傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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 私の心も絵画のように切り刻まれ、ランドルフのぶ厚く重たい靴底に無惨に踏みにじられたような気持ちになった。

 それでも私はランドルフに訴え続けた。なぜなら彼を心の底から愛しているから。

 アガトンと私が不倫関係にあっただなんて、アガトンの真っ赤な嘘だ。ランドルフと結婚する前だって、付き合った人などいないし、恋をしたのも彼だけだ。

 彼だけを愛している。出会った瞬間から、燃え上がる私の心はあなにだけを向いている。

 これからもきっとそれは変わらない。

 なのにあなたは信じてくれない。

「ランドルフ、私にはあなただけ……。信じて下さい……。アガトンの言ったことは全て嘘だわ。彼はあなたの弟なのよ?そのアガトンと私がそんな……」

「黙れ!! 次に他の男の名前がお前の口から出て見ろ……どうなるか見せてやる!」

「きゃあ!」

 ガシャーン!

 ランドルフは窓ガラスを拳で叩き割った。物すごい音がして私は耳を手でふさぎ、衝動的につぶった。ガラスの割れる音が真っ暗な廊下に響く。

 真夜中の今、外は嵐が吹き荒れていた。冷たい暴風と雨が割れた窓ガラスの隙間から吹き込んで、一瞬で体の芯から爪の先まで冷えていった。

 時折、ビシャーン!と荒れ狂った闇の中で雷がランドルフの背後で光る。恐ろしい形相で、もはや私の知るランドルフではなかった。

 私を見つめる熱くてくっきりとした眼差しは、今は鋭く獰猛に光っている。

 ランドルフの拳は血だらけになっていた。ガラスの破片が突き刺さり、血が滴り落ちて床に血の塊ができていく。

「ランドルフ……血が……」

 その惨状を目の当たりにして、自分の顔から血の気がサァッと引いていくのがわかった。

「ランドルフ」

 怒り狂った夫には、私の小さな声は届かない。誤解を解きたくとも、私の話を聞いてはくれない。
 ならばせめて傷の手当てだけでもして欲しい。

「ランドルフ、手当を……」

「俺に触れるな!」

 傷のある手に触れようと彼に手を伸ばした。しかし、触れる前にランドルフはその屈強な腕を振り上げで歩き出す。

「待ってランドルフ、お願い、お願いだから」

 縋るような声を出したが、無視された。これ以上私の声も存在も感じたくないと言うように、ランドルフは全てを振り切る様に階段を登って行った。

「俺の目を盗んで、弟と不貞を働くなんてとんでもない女と結婚してしまった。俺の弟だぞ! 虫唾むしずが走る。そんなにあいつがいいのなら、あいつの所でもどこへでも行ってしまえ!」

 階段を登りきった一番上から大声を出して私を怒鳴りつける。怒りに満ち溢れた表情で、ランドルフの目は妻を見るものではなかった。

「ちがう……ランドルフ、違うのよ」

「お前の、そのお腹の子も俺の子じゃないんだろう」

 地獄の底から聞こえてくる様な声。

 私は震え上がった。

 ランドルフのその地を這うような声に反応しただけでなく、そのおぞましい誤解に対して、心臓をぎゅっと握りつぶされたような感覚があった。
 私は大きくなってきたお腹を手で思わず支えた。私は妊娠中期にさしかかっていたところだった。
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