2 / 55
1-2
しおりを挟む私の心も絵画のように切り刻まれ、ランドルフのぶ厚く重たい靴底に無惨に踏みにじられたような気持ちになった。
それでも私はランドルフに訴え続けた。なぜなら彼を心の底から愛しているから。
アガトンと私が不倫関係にあっただなんて、アガトンの真っ赤な嘘だ。ランドルフと結婚する前だって、付き合った人などいないし、恋をしたのも彼だけだ。
彼だけを愛している。出会った瞬間から、燃え上がる私の心はあなにだけを向いている。
これからもきっとそれは変わらない。
なのにあなたは信じてくれない。
「ランドルフ、私にはあなただけ……。信じて下さい……。アガトンの言ったことは全て嘘だわ。彼はあなたの弟なのよ?そのアガトンと私がそんな……」
「黙れ!! 次に他の男の名前がお前の口から出て見ろ……どうなるか見せてやる!」
「きゃあ!」
ガシャーン!
ランドルフは窓ガラスを拳で叩き割った。物すごい音がして私は耳を手でふさぎ、衝動的につぶった。ガラスの割れる音が真っ暗な廊下に響く。
真夜中の今、外は嵐が吹き荒れていた。冷たい暴風と雨が割れた窓ガラスの隙間から吹き込んで、一瞬で体の芯から爪の先まで冷えていった。
時折、ビシャーン!と荒れ狂った闇の中で雷がランドルフの背後で光る。恐ろしい形相で、もはや私の知るランドルフではなかった。
私を見つめる熱くてくっきりとした眼差しは、今は鋭く獰猛に光っている。
ランドルフの拳は血だらけになっていた。ガラスの破片が突き刺さり、血が滴り落ちて床に血の塊ができていく。
「ランドルフ……血が……」
その惨状を目の当たりにして、自分の顔から血の気がサァッと引いていくのがわかった。
「ランドルフ」
怒り狂った夫には、私の小さな声は届かない。誤解を解きたくとも、私の話を聞いてはくれない。
ならばせめて傷の手当てだけでもして欲しい。
「ランドルフ、手当を……」
「俺に触れるな!」
傷のある手に触れようと彼に手を伸ばした。しかし、触れる前にランドルフはその屈強な腕を振り上げで歩き出す。
「待ってランドルフ、お願い、お願いだから」
縋るような声を出したが、無視された。これ以上私の声も存在も感じたくないと言うように、ランドルフは全てを振り切る様に階段を登って行った。
「俺の目を盗んで、弟と不貞を働くなんてとんでもない女と結婚してしまった。俺の弟だぞ! 虫唾が走る。そんなにあいつがいいのなら、あいつの所でもどこへでも行ってしまえ!」
階段を登りきった一番上から大声を出して私を怒鳴りつける。怒りに満ち溢れた表情で、ランドルフの目は妻を見るものではなかった。
「ちがう……ランドルフ、違うのよ」
「お前の、そのお腹の子も俺の子じゃないんだろう」
地獄の底から聞こえてくる様な声。
私は震え上がった。
ランドルフのその地を這うような声に反応しただけでなく、そのおぞましい誤解に対して、心臓をぎゅっと握りつぶされたような感覚があった。
私は大きくなってきたお腹を手で思わず支えた。私は妊娠中期にさしかかっていたところだった。
203
あなたにおすすめの小説
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない
たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。
あなたに相応しくあろうと努力をした。
あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。
なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。
そして聖女様はわたしを嵌めた。
わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。
大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。
その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。
知らずにわたしはまた王子様に恋をする。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く
紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?
お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?
基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。
彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。
仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。
王は今日も愛妾のもとへ通う。
妃はそれは構わないと思っている。
元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。
しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。
廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。
王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。
しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。
虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。
※初っ端から乳弄られてます
能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る
基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」
若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。
実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。
一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。
巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。
ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。
けれど。
「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」
結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。
※復縁、元サヤ無しです。
※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました
※えろありです
※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ)
※タイトル変更→旧題:黒い結婚
愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます
基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」
婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。
愛する女は彼女だけとのことらしい。
相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。
真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。
だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。
「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」
彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。
しかし、結婚はするという。
結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。
あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。
【完結】 その身が焼き切れるほどの嫉妬をあなたにあげる
紬あおい
恋愛
婚約を解消されたのは、私ではなく、あなたの方。
嫉妬の苦しみをあなたも味わうといい。私のことはご心配なく。
私は幸せになります。
公開初日は二時間毎に更新
その後は六時間毎に更新
よろしくお願い申し上げます。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
設定は独自の世界観です。
ゆるゆるで、おかしいのも意図的だったり、単に文章力や知識不足に因るものです。
お好みに合わない場合は、そっとブラウザバックをお願い致します。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる