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第三章
第八十話 戦場の森
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霧が――裂けた。
音もなく、白い帳を切り裂いて突き進む黒い影。
風が生まれ、木々がざわめく。
次の瞬間、怒涛の蹄の轟きが森を震わせた。
「……備えろッ!」
聖剣を構えたエリアスが短く叫ぶ。
「はいっ!」
私は白杖を掲げ、詠唱を走らせた。
――いつも通り、五重詠唱を五人分。正気の沙汰じゃない。
胸が焼けるように熱く、鼓動が耳の奥を叩き続ける。
勇者――『防御上昇』『攻撃上昇』『回避率上昇』『速度上昇』×2。
騎士――『回避率上昇』『防御上昇』×4。
聖女――『魔力消費低減』『速度上昇』『魔力上昇』×3。
弓使い――『攻撃上昇』『速度上昇』『俊足』『命中率上昇』×2。
そして私――『魔力消費低減』『魔力上昇』『速度上昇』『俊足』×2。
足元に光陣が次々と咲き、淡い光がそれぞれの身体に根を張る。
血流と魔力の脈が、同じ拍で打ち始めた。
指先が震え、体温が抜けていく。
それでも歯を食いしばって維持する。
脳裏に浮かぶのは――ただひとつ。
崩さない。誰も、倒させない。
――これが、幾多の戦いを越えて編み上げた私の“最強陣”。
戦況に応じて支援を差し替え、瞬時に最適化できる“動く魔法陣”。
「姉さん!」
姉が聖杖を正面に構え、祈りの声を上げる。
『――聖なる盾よ!』
光の花弁が舞い、正面に幾重もの光盾が浮かび上がった。
鏡のように輝くそれらが仲間の姿を映し、霧の中で幻想的な光を放つ。
「バルド!」
「むうん……!」
私の声に応じ、バルドが前へ。
大盾を地面に突き刺すように構え、両脚で大地を踏みしめた。
鎧が軋み、地面がわずかに沈む。
「フィーネさん!」
「大丈夫。準備はできてる」
樹上のフィーネが矢を口に咥え、弓を引き絞る。
霧の中、緑の彗星のような光が弓先に宿る。
――そして、霧の奥から黒き奔流が現れた。
それは紡錘陣形を組んだ騎兵隊。
馬が地を蹴るたび、泥が跳ね、紫の息が尾を引く。
騎乗するのは漆黒の鎧の騎士たち。
槍先の丸い影――思わず、一瞬目を逸らす。
味方の軍勢を裂いて現れた彼らの穂先には、なお誰かの兜が突き刺さったままだった。
黒い馬――ナイトメア。
牙を剥き、吐き出す息は地を焦がす。
その外周を、三つ首の獣――ヘルハウンドが取り囲み、炎を撒き散らしながら咆哮した。
(想像よりも、ずっと怖い……でも、私が支えるんだ!)
震える指先で白杖を握り締める。
熱風が頬を刺す。霧が吹き飛び、森の緑が悲鳴を上げる。
焦げた匂いが肺を焼き、喉が痛む。けれど――目は逸らさない。
その中央。
ひときわ巨大なナイトメア。
鱗のように鈍く光る黒甲冑の男が、その背にいた。
長い耳、切れ長の瞳、闇に溶けるような肌。
――あれは……。
エリアスが叫ぶ。
「……ダークエルフ!」
バルドが盾の裏で吐き捨てた。
「魔に魂を売った一族……!」
木々の上から、フィーネの絞り出すような声が落ちる。
「――ガルヴァン! やはり貴様か!」
(やっぱり……フィーネさんの知ってる人なんだ……!)
次の瞬間――黒い奔流が吠えた。
「来るぞ――ッ!!」
エリアスが高く剣を掲げた瞬間――。
轟音――世界の音が一瞬だけ途切れ、耳の奥で白い火花が散った。
姉の『聖なる盾』に、黒い奔流が衝突した。
大地が爆ぜ、衝撃波が木々を吹き飛ばす。
最前列の槍が光盾を叩き、突き立ったナイトメアは弾かれて地に叩きつけられる。
一枚は割れても、二重の障壁を突破できた者はいない。
だが――中央の偉丈夫、黒騎士ガルヴァンの槍は違った。
パリン――!
