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第三章 魔王決戦編
第七十九話 火蓋
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――フィオーレの北方、ルクレール平原の森の中。
さっき降った小雨の名残が、冷たい霧になって森の縁を包む。
私は、その静かな白の中で、白杖を握りしめて立っていた。
ここにいるのは――私たち勇者パーティの五人だけ。
湿った土の匂いがして、木々の隙間から木漏れ日が霧を透かす。
光がゆらめき、枝先から落ちた水滴が草の上で跳ねた。
誰かの鎧がきしむ音が、静けさの中でやけに大きく響く。
前方には、森の手前に陣を構える第一師団の姿。
兜と槍が整然と並び、王国の旗が風を受けてはためいている。
その左右には第二、第三師団。
見渡す限り、人の列――列、列。
まるで、地平線そのものが剣と鎧でできているみたいだった。
そして――視線を上げれば、平原にただよう霧の向こう。
黒い瘴気がゆらゆらと漂っている。
山脈みたいにうねる軍勢の影が、ゆっくりと揺らめく。
魔王軍。
王国の――ううん、世界の命運を賭けた戦いが、いま始まろうとしている。
「……もうすぐ、だね」
思わずこぼれた声が、白い霧の中に吸い込まれていった。
風が頬をなで、冷たい空気の中に鉄の匂いが混じる。
“戦の匂い”――命の境界を告げる、あの独特の空気。
何度も触れたはずなのに、やっぱり怖い……。
エリアスは剣の柄に手を添え、静かに頷いた。
「油断するな。
ここから先は――ほんの一歩が命を分ける」
その声に、バルドが鎧の留め具を締め直しながら応えた。
「うむ……頭は俺が抑える」
そう言って、大盾の持ち手を確かめるように持ち上げた。
その上方で、弓の弦が小さく鳴る。
見上げると、フィーネが枝の上に立って弦の張りを確かめている。
銀葉の髪と新緑の衣が、霧の森に溶け込んでいて――
その姿は、まるで森の妖精みたいに見えた。
(彼女に言ったら「私は妖精じゃない」って怒られそう……。
でも、戦いが終わったら、絶対言っちゃうんだからね!)
胸の奥にわだかまった塊を振り払うように、変な誓いを立ててみる。
彼女は私に気づくと、ほんの少しだけ顎を引いて頷いた。
それだけで、胸の奥の塊が少しだけ落ち着いた気がした。
私は正面を見据え、霧と汗で滑る白杖を握り直す。
これまでだって、何度も勇者パーティを支えてきた自信はある。
けれど――こんなに大きな戦いは、初めてだ……。
ちゃんとしなきゃ、ほんとに。
わかってる。私の支援が一瞬でも遅れれば、誰かの命を奪ってしまうかもしれない。
そう思うと、心臓の音がうるさくて、呼吸が浅くなる。
冷えた空気なのに、胸の中は熱くて仕方ない。
――そのとき、肩にそっと手が置かれた。
(……姉さん)
思わず振り向く。
「セレナ、大丈夫よ。あなたは、わたしが守るから」
姉の声は、いつもと同じだった。
私は姉を見上げ、ぎこちなく笑みを返す。
もしかしたら、口の端が上がってしまったかも……。
でも、私だって、姉と同じように思っていることがある。
「……うん。じゃあ、姉さんは――わたしが支える」
姉は一瞬だけ目を見開き、すぐに柔らかく笑った。
その笑みを見た瞬間、怖さがふっと消えた。
森の奥では、ロベール卿率いる精鋭たちが既に展開していた。
鎧の音を風に溶かし、誰もが息を潜めている。
まるで、森に侵入した敵を噛み砕くために、牙を研いでいるみたいだった。
この戦いでは――私たち勇者パーティと精鋭たちの働きが、
戦の行方を握っていると聞かされていた。
ふと、風が止んだ。
◆
――その、ほんの一刻ほど前のこと。
天幕の中には、三軍の指揮官たちが並んでいた。
中央にはロベール卿。左右には第二師団長エルステッド卿と、第三師団長グランフォード卿。
さらに参謀や部隊長、歴戦の騎士たちが、広げられた地図を囲んでいる。
エリアスとバルドはロベール卿の傍に立ち、私は姉の後ろから、そっと顔をのぞかせていた。
地図の上には石駒と旗がいくつも置かれ、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。
光が駒に反射して、まるでそれぞれが息をしているみたいだった。
「魔王軍の配置は、一軍をもって我らに挑む構えだ。
先頭にはナイトメアに騎乗した槍騎兵、遊撃としてヘルハウンドが確認されている。
その後に続くのは鬼人と亜人兵、魔獣の混成部隊。
推測される戦術は――機動戦力を一点に集中。
初撃で我らの前線を粉砕し、中央突破の上で後背を急襲。
機動力を誇る軍団の定石だな」
ロベール卿の声は低く、けれどはっきりと響いた。
蝋燭の炎がその横顔を照らし、空気がぴんと張り詰める。
思わず周囲を見回す。
エリアスも、バルドも、指揮官たちも皆、静かに頷いていた。
私は隣のフィーネをそっと肘でつつき、小声で尋ねる。
「ね、ナイトメアとヘルハウンドって、なに?」
「ふ……肉食の黒馬と、炎を吐く三つ首の犬ね」
さらりと答えるフィーネ。
……怖すぎる。聞くんじゃなかった。
ロベール卿は白い駒を三つ、黒い駒の正面に並べた。
「ならば、全軍をもって重層陣で正面から迎え撃つのが定石。
だが攻城戦が控えている我らには、消耗戦は不利。
よって――」
地図の上で、白い駒が三つ動く。
一つはそのまま正面へ。左右に一個ずつ。
「森を背後に、第一師団は突撃を正面から受け、総崩れを装う。
敵が中央を突破し、森に侵入した瞬間――伏兵がこれを叩く」
(え、伏兵って……もしかして)
「エリアス殿下。あなた方は、ここだ」
北の森に、小さな銀の駒が置かれる。
(やっぱり……!)
身体の芯がぶるっと震えた。
けれど、エリアスは迷いなく頷く。
「いいだろう。
突破する者、退く者――すべて討つ。
森を、奴らの墓にする」
「よろしい。
私も直接一軍を率い、森に侵入した敵を掃討する」
ロベール卿は口角をわずかに上げた。
その笑みは恐ろしいのに、不思議と心強かった。
「なお、英雄になりたい者がいれば志願を受け付ける。いつでも歓迎だ」
天幕の中に笑いが起き、ちらほらと手が上がる。
その中で、若い騎士の声が一つ、震えながらも張り上がった。
「――俺も、志願します!」
「いいだろう」
ロベール卿の口元が、わずかに引き締まる。
「最低でも奴らを森で足止め。可能ならば先陣の敵将を討ち取る。
そして、壊走を装った第一師団が反転。
第二・第三師団は後背に回り、全軍をもって包囲殲滅――これが作戦の全容だ」
エリアスも、バルドも、姉も――誰も口を挟まない。
(止められなかったら、どうなるのかって……誰も聞かないの?)
みんな口元は笑っているのに、表情は厳しい。
私は気づいた。つまり、そういうことなんだ。
――私たちが破られれば、それは敗北を意味する。
そういう戦いなんだ。
バルドはゆっくりと頷いた。
「……俺が、全てを止める」
低く響くその声は、不思議と安心させてくれた。
ただ――フィーネがほんの少しだけ目を伏せたのが気になった。
『敵将はおそらく魔将ガルヴァン』――そう言った時と同じ表情。
きっとフィーネさんは、何かを知ってるんだ……。
エリアスは、一切の動揺を見せず、笑みすら浮かべた。
「この戦い、厳しいものになるのは間違いない。
けれど、我らが敵将を討ち取れば――」
エリアスは黒い駒を指で弾き、ぱたん、と倒した。
思わず彼の顔を見上げた。
そこにあったのは笑顔――自信と誇りに満ちた、“勇者の顔”。
「――それで、勝ちだ」
天幕が一気に熱気に包まれる。
「やるぞ!」
「ああ、やってやろうじゃないか!」
「俺たちには勇者と聖女がついてる!」
歓声と笑いが混ざり、蝋燭の炎が激しく揺れた。
布の天幕が、わずかに呼吸するみたいに膨らんだ気がして
――胸の奥が、きりっと熱くなる。
ロベール卿は表情を崩さぬまま、静かな声で言う。
「騎兵の出鼻をくじく。
聖女殿とバルドの守りが要になる。
次に勇者の剣と、フィーネ殿の弓が敵将を討つ。
心配するな。
討ち漏らした雑兵は、全て私が受け持つ」
小さく笑いが起きる。
うん。それから、私はいつも通り、みんなの支援を――。
そう思って姉の袖をそっと掴み、半歩下がる。
けれど、ロベール卿の言葉は終わっていなかった。
「そして――」
ごくりと喉が鳴る。
姉の袖を掴んだまま、半分だけ顔を出した。
すると、彼の視線が、私をまっすぐに射抜いた。
「――君の支援が、きっと力になる」
……え、わたし?
