傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

文字の大きさ
3 / 55

1-3

しおりを挟む
「そんな……この子はあなたと私の子よ」

「ふん、そんなことを言われても信じられるものか」

「だったら、どうしたら信じてくれるの」


 
「堕ろせ」



 激しい雨風と雷の音が常にしていたはずなのに、私とランドルフの周りだけ全ての音が消えた気がした。

 
「…………え?」


 私は、一瞬何を言われたのかわからなかった。私の頭は、ランドルフの言葉を理解することを拒否していた。
 体の震えがとまらなくなったのは、寒さだけが原因ではない。
 カチカチと奥歯も震えてきた。

「まだ俺の妻でいたいのなら、堕ろせ。子どもはまた出来る」

「そ、そんな……ひどい……。そんなこと、できるわけがないでしょう?!」

「出来ないのであればもういい。お前は俺の妻ではない。さっさとこの家から出ていけ!」

 ランドルフはすぐに身を翻し行ってしまう。

「待ってちょうだい、ランドルフ!」
 
 私は彼の大きな背中を追いかけた。ランドルフは大きな歩幅で階段を登っていく。

 寒くて体がこわばっていたのに焦って動いたせいなのか、私は急にくらり、とめまいがした。その瞬間、足がもつれて上っていた階段を踏み外す。

 あっ、と思った時にはもう遅かった。
 
 体勢を整えようとしてももつれる足。
 階段の手すりを掴もうとしたのに空虚を掴む自分の手。
 慣れないお腹の重みで落ちていく。

「き、きゃあああぁっ!」

 階段の上段から、私は身重の体で階段の一番下まで転げ落ちた。

 その音と私の悲鳴を聞きつけて、ランドルフはすぐに階段を降りて私の元へと戻ってきた。

「っジュリア!」

「……っ、お腹が……私の、赤ちゃん…………」

 かろうじてお腹を両手で庇っていた。そのせいで、転げ落ちていく最中に体のいたるところを打ちつけて、全身が痛む。だがそれよりもお腹の赤ちゃんが心配だった。

 私自身の体が強張りすぎて、お腹が張っているのかもわからない。胎動も感じ取ることができなかった。
 ドクドクと自分の心臓が脈動しているのを感じた。

「誰か! 誰かいないのか!」

 ランドルフが、屋敷の端まで聞こえるくらいの怒号で使用人を呼んだ。

 すぐに、侍女長のクリスティーナが駆けつけた。クリスティーナはランドルフが生まれる前から伯爵家に仕えており、ランドルフの信頼も厚い。そのため私も彼女を信頼していた。

「なんてこと! 奥様……旦那様一体なにがあったんです?!」
 
 クリスティーナの焦った声に、自分がどれだけ危険な状況にいるかを自覚していった。
 
「ジュリアが階段から落ちた。医者を呼べ! 早くしろ!!」

「はい、すぐに呼んでまいります……!」

 身を翻してクリスティーナが医者を呼びに向かった。

「ジュリア、すぐに医者が来る……。大丈夫だ」

 ランドルフはそっと私の上半身を抱き上げた。鍛え上げられた体に包まれて、いつもだったらその大きな体に身を寄せて安心しきっていたはずだった。

 それなのに私の体は冷え切っていて、ガタガタと震えは止まらない。

 いくらランドルフに抱きしめられても不安は拭いきれなかった。

 かえって不安に押しつぶされていく。
 

 ――私の赤ちゃん、どうか無事でいて……

 
 どんどん瞼は重たくなる。

 漆黒の真夜中に、私は意識を手放してしまった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

お飾り王妃だって幸せを望んでも構わないでしょう?

基本二度寝
恋愛
王太子だったベアディスは結婚し即位した。 彼の妻となった王妃サリーシアは今日もため息を吐いている。 仕事は有能でも、ベアディスとサリーシアは性格が合わないのだ。 王は今日も愛妾のもとへ通う。 妃はそれは構わないと思っている。 元々学園時代に、今の愛妾である男爵令嬢リリネーゼと結ばれたいがために王はサリーシアに婚約破棄を突きつけた。 しかし、実際サリーシアが居なくなれば教育もままなっていないリリネーゼが彼女同様の公務が行えるはずもなく。 廃嫡を回避するために、ベアディスは恥知らずにもサリーシアにお飾り妃となれと命じた。 王家の臣下にしかなかった公爵家がそれを拒むこともできず、サリーシアはお飾り王妃となった。 しかし、彼女は自身が幸せになる事を諦めたわけではない。 虎視眈々と、離縁を計画していたのであった。 ※初っ端から乳弄られてます

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

愛さないと言うけれど、婚家の跡継ぎは産みます

基本二度寝
恋愛
「君と結婚はするよ。愛することは無理だけどね」 婚約者はミレーユに恋人の存在を告げた。 愛する女は彼女だけとのことらしい。 相手から、侯爵家から望まれた婚約だった。 真面目で誠実な侯爵当主が、息子の嫁にミレーユを是非にと望んだ。 だから、娘を溺愛する父も認めた婚約だった。 「父も知っている。寧ろ好きにしろって言われたからね。でも、ミレーユとの婚姻だけは好きにはできなかった。どうせなら愛する女を妻に持ちたかったのに」 彼はミレーユを愛していない。愛する気もない。 しかし、結婚はするという。 結婚さえすれば、これまで通り好きに生きていいと言われているらしい。 あの侯爵がこんなに息子に甘かったなんて。

【完結】 その身が焼き切れるほどの嫉妬をあなたにあげる

紬あおい
恋愛
婚約を解消されたのは、私ではなく、あなたの方。 嫉妬の苦しみをあなたも味わうといい。私のことはご心配なく。 私は幸せになります。 公開初日は二時間毎に更新 その後は六時間毎に更新 よろしくお願い申し上げます。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 設定は独自の世界観です。 ゆるゆるで、おかしいのも意図的だったり、単に文章力や知識不足に因るものです。 お好みに合わない場合は、そっとブラウザバックをお願い致します。m(_ _)m

処理中です...