聖なる盾を、一撃で二枚まとめて貫いた。
破片が光の粒となって舞い、火花と閃光が交じり合い、空気が焦げる。
「バルドッ!!」
姉の叫び。
「――止める!」
バルドは唸りを上げ、両腕の筋肉が血管も露わに盛り上がる。
ガルヴァンの槍が大盾を貫かんと突き立ち、鎧が軋み、地が裂けた。
それでも――彼は退かない。
私は息を呑んだ。
身体の奥が熱くて、でも震えて、足先の感覚が遠のく。
支援を止めたら、すぐに崩れる――そんな確信があった。
「……まだ、いける……!」
私は姉の光盾に反射する閃光を目で追いながら、
ケルベロスの熱風を片手で払い、次の詠唱を紡ぐ。
『回避率上昇』――解除。
『防御上昇』――上乗せ。
(いまは“耐える”が正解!)
「――押し返すッ!!」
バルドが地を蹴った。
雷鳴のような音が鳴り響き、衝撃波が黒騎兵を、ケルベロスを弾き飛ばす。
(よし、抑えた!)
「エリアス! 今だ――!!」
私は叫んだ。
「任せろ!」
聖剣が光の尾を引いて閃く。
エリアスが盾の隙間から飛び出し、
光壁と大盾が押し止めた敵陣へ――雷光のように駆けた。
だがその前方を、炎の奔流が塞いだ。
三つの首を持つヘルハウンドが吠え、口々から灼熱の炎を吐き出す。
「フィーネ!」
「任せて!」
樹上でフィーネが矢を放つ。
その瞬間――空気が止まった。
静寂の中、同時に三筋の光跡が走る。
放たれた三本の矢が、それぞれ異なる角度から、
ケルベロスの三つ首を正確に射抜いた。
(すごい……! 三発同時――完璧!)
「グルァァァァァァァ――ッ!!」
咆哮。
巨体が崩れ、炎が霧散した。
フィーネの銀葉の髪が、風に舞う。
「殿下!」
「エリアスっ!」
「勇者殿!」
「お願い!」
四人の声が重なる。
黒い騎兵が一斉に翻る。
エリアスは空中で回転しながら聖剣を一閃。
二つの黒影が崩れ落ちる。
そのまま――中央の黒騎士へと飛び込んだ。
黒騎士の巨影が槍を構える。
巨大なナイトメアが青紫の煙を吐き、視界が一面、紫に染まる。
黒騎士――魔将ガルヴァン。
槍を構え、馬上で身体を傾けた。そして一言、低い声。
「――甘い」
刺突の姿勢。
その刃の先――エリアスの胸を狙っている。
「エリアスッ!!」
思わず叫ぶ私。
一瞬の判断――『速度上昇』か、『防御上昇』か!
決めた!
『回避率上昇』――解除!
『速度上昇』――追加!
喉の奥が焼け、心臓が跳ね、声が掠れる。
眩い閃光。
聖盾が再び展開され、
エリアスの聖剣とガルヴァンの槍が――ぶつかった。
金属が悲鳴を上げ、衝撃波が空気を裂く。
霧が吹き飛び、視界が白に塗り潰される。
「ほう、交わしたか」
黒騎士の声。
――止めた!
喉が焼ける。
けれど、胸を撫でおろす暇などない。
白杖を握る手に力を込め、
足元の魔法陣が再び輝きを取り戻す。
一度引いた黒騎兵たちが、光盾の列の穴めがけて突撃してくる。
「ヤバい! 姉さん!」
『魔力上昇』――ひとつ解除!
『速度上昇』――追加!
「任せて!」
姉が祈るように両手を組む。
「――聖なる盾よ、もう一度!!」
衝撃――。
黒騎兵たちが光の障壁に激突し、
何名かが落馬し、何頭かのナイトメアは首が変な方向に曲がって動かなくなる。
ヘルハウンドたちが三つの首をもたげ、炎をバルドの大盾に吹きかける。
『防御上昇』×2――解除!
『炎耐性上昇』×2――追加!
バルドの髪がちりちりと鳴り、大盾が赤熱し、手元から煙が上がる。
まずい、もう一つ『炎耐性上昇』に入れ替えないと――!
次の瞬間、三本の矢がヘルハウンドの頭に突き立ち、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
(フィーネさん、ありがとう!)
「バルド!?」
「問題無い」
耳鳴りの中、私はただ走り回り、必死に支援を続けた。
息が荒く、膝が震え、汗がこめかみを伝う。
まだ、敵は残っている。
後方から怒号と剣戟の音。
私たちの陣をすり抜けた敵と、ロベールの精兵が戦っている。
(ここで止めなきゃ――終わる!)
魔力が尽きかけても、足ががくがくと震えても――
仲間の背を押すために、光を奔らせる。
「いっけえええええええええ!!!」
霧の中、エリアスの足元に魔法陣が再び輝いた。
「――来い」
ガルヴァンの低い声。
エリアスの聖剣が弾けるように閃き――
再びガルヴァンの槍と激突する。
閃光。
衝撃。
静寂――。
音もなく、白い帳を切り裂いて突き進む黒い影。
風が生まれ、木々がざわめく。
次の瞬間、怒涛の蹄の轟きが森を震わせた。
「……備えろッ!」
聖剣を構えたエリアスが短く叫ぶ。
「はいっ!」
私は白杖を掲げ、詠唱を走らせた。
――いつも通り、五重詠唱を五人分。正気の沙汰じゃない。
胸が焼けるように熱く、鼓動が耳の奥を叩き続ける。
勇者――『防御上昇』『攻撃上昇』『回避率上昇』『速度上昇』×2。
騎士――『回避率上昇』『防御上昇』×4。
聖女――『魔力消費低減』『速度上昇』『魔力上昇』×3。
弓使い――『攻撃上昇』『速度上昇』『俊足』『命中率上昇』×2。
そして私――『魔力消費低減』『魔力上昇』『速度上昇』『俊足』×2。
足元に光陣が次々と咲き、淡い光がそれぞれの身体に根を張る。
血流と魔力の脈が、同じ拍で打ち始めた。
指先が震え、体温が抜けていく。
それでも歯を食いしばって維持する。
脳裏に浮かぶのは――ただひとつ。
崩さない。誰も、倒させない。
――これが、幾多の戦いを越えて編み上げた私の“最強陣”。
戦況に応じて支援を差し替え、瞬時に最適化できる“動く魔法陣”。
「姉さん!」
姉が聖杖を正面に構え、祈りの声を上げる。
『――聖なる盾よ!』
光の花弁が舞い、正面に幾重もの光盾が浮かび上がった。
鏡のように輝くそれらが仲間の姿を映し、霧の中で幻想的な光を放つ。
「バルド!」
「むうん……!」
私の声に応じ、バルドが前へ。
大盾を地面に突き刺すように構え、両脚で大地を踏みしめた。
鎧が軋み、地面がわずかに沈む。
「フィーネさん!」
「大丈夫。準備はできてる」
樹上のフィーネが矢を口に咥え、弓を引き絞る。
霧の中、緑の彗星のような光が弓先に宿る。
――そして、霧の奥から黒き奔流が現れた。
それは紡錘陣形を組んだ騎兵隊。
馬が地を蹴るたび、泥が跳ね、紫の息が尾を引く。
騎乗するのは漆黒の鎧の騎士たち。
槍先の丸い影――思わず、一瞬目を逸らす。
味方の軍勢を裂いて現れた彼らの穂先には、なお誰かの兜が突き刺さったままだった。
黒い馬――ナイトメア。
牙を剥き、吐き出す息は地を焦がす。
その外周を、三つ首の獣――ヘルハウンドが取り囲み、炎を撒き散らしながら咆哮した。
(想像よりも、ずっと怖い……でも、私が支えるんだ!)
震える指先で白杖を握り締める。
熱風が頬を刺す。霧が吹き飛び、森の緑が悲鳴を上げる。
焦げた匂いが肺を焼き、喉が痛む。けれど――目は逸らさない。
その中央。
ひときわ巨大なナイトメア。
鱗のように鈍く光る黒甲冑の男が、その背にいた。
長い耳、切れ長の瞳、闇に溶けるような肌。
――あれは……。
エリアスが叫ぶ。
「……ダークエルフ!」
バルドが盾の裏で吐き捨てた。
「魔に魂を売った一族……!」
木々の上から、フィーネの絞り出すような声が落ちる。
「――ガルヴァン! やはり貴様か!」
(やっぱり……フィーネさんの知ってる人なんだ……!)
次の瞬間――黒い奔流が吠えた。
「来るぞ――ッ!!」
エリアスが高く剣を掲げた瞬間――。
轟音――世界の音が一瞬だけ途切れ、耳の奥で白い火花が散った。
姉の『聖なる盾』に、黒い奔流が衝突した。
大地が爆ぜ、衝撃波が木々を吹き飛ばす。
最前列の槍が光盾を叩き、突き立ったナイトメアは弾かれて地に叩きつけられる。
一枚は割れても、二重の障壁を突破できた者はいない。
だが――中央の偉丈夫、黒騎士ガルヴァンの槍は違った。
パリン――!