全員の視線が一斉にこっちを向く。
途端に背中が冷たくなり、逃げ出したくなる。
え、ええっと……。
(……怖い。でも、逃げたら、姉の隣に立てなくなる)
――次の瞬間、右手と左手にそれぞれ、暖かい手の感触。
「セレナ、さあ」
「共に」
姉とフィーネが、私の手を取り、高く掲げた。
エリアスも、バルドも拳を掲げる。
「うおおおおおおおお――!!」
天幕が鬨の声で満たされた。
ロベール卿も、エルステッド卿も、拍手しながらこっちを見てる。
私は、目を白黒させながらも――
(そうだ、私は逃げないって決めたんだ!)
歓声に包まれながら、こうして姉の隣に立っていることが――誇らしかった。
◆
そして、遠くで銅鑼の音が響き渡った――。
エリアスの鞘が、ちり、と鳴り、聖剣が抜き払われる。
森の小径の中央に立ったバルドが、地面に突き立てた大盾の背後で身を低くした。
木の上から、フィーネが弓を引き絞る音がする。
聖杖を静かに掲げた姉の横に立ち、私も白杖をゆっくりと胸まで引き上げた。
やがて、遠くの銅鑼の音に応えるように、すぐ近くで低い角笛の音が響いた。
次の瞬間――木々から一斉に水滴が落ち、大地の奥から低い唸りが立ち上がる。
それは風でも雷でもない。無数の足音と蹄が、地を叩く音。
霧の向こうで、黒い大地がうねり、動き出した。
(大丈夫。わたしが支えるから!
それに、姉さんも、仲間もいる!)
決戦の火蓋が――切られた。
さっき降った小雨の名残が、冷たい霧になって森の縁を包む。
私は、その静かな白の中で、白杖を握りしめて立っていた。
ここにいるのは――私たち勇者パーティの五人だけ。
湿った土の匂いがして、木々の隙間から木漏れ日が霧を透かす。
光がゆらめき、枝先から落ちた水滴が草の上で跳ねた。
誰かの鎧がきしむ音が、静けさの中でやけに大きく響く。
前方には、森の手前に陣を構える第一師団の姿。
兜と槍が整然と並び、王国の旗が風を受けてはためいている。
その左右には第二、第三師団。
見渡す限り、人の列――列、列。
まるで、地平線そのものが剣と鎧でできているみたいだった。
そして――視線を上げれば、平原にただよう霧の向こう。
黒い瘴気がゆらゆらと漂っている。
山脈みたいにうねる軍勢の影が、ゆっくりと揺らめく。
魔王軍。
王国の――ううん、世界の命運を賭けた戦いが、いま始まろうとしている。
「……もうすぐ、だね」
思わずこぼれた声が、白い霧の中に吸い込まれていった。
風が頬をなで、冷たい空気の中に鉄の匂いが混じる。
“戦の匂い”――命の境界を告げる、あの独特の空気。
何度も触れたはずなのに、やっぱり怖い……。
エリアスは剣の柄に手を添え、静かに頷いた。
「油断するな。
ここから先は――ほんの一歩が命を分ける」
その声に、バルドが鎧の留め具を締め直しながら応えた。
「うむ……頭は俺が抑える」
そう言って、大盾の持ち手を確かめるように持ち上げた。
その上方で、弓の弦が小さく鳴る。
見上げると、フィーネが枝の上に立って弦の張りを確かめている。
銀葉の髪と新緑の衣が、霧の森に溶け込んでいて――
その姿は、まるで森の妖精みたいに見えた。
(彼女に言ったら「私は妖精じゃない」って怒られそう……。
でも、戦いが終わったら、絶対言っちゃうんだからね!)
