【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ

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第三章

エピローグ『Re:』

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まぶたの裏を、光がやさしく撫で、私は目を開けた。

見慣れない天蓋と、差し込む朝日。
鳥のさえずり、清潔なリネンの香り――

……ここ、どこ?

「――おはよう、セレナ」

その瞬間、胸が大きく跳ねた。

聞き慣れた、けれどもう二度と聞けないはずの声。
私はシーツを跳ね除け、まるで飛び起きるように上体を起こす。

「……えっ」

思わず声が裏返った。

銀の髪を朝日に揺らし、ベッドの横で微笑んでいるのは――
姉、アリシアだった。

姉さんが……生きてる……!?

嘘。どうして? これは……夢?
いや、夢にしてはあまりに鮮明で、音も匂いも、姉の表情までも本物で――。

(――もしかしてこれ、
 あの嵐の夜のヴェルネの罠の時と同じ……?
 時間が――巻き戻った!?)

……でも、私は眠ってもいないし、死んでもいない。

ついさっきまで《暁の風》のみんなと夜通し酒場で語り合っていた。
酔っぱらったカレンがフィーネに絡んでて……
私はペンダントに触れて――光に包まれて――。

そして今、知らない部屋。

時間は巻き戻っていない。
じゃあ、別の世界? 転生? それとも……夢?

頬をつねる。――痛い。

そうだ、魔法だ!

『――感覚強化』

光陣が輝いた瞬間、押し寄せる“姉の鼓動と呼吸の気配”に、慌てて魔法陣を消した。

夢じゃない――!

その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

「――姉さんっ!」

気づいたときにはもう、私は姉の胸に飛び込んでいた。
腕は震え、力加減なんてできない。

触れた感触、鼓動、香り――すべてが紛れもなく姉だった。

(姉さん……姉さんだ……!)

「……セレナ……? どうしたの?」

その声が、あまりにも優しくて。
もう二度と触れられないと思っていた温もりが確かで――。

「だって……姉さん……! 会いたかった……」

言葉にならず、喉の奥でかすれる。
姉は驚いたように目を丸くしたあと、そっと私の背を抱き寄せた。

「大丈夫よ。ほら、姉さんはここにいるわ」

その一言だけで膝が崩れそうになる。
息をしてる。温かい。触れられる。

(姉さんが……生きてる……)

涙が零れそうになって、私はぎゅっと顔を押しつけた。

「もう、セレナったら。
 なに朝から寝ぼけてるのかしら?」

姉は、昔と同じように私の髪を撫で、
“当たり前”のように微笑んだ。

「セレナがお寝坊するなんて珍しいわね。
 でも、寝ぼけてる場合じゃないわよ?
 今日は忙しいんだから。さあ、早く起きなさい」

涙に濡れたまま、私は姉の顔を見上げた。

「い、忙しいって……なにが?」

返事を待つ暇もなく、侍女たちがわっと部屋に入ってきた。
慣れた手つきで私の寝間着を脱がし、白い布を肩に掛けていく。

「ちょっ……え、えぇぇ!?」

あれよあれよという間に着替えさせられ、鏡の前に立たされた。

そこに映っていたのは――
金糸の刺繍が施された、純白の聖衣に身を包んだ“私”。

「これ……姉さんのじゃ……?」

震える声で問うと、姉はくすくす笑った。

「……さっきからどうしたの? ふふ……変なセレナ。
 私たち姉妹は二人とも聖女。
 あなたの覚醒はずっと後だったけど。
 そして、わたしたちは魔王討伐の英雄でしょ?
 ……うん、やっぱり聖女はこうじゃなくちゃ」

「……えっと……わたしが……聖女?」

心臓が跳ねる。
わけがわからない。
でも――誰も疑問に思っていない……。

どういうこと!?

***

王都キングスフォート・大聖堂。

朝の光を反射して、無数の花々がまるで宝石みたいにきらめいている。
中央の赤いバージンロードは祭壇へと真っすぐ伸び、両脇には参列者がぎっしり。
華やかなざわめきと期待が、空気に甘く漂っていた。

最後にこの大聖堂を出たのは、あの葬儀の日。
その記憶と、この光景の落差に思わず目がちかちかする。

(……すごい。
 本当に、姉さんの……結婚式なんだ……)

支度中、私は姉に何度も聞いた。
「今日は何の日?」とか、「なんで私が聖衣を?」とか。
姉は少し不思議そうにしながらも、

「王都の大聖堂で、式を挙げる日よ?
 セレナが忘れるなんて」

と、くすりと笑って教えてくれた。

わかっていた。
わかっていたはずなのに、胸の奥だけがまだ現実についてこれない。

(……だって、姉さんが生きてるなんて……信じられるわけ、ないよ……)

そんな心の揺れを飲み込もうとした瞬間――

高らかな鐘の音が大聖堂いっぱいに広がった。
聖歌隊の歌声が白い天井を震わせ、参列者たちの視線がいっせいに私たちへと注がれる。

その視線は憧れ、敬意、祝福が入り混じったまっすぐな光で。
胸の奥がじんわり熱くなる。

私は白い聖衣をまとい、姉の隣に立っていた。
レースの下に銀の髪が流れ落ち、純白の花嫁衣裳に身を包んだ姉は、輝くように美しかった。

姉と並んで歩く。

視線の先――祭壇には、純白の礼装に身を包んだ勇者エリアス。
いや、今は“ヴァルミエール国王”だ。

金糸の刺繍が光を受けて淡く輝き、
彼は深く息を整えると、穏やかな笑みを浮かべてこちらに手を差し伸べる。

(……ああ。本当に……姉さんが、今日、王妃になるんだ)

胸の奥で何かがふっと揺れ、
私は呼吸を忘れるほどに息を呑んだ。

視線を巡らせれば、懐かしい顔がずらりと並んでいる。

マルグリット司祭は涙をぬぐいながら祈りを捧げ、
カステルモン公爵は胸に手を当てて誇らしげに立っている。

魔王討伐軍の面々――ロベール卿も、エルステッド卿も。
そして、最後の戦いで散ったはずのグランフォード卿まで……!

(……そんな……だって、死んだはず……。
 やっぱりここ、本当に“別の世界”、なの……?)

アカデミーの学友たちの席に目を遣れば――
ジュリアンも、黒魔導士も、弓使いの子も、全員が穏やかに微笑んでいた。

王族席では、先王と王太后が優雅に微笑んでいる一方で、
シャルルは悔しげに俯き、唇を噛んでいた。
しかし、誰も気に留めていない。

(……シャルル……ざまぁ見ろ、ってやつ)

心の中だけでそっと意地悪く呟くと――
ふいに、参列者の中央に“見覚えのある大きな背中”が見えた。

「――えっ……!」

そこにいたのは、
最後まで姉と私を守り抜いてくれた、あの寡黙で優しい騎士。

忘れようとしても忘れられない、最後の腕の温もり。
あの戦いの重みが、一気に胸に込み上げる。

礼装を纏ったバルドは堂々と席に座り、
天窓から降り注ぐ光に照らされていた。

こちらを振り返り、ふっと涼やかに微笑む。

胸が跳ねた。

……でも、その眼差しはいつだって“姉”に向いていたはずなのに。

なぜ、今、私に?