聖なる盾を、一撃で二枚まとめて貫いた。
破片が光の粒となって舞い、火花と閃光が交じり合い、空気が焦げる。
「バルドッ!!」
姉の叫び。
「――止める!」
バルドは唸りを上げ、両腕の筋肉が血管も露わに盛り上がる。
ガルヴァンの槍が大盾を貫かんと突き立ち、鎧が軋み、地が裂けた。
それでも――彼は退かない。
私は息を呑んだ。
身体の奥が熱くて、でも震えて、足先の感覚が遠のく。
支援を止めたら、すぐに崩れる――そんな確信があった。
「……まだ、いける……!」
私は姉の光盾に反射する閃光を目で追いながら、
ケルベロスの熱風を片手で払い、次の詠唱を紡ぐ。
『回避率上昇』――解除。
『防御上昇』――上乗せ。
(いまは“耐える”が正解!)
「――押し返すッ!!」
バルドが地を蹴った。
雷鳴のような音が鳴り響き、衝撃波が黒騎兵を、ケルベロスを弾き飛ばす。
(よし、抑えた!)
「エリアス! 今だ――!!」
私は叫んだ。
「任せろ!」
聖剣が光の尾を引いて閃く。
エリアスが盾の隙間から飛び出し、
光壁と大盾が押し止めた敵陣へ――雷光のように駆けた。
だがその前方を、炎の奔流が塞いだ。
三つの首を持つヘルハウンドが吠え、口々から灼熱の炎を吐き出す。
「フィーネ!」
「任せて!」
樹上でフィーネが矢を放つ。
その瞬間――空気が止まった。
静寂の中、同時に三筋の光跡が走る。
放たれた三本の矢が、それぞれ異なる角度から、
ケルベロスの三つ首を正確に射抜いた。
(すごい……! 三発同時――完璧!)
「グルァァァァァァァ――ッ!!」
咆哮。
巨体が崩れ、炎が霧散した。
フィーネの銀葉の髪が、風に舞う。
「殿下!」
「エリアスっ!」
「勇者殿!」
「お願い!」
四人の声が重なる。
黒い騎兵が一斉に翻る。
エリアスは空中で回転しながら聖剣を一閃。
二つの黒影が崩れ落ちる。
そのまま――中央の黒騎士へと飛び込んだ。
黒騎士の巨影が槍を構える。
巨大なナイトメアが青紫の煙を吐き、視界が一面、紫に染まる。
黒騎士――魔将ガルヴァン。
槍を構え、馬上で身体を傾けた。そして一言、低い声。
「――甘い」
刺突の姿勢。
その刃の先――エリアスの胸を狙っている。
「エリアスッ!!」
思わず叫ぶ私。
一瞬の判断――『速度上昇』か、『防御上昇』か!
決めた!
『回避率上昇』――解除!
『速度上昇』――追加!
喉の奥が焼け、心臓が跳ね、声が掠れる。
眩い閃光。
聖盾が再び展開され、
エリアスの聖剣とガルヴァンの槍が――ぶつかった。
金属が悲鳴を上げ、衝撃波が空気を裂く。
霧が吹き飛び、視界が白に塗り潰される。
「ほう、交わしたか」
黒騎士の声。
――止めた!
喉が焼ける。
けれど、胸を撫でおろす暇などない。
白杖を握る手に力を込め、
足元の魔法陣が再び輝きを取り戻す。
一度引いた黒騎兵たちが、光盾の列の穴めがけて突撃してくる。
「ヤバい! 姉さん!」
『魔力上昇』――ひとつ解除!
『速度上昇』――追加!
「任せて!」
姉が祈るように両手を組む。
「――聖なる盾よ、もう一度!!」
衝撃――。
黒騎兵たちが光の障壁に激突し、
何名かが落馬し、何頭かのナイトメアは首が変な方向に曲がって動かなくなる。
ヘルハウンドたちが三つの首をもたげ、炎をバルドの大盾に吹きかける。
『防御上昇』×2――解除!
『炎耐性上昇』×2――追加!
バルドの髪がちりちりと鳴り、大盾が赤熱し、手元から煙が上がる。
まずい、もう一つ『炎耐性上昇』に入れ替えないと――!
次の瞬間、三本の矢がヘルハウンドの頭に突き立ち、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
(フィーネさん、ありがとう!)
「バルド!?」
「問題無い」
耳鳴りの中、私はただ走り回り、必死に支援を続けた。
息が荒く、膝が震え、汗がこめかみを伝う。
まだ、敵は残っている。
後方から怒号と剣戟の音。
私たちの陣をすり抜けた敵と、ロベールの精兵が戦っている。
(ここで止めなきゃ――終わる!)
魔力が尽きかけても、足ががくがくと震えても――
仲間の背を押すために、光を奔らせる。
「いっけえええええええええ!!!」
霧の中、エリアスの足元に魔法陣が再び輝いた。
「――来い」
ガルヴァンの低い声。
エリアスの聖剣が弾けるように閃き――
再びガルヴァンの槍と激突する。
閃光。
衝撃。
静寂――。
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