胸の奥にわだかまった塊を振り払うように、変な誓いを立ててみる。
彼女は私に気づくと、ほんの少しだけ顎を引いて頷いた。
それだけで、胸の奥の塊が少しだけ落ち着いた気がした。
私は正面を見据え、霧と汗で滑る白杖を握り直す。
これまでだって、何度も勇者パーティを支えてきた自信はある。
けれど――こんなに大きな戦いは、初めてだ……。
ちゃんとしなきゃ、ほんとに。
わかってる。私の支援が一瞬でも遅れれば、誰かの命を奪ってしまうかもしれない。
そう思うと、心臓の音がうるさくて、呼吸が浅くなる。
冷えた空気なのに、胸の中は熱くて仕方ない。
――そのとき、肩にそっと手が置かれた。
(……姉さん)
思わず振り向く。
「セレナ、大丈夫よ。あなたは、わたしが守るから」
姉の声は、いつもと同じだった。
私は姉を見上げ、ぎこちなく笑みを返す。
もしかしたら、口の端が上がってしまったかも……。
でも、私だって、姉と同じように思っていることがある。
「……うん。じゃあ、姉さんは――わたしが支える」
姉は一瞬だけ目を見開き、すぐに柔らかく笑った。
その笑みを見た瞬間、怖さがふっと消えた。
森の奥では、ロベール卿率いる精鋭たちが既に展開していた。
鎧の音を風に溶かし、誰もが息を潜めている。
まるで、森に侵入した敵を噛み砕くために、牙を研いでいるみたいだった。
この戦いでは――私たち勇者パーティと精鋭たちの働きが、
戦の行方を握っていると聞かされていた。
ふと、風が止んだ。
◆
――その、ほんの一刻ほど前のこと。
天幕の中には、三軍の指揮官たちが並んでいた。
中央にはロベール卿。左右には第二師団長エルステッド卿と、第三師団長グランフォード卿。
さらに参謀や部隊長、歴戦の騎士たちが、広げられた地図を囲んでいる。
エリアスとバルドはロベール卿の傍に立ち、私は姉の後ろから、そっと顔をのぞかせていた。
地図の上には石駒と旗がいくつも置かれ、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。
光が駒に反射して、まるでそれぞれが息をしているみたいだった。
「魔王軍の配置は、一軍をもって我らに挑む構えだ。
先頭にはナイトメアに騎乗した槍騎兵、遊撃としてヘルハウンドが確認されている。
その後に続くのは鬼人と亜人兵、魔獣の混成部隊。
推測される戦術は――機動戦力を一点に集中。
初撃で我らの前線を粉砕し、中央突破の上で後背を急襲。
機動力を誇る軍団の定石だな」
ロベール卿の声は低く、けれどはっきりと響いた。
蝋燭の炎がその横顔を照らし、空気がぴんと張り詰める。
思わず周囲を見回す。
エリアスも、バルドも、指揮官たちも皆、静かに頷いていた。
私は隣のフィーネをそっと肘でつつき、小声で尋ねる。
「ね、ナイトメアとヘルハウンドって、なに?」
「ふ……肉食の黒馬と、炎を吐く三つ首の犬ね」
さらりと答えるフィーネ。
……怖すぎる。聞くんじゃなかった。
ロベール卿は白い駒を三つ、黒い駒の正面に並べた。
「ならば、全軍をもって重層陣で正面から迎え撃つのが定石。
だが攻城戦が控えている我らには、消耗戦は不利。
よって――」
地図の上で、白い駒が三つ動く。
一つはそのまま正面へ。左右に一個ずつ。
「森を背後に、第一師団は突撃を正面から受け、総崩れを装う。
敵が中央を突破し、森に侵入した瞬間――伏兵がこれを叩く」
(え、伏兵って……もしかして)
「エリアス殿下。あなた方は、ここだ」
北の森に、小さな銀の駒が置かれる。
(やっぱり……!)