問いの答えを探す暇もなく、場内に大きな喝采が広がった。
金糸のカーテンが揺れ、花びらが祝福のように舞い落ちる。

現実味がなくて足が止まりそうになったそのとき、
姉の白い手袋がそっと伸び、私を支えた。

「セレナ、大丈夫。
 わたしたち、これからも一緒よ」

その一言に、胸の奥でじんと何かが弾ける。

そして、私たちはエリアスの待つ祭壇へ歩を進めた。

彼の額にはもう銀のサークレットはない。
代わりに戴いているのは――輝く黄金の王冠。

握っていた姉の手を、私はゆっくりとエリアスへ渡した。

エリアスは姉の手を取ると、
私にだけ聞こえるような声でそっと言った。

「セレナ……これで君も、本当の家族だ。
 これからも、よろしく頼む」

思わず瞬きする。
胸が、熱い。

聖歌が最高潮へ達し、王都中の鐘が鳴り、空気を震わせる。
視界は光に満たされ、誰もが祝福の笑顔を浮かべていた。

花嫁衣装の姉は、エリアスの隣でまばゆいほどに輝いていた。

一方――私は白の聖衣をまとったまま、
自分だけ“別の物語”に紛れ込んだような、不思議な感覚に包まれていた。

(……姉さんが、エリアスのお嫁さんに……)

困惑しているうちに、儀式は着々と進む。

そしてついに――大司祭の厳かな声が響いた。

「……誓いますか?」

ふたりの声が重なる。

「誓います」

その瞬間、広間の空気が震えた。

花々の香りがふわりと揺れ、天井から降り注ぐ光がふたりを包み込む。

大司祭が静かに頷き、言葉を紡ぐ。

「……では――誓いの口づけを」

エリアスが姉の手を取り、そっと顔を寄せる。
姉はほんの少しだけまつげを伏せ、微笑んだ。

唇が触れあった瞬間――
参列者たちのあいだから、やさしい風のような拍手と祝福の声が広がった。

(ああ……姉さん、本当に……王妃になるんだ)

胸の奥がじんわりと熱くなる。
夢か現実かまだ掴めないのに、涙だけはどうしようもなく滲みそうで。

それでも、目の前の光景は――確かに、世界でいちばん美しかった。



そのとき――

ばんっ――!

大聖堂の扉が乱暴に開いた。

「報告! 王都の外れに魔王軍残党が出現!」

参列席が一気にざわめく。
次の瞬間、赤髪を翻して小柄な少女が駆け込んできた。

「カレン!?」

(なんで王都に《暁の風》が……!?)

背には長剣。鋭い瞳がまっすぐ前を射抜く。

「《暁の風》参上!」

派手すぎる名乗りとともに、四人の冒険者たちがずかずか進み出る。

「Sランクの……!」
「あの“聖女”、“ 剛盾ごうじゅん”、“ 翠風すいふう”の……王都最強パーティ……!」

民衆も貴族もどよめき、参列者たちは自然と道を開けた。

(は? いやいや、ちょっと待って……
 てか“剛盾”って……まさか……いや、そんな……)

目尻に涙がにじむ。

(……知らない話が多すぎる……!)

カレンとフィーネが私の前に進み出てきて、その瞬間――

私は思わず叫んだ。

「あっ! 酔っ払い!」

「ちょ、ちょっと失礼ねっ!? 誰が酔っ払いよ!
 ……まぁ、仕事の後の一杯が好きなのは否定しないけど」

(いや……いつも、一杯じゃないけど……?)

赤くなってぷいとそっぽを向くカレン。
フィーネは苦笑しつつも、容赦なく宣言した。

「聖女殿! 出番です!」

「えっ……ええっと!
 聖女って――やっぱりわたし……だよね?」

フィーネがふっと微笑む。

「時間が惜しい。セレナ、行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待って! わたし、心の準備が……」

「大丈夫。君は私の光だ。君ならできる」

私は思わず、小声で尋ねてしまう。

「いや、そういうことじゃなくて……。
 ちょっと聞きたいんだけど……
 さっきまで水で薄めたワイン飲んでなかった?」

フィーネの耳がぴくりと動き、頬が赤くなる。

「セレナ……どうしてそれを……?
 ほんとうに、君はなんでもお見通しだな……」

そして、私の耳元で囁く。

「でも――頼む。それだけは秘密にしてくれ。
 ワインが飲めないエルフなど……恥さらしだからな」

次の瞬間、フィーネはあの戦場で出会った日のように、
細くもしなやかな力で、椅子から私を引き上げてくれた。

「だが――寝ぼけるのは寝てるときだけにしてくれ。
 さあ、行きますよ!」

半ばあきれた表情のまま、力強く私の手を引く。

「ロベール卿――薔薇騎士団、出撃せよ!
 聖女殿を中心に、彼女の指示に従え!」

久しぶりに聞くエリアスの短い指示。
たった二年前のことなのに……ひどく懐かしかった。

「はっ!」

ロベール卿が膝をつき、私を見上げる。

「よろしく頼む――聖女殿」

(――っ! ロ、ロベールさんまで!?)

祭壇の上から姉とエリアスが手を振る。

「行ってらっしゃい、セレナ!」
「セレナ、お前が要だ。任せたぞ!」

その後ろでは、大司祭が銀髪を揺らしながら静かに微笑んでいた。
頭の中が真っ白になる。

そしてフィーネが先に立って参列席を割り、
私は手を引かれるまま、バルドの前へ連れて行かれる。

見上げると――
あの懐かしい彼の眼差しに、胸がきゅっとした。

フィーネの落ち着いた声。

「バルド。さあ、行きましょう。
 あなたも《暁の風》の一員なんだから」

(やっぱり、そうなんだ……!)

バルドはにやりと白い歯を見せる。

「もちろんだ。
 ”婚約者”が行くのだから、俺も行かないとな」

一瞬、息が止まった。

「……えっ? 婚約者って……?
 わたしが? バルドの?」

バルドは当たり前のように片目を瞑る。

(え? えぇぇ?
 いや、バルドは……いい人だし、頼りになるし、
 無口だけど真面目で、強くて、面倒見良くて……
 料理もおいしそうに食べてくれるし……
 それに……笑うと……ちょっとだけ格好いいし……?)

思考が勝手に暴走し、頬が熱くなる。

(――なに考えてるの私!?)

胸が跳ねる。
横を見ると――フィーネがくすり、と笑っている。

耳まで燃えるように熱くなった。

バルドは当然のように私の隣に立ち、ぽつりと言った。

「……そうだ。お前は一生、俺が守る!」

とどめの一撃。

(ちょ、ちょっと!
 バルド、それは……ずるい――っ!)

気付けば、真っ赤になって俯いた私のまわりに、
バルドを加えた《暁の風》の面々が集まっていた。

ごく自然に。まるで呼吸するように――
私を中心に。

***

「しゅっぱーっつ!」

カレンが拳を突き上げ、《暁の風》が勢いよく動き出した。
それに続いて、ロベール卿率いる騎士団の面々も一斉に歩みを揃える。

扉をくぐる直前、誰かの声が聞こえた気がした――

『……セレナ……』

思わず振り返る。

エリアスが優しく手を振り、その隣で姉は――
白い花嫁衣装のまま、ただ穏やかな微笑みを浮かべていた。

(あれ? 姉さん……?)

『祈りは届くわ。きっと……また会える……』

ふと、姉が最後にくれたあの言葉が胸の奥に蘇った。

(もしかして……この奇跡は――)

私の胸元にはもう、あのペンダントは無い。
だって、今もそれは姉の胸元に青く輝いているから。

姉の微笑みが、どこまでも優しく滲んだ。

何がどうしてこうなったのか。
わからない。
全然わからない。

けれど――。

それでも。

ここが、私が“生きていく世界”でいいんだ。

(――あの世界で姉さんがくれた……“最後の奇跡”。
 きっと、そうなんだよね)

だから、この先を歩くのは “私”自身。

“聖女”なんて呼ばれたって、私は――私。

支援して、傷を癒やして。
時々――奇跡を起こす。

それがきっと、私の役目。

「……姉さん、行ってきます」

――ふわりと微笑み、前を向く。

私は、光が満ちるその先へと、一歩を踏み出した。



……Fin.『Re:』


◆ ◆ ◆

セレナの物語を最後まで見届けてくださった皆さま、本当にありがとうございました。

もしこの物語を少しでも気に入っていただけたなら、
お気に入りや♥などでそっと応援していただけると嬉しいです。

これからも、皆さまの心に少しでも残る物語を、お届けできますように。
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