傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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「ジュリア……」

 寝室のベッドの端に座りながら、彼女の名を自分でも気付かぬうちに呟いていた。忌々しいと思いながらも、名を呼ばずにはいられない。

 明かりのない真っ暗な部屋で、冷たいシーツに手を伸ばす。彼女のいない空間がこんなにも広いのだと初めて知った。彼女の存在こそが俺にとっての光だった。
 
 じめっとした空気を取り払うように、手にしていたウィスキーのグラスを傾けたがすでに空だった。

「チッ」

 カッとなって投げ捨てるとグラスが床で砕け散る。
 屋敷中に残っていた酒瓶を空にしても、まだ酔い足りない。

 ふらふらとした足取りで部屋から執務室へと壁伝いに歩く。執務室のキャビネットの奥にウィスキーのボトルをしまっていたはずだと思い出したからだ。

 どれだけ酒を飲もうとも、仕事に没頭しようとも、浮かんでくるのは、俺のことを諦めた彼女の泣き出しそうな表情だけだった。

 ぐらぐらとした視界に惑わされながらも、執務室に辿り着いた。

 執務室から見える空はいつも暗く、俺の心を映しているかのようだった。窓枠へ手をかけると、あの日出て行ったジュリアの後ろ姿が蜃気楼のように見えてくる。

 ――こちらを振り向け!

 そう願っても、彼女は後ろ姿しか見せない。
 
 
 ああ、もう無理だ。

 意地を張るのはもうやめよう。認めてやる。俺には彼女が必要だと。
 
 俺の人生には彼女が必要だ。

 彼女を許し、そして全てを受け入れる。そうすればきっと彼女も戻ってきてくれるはず。

 離縁状もまだ提出していない。俺とジュリアは未だ戸籍上は夫婦だ。彼女を探し出すことができれば、間に合うかもしれない。やり直せるかもしれない。そう思いたった時だった。

「兄さん」
 
 弟アガトンが執務室へと入ってきた。礼儀知らずの弟に怒鳴り散らした。

「ノックもせずにいきなりなんだ!」

「僕は何度もドアをノックしたよ」

 静かに後ろ手でアガトンがドアを閉める。頭がガンガンすると思っていたのはドアを叩く音だったのか。

「兄さんに、嘘をついたんだ」

「……突然なんのことだ。お前と話している時間はない。そこをどけ」

 アガトンを押し退けて出て行こうとした。俺の頭の中はジュリアのことでいっぱいだ。

「僕と姉さんは浮気なんてしていなかった」

 ドクドクと嫌な音を俺の心臓が壊れたように音を立てる。

 心臓が痛みだし、吐き気を催してきた。ぐっ、と喉を詰まらせながら這い上がってきた苦い胃液を飲み込む。俺は何も言い返すことができなかった。

「何を……」

 アガトンは何を言おうとしているんだ。
 
「だって兄さんが一番よく知っているでしょう?」

 俺がお前の何を一番知っていると言うんだ。いつもまごついて何も言えないくせに。






 


「僕がゲイだってこと」



 


 
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