身体の芯がぶるっと震えた。
けれど、エリアスは迷いなく頷く。
「いいだろう。
突破する者、退く者――すべて討つ。
森を、奴らの墓にする」
「よろしい。
私も直接一軍を率い、森に侵入した敵を掃討する」
ロベール卿は口角をわずかに上げた。
その笑みは恐ろしいのに、不思議と心強かった。
「なお、英雄になりたい者がいれば志願を受け付ける。いつでも歓迎だ」
天幕の中に笑いが起き、ちらほらと手が上がる。
その中で、若い騎士の声が一つ、震えながらも張り上がった。
「――俺も、志願します!」
「いいだろう」
ロベール卿の口元が、わずかに引き締まる。
「最低でも奴らを森で足止め。可能ならば先陣の敵将を討ち取る。
そして、壊走を装った第一師団が反転。
第二・第三師団は後背に回り、全軍をもって包囲殲滅――これが作戦の全容だ」
エリアスも、バルドも、姉も――誰も口を挟まない。
(止められなかったら、どうなるのかって……誰も聞かないの?)
みんな口元は笑っているのに、表情は厳しい。
私は気づいた。つまり、そういうことなんだ。
――私たちが破られれば、それは敗北を意味する。
そういう戦いなんだ。
バルドはゆっくりと頷いた。
「……俺が、全てを止める」
低く響くその声は、不思議と安心させてくれた。
ただ――フィーネがほんの少しだけ目を伏せたのが気になった。
『敵将はおそらく魔将ガルヴァン』――そう言った時と同じ表情。
きっとフィーネさんは、何かを知ってるんだ……。
エリアスは、一切の動揺を見せず、笑みすら浮かべた。
「この戦い、厳しいものになるのは間違いない。
けれど、我らが敵将を討ち取れば――」
エリアスは黒い駒を指で弾き、ぱたん、と倒した。
思わず彼の顔を見上げた。
そこにあったのは笑顔――自信と誇りに満ちた、“勇者の顔”。
「――それで、勝ちだ」
天幕が一気に熱気に包まれる。
「やるぞ!」
「ああ、やってやろうじゃないか!」
「俺たちには勇者と聖女がついてる!」
歓声と笑いが混ざり、蝋燭の炎が激しく揺れた。
布の天幕が、わずかに呼吸するみたいに膨らんだ気がして
――胸の奥が、きりっと熱くなる。
ロベール卿は表情を崩さぬまま、静かな声で言う。
「騎兵の出鼻をくじく。
聖女殿とバルドの守りが要になる。
次に勇者の剣と、フィーネ殿の弓が敵将を討つ。
心配するな。
討ち漏らした雑兵は、全て私が受け持つ」
小さく笑いが起きる。
うん。それから、私はいつも通り、みんなの支援を――。
そう思って姉の袖をそっと掴み、半歩下がる。
けれど、ロベール卿の言葉は終わっていなかった。
「そして――」
ごくりと喉が鳴る。
姉の袖を掴んだまま、半分だけ顔を出した。
すると、彼の視線が、私をまっすぐに射抜いた。
「――君の支援が、きっと力になる」
……え、わたし?
全員の視線が一斉にこっちを向く。
途端に背中が冷たくなり、逃げ出したくなる。
え、ええっと……。
(……怖い。でも、逃げたら、姉の隣に立てなくなる)
――次の瞬間、右手と左手にそれぞれ、暖かい手の感触。
「セレナ、さあ」
「共に」
姉とフィーネが、私の手を取り、高く掲げた。
エリアスも、バルドも拳を掲げる。
「うおおおおおおおお――!!」
天幕が鬨の声で満たされた。
ロベール卿も、エルステッド卿も、拍手しながらこっちを見てる。
私は、目を白黒させながらも――
(そうだ、私は逃げないって決めたんだ!)
歓声に包まれながら、こうして姉の隣に立っていることが――誇らしかった。
◆
そして、遠くで銅鑼の音が響き渡った――。
エリアスの鞘が、ちり、と鳴り、聖剣が抜き払われる。
森の小径の中央に立ったバルドが、地面に突き立てた大盾の背後で身を低くした。
木の上から、フィーネが弓を引き絞る音がする。
聖杖を静かに掲げた姉の横に立ち、私も白杖をゆっくりと胸まで引き上げた。
やがて、遠くの銅鑼の音に応えるように、すぐ近くで低い角笛の音が響いた。
次の瞬間――木々から一斉に水滴が落ち、大地の奥から低い唸りが立ち上がる。
それは風でも雷でもない。無数の足音と蹄が、地を叩く音。
霧の向こうで、黒い大地がうねり、動き出した。
(大丈夫。わたしが支えるから!
それに、姉さんも、仲間もいる!)
決戦の火蓋が――切られた。
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