傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

文字の大きさ
25 / 55

9 アガトンの嘘 ランドルフ視点

しおりを挟む


 ジュリアは階段から落ちてから1週間ほど療養し、動いてもいいとの医者の許可を得てすぐに荷物をまとめていた。俺に声をかけることはなく、淡々と出ていく支度をしていた。

 見送りの際には使用人全員が勢ぞろいしているかと思ったほど多くの者たちが外に集まっているのが見えた。俺は執務室の窓から憎々しげにそれを見ていた。

「旦那様、本当に行ってしまいますよ」

「どこへでも行ってしまえばいい」

「ここで意地をはっていたら、後で後悔します」

「後悔など、望むところだ」

 は、と冷たく笑い飛ばした。

 その後もしつこくクリスティーナが何度も俺に確かめてくるが、俺は決してジュリアを引き止めようとはしなかった。

 クリスティーナは俺が執務室から出ないと知って、ジュリアを見送りに部屋を出ていった。

 ジュリアは一度だけ俺のいる執務室の窓口さへと顔を上げた。目が一瞬だけ合うをそして口を少しだけ開けたと思ったが、またぎゅっと唇を噛み締めるように閉じ、馬車に乗り込んで行った。

 ジュリアは俺に一言も声をかけず、行き先も告げずに馬車は動き出す。

 ーーなんと忌々しい女なんだ。

 弟と浮気なんて許されざる行為だ。やはり、俺ではなく伯爵夫人としての地位に目が眩み、弟に乗り換えようとしたのだ。ジュリアも所詮、金にしか興味がない他の女と同じだった。

 俺に中に渦巻く憎悪の気持ちは増え続けていく。底なしの沼に感情はたまっていった。
 
 だけど心の奥底ではどうしても嫌いになれない。彼女を憎めない。彼女なんか忘れてしまおうとするのに、忘れようと強く思えば思うほど思い出してしまう。

 彼女の柔らかい体、唇、熱い体温、そして俺を優しく包み込んでくれる笑顔。俺の全てを受け入れてくれるような包容力が彼女にはあった。

 今まで出会ってきたどの女性とも彼女は違っていた。

 俺は彼女といれば、安らぎを感じ、心から笑うことができた。彼女の前だったら本当の自分を出せた気がした。家族の愛というものがわかった気がした。
 
 今では伯爵家当主の座にいるが、元は庶子として生まれ、産んでくれた実母はすぐに亡くなった。俺はただの平民だった母の兄の家で育った。そこでは、飼っていた馬の世話係として引き取られただけだった。

 その後、父親である伯爵に引き取られたが、弟が成人するまでの代わりとして連れてこられたのだとすぐに気づいた。年が離れた弟はまだ赤ん坊であった。だが父の、正当な後継者である弟を見る目と、俺を呼ぶ声があからさまに違っていたからだ。

 家族の愛というものが何なのか、少しも理解できないでいた俺は、思春期を迎え、父の亡き後を中継ぎとして伯爵家を継いでも結婚や子孫を残すということになんら興味は湧かなかった。貴族らしく夜遊びや火遊びはもちろんしていたが。

 だが彼女に出会ってから、女性関係は綺麗に清算した。遊ぶことはすっぱりと止めて、一途にも彼女だけに愛を注いだ。

 それだけ俺は本気だった。あんなに遊び呆けて、愛なんかに少しも興味がなかったこの俺が。彼女だけしか見ていなかったのに、ジュリアは金と地位に目が眩んだのだ。煌びやかな世界を見て彼女は変わってしまった。
 
 彼女から、俺の子を妊娠していると伝えられた時は最初は戸惑ったが、これから生まれてくる2人の愛の結晶と思えば期待に胸が高まっていった。俺たち2人の子どもが生まれてくるのを心待ちにしていた。
 
 ――それなのに!どうして裏切ったのだ、ジュリア!

「くそっ……どうしてだ……」

 彼女のいない日々は空虚だった。ぽっかりと何か大事な物が抜け落ちてしまったような感覚がいつもあった。
 
 何かが足りなくて、常にイライラとして屋敷の空気は今まで以上に悪くなり、俺も使用人たちに怒りをぶつけた。使用人は辞めていくが、元々移り変わりの激しい職業だ。気にならなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】裏切られたあなたにもう二度と恋はしない

たろ
恋愛
優しい王子様。あなたに恋をした。 あなたに相応しくあろうと努力をした。 あなたの婚約者に選ばれてわたしは幸せでした。 なのにあなたは美しい聖女様に恋をした。 そして聖女様はわたしを嵌めた。 わたしは地下牢に入れられて殿下の命令で騎士達に犯されて死んでしまう。 大好きだったお父様にも見捨てられ、愛する殿下にも嫌われ酷い仕打ちを受けて身と心もボロボロになり死んでいった。 その時の記憶を忘れてわたしは生まれ変わった。 知らずにわたしはまた王子様に恋をする。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...