか……」

「……。お父様への減塩指示です。
 父上の腎臓が先に困りますので」

「それは……国家非常事態だな」

王は一度咳ばらいをすると、言葉を整えた。

「……ならば、三日以内に政務会議を開く。
 式の是非は、王家として公式に判断する。……それまで、勝手な動きは控えるように」

その言葉に、アメリアはわずかに目を伏せ、静かに笑った。

(要するに、先送り。……他人任せ、ということですわね)

セドリックは聞いていない。
彼はもうフェリシアの手を取り、浮かれたように囁いていた。

「よかったな、フェリシア! 三日後には、皆に認めてもらえる!」

「はい……♥ セドリック様……」

フェリシアは、まるで舞台の幕が下りたかのように、恍惚と微笑んだ。

アメリアは浮かれる弟を窘めるように言った。

「まだ決まってはおりませんわ」

セドリックは何度も頷きながら嬉々としてまくし立てた。

「もちろんわかってるさ! でも――」
「家柄の差? 僕の愛が埋めるさ!」  
「学歴? 僕の愛で超えるさ!」  
「政略? 僕の愛に勝る政略などあるものか!」

(あら……では、もし戦争が起こっても、その愛とやらで止めていただけますの?
 セドリックは政治よりも詩人向きですわね)

王は頭をかかえ、腹をさする。

「王族が……王族が、こんな調子でどうするんだ……」

その時。
フェリシアが、小さな声で囁いた。

「……でも……楽しみですわ、セドリック様♥」

「僕もだよ、フェリシア」

二人は目を合わせ、微笑み合う。

けれどアメリアは――その瞬間、背筋をわずかに震わせた。
実際には、ふたりの目が合ってはいなかったからだ。

光だけが表面を滑り、瞳の奥は何も収縮しない――磨かれたガラスのように。
そのとき、彼女の瞳が“何も映していないガラス”のように見えたのは、錯覚ではない。

(……この娘は、“目の前の人間”を見ていない)

アメリアはカップを置き、静かに立ち上がった。

「……式の件、議論はこれまでといたしましょう。私は王太女として、“記録”の準備を始めます」

「うん! 姉上、ありがと――」

「記録。何が起きても、証拠が残るように。ふふ」

フェリシアが、ふとその言葉に目を細め――
一瞬、表情の綻びかけた気配を見せた。

窓ガラスに映るその笑顔だけが、瞬きから取り残されていた。
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