傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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 ◇

 次の日、ケビンが出張から戻った。書類を期限内に提出できたおかげで、次の年の研究費の予算も問題なく通ったことに私はほっと胸を撫で下ろした。

 それから一週間ほどたった今、研究室でケビンと2人でセーラの面倒をみながら仕事をしている。

 セーラが高熱を出してからは、心配で誰かに預けるなんてできなくなってしまった。またあんなことがあって、セーラを永遠に失ってしまうかもしれないと思ったら、不安で夜も眠れなくなる。
 たまにちゃんと息をしているのか、セーラの吐息を確認するために起きてしまうこともあった。

「ああ、セーラ。それは僕の大事な研究論文だそ。君のおしゃぶりはこっちだ」

「セーラ! だめよそんなことしちゃ」

「はは、こんなところにも手が届いてしまうんだな」

「ごめんなさい、ケビン。書き直しになっちゃったわね」

 ケビンと一緒に過ごしていると、不安は薄れた。

 ビリビリに破かれた数枚の論文。端っこはセーラの唾液でべちゃべちゃだ。
 
「謝る必要はないよ。僕の論文を食べちゃうくらい気に入るなんて、セーラは将来、僕なんかよりも立派な物理学者になるかもしれないな」

 にこにこと論文の紙を吐き出しながら、あぶあぶと喜んでいるセーラ。ケビンにお腹をくすぐられて、きゃっきゃっと大きく笑った。

 忙しいくしていた方が、何も考えずにいられる。



 3人で研究室にいると、突然ドアの方から声がした。

「父親によく懐いているんだな」

 開いたドアの廊下から、ランドルフが現れた。

「ランドルフ!」

 性懲りもなくまた現れる。

 彼は中に入って来ず、じっとケビンとセーラの様子を窺って、ふ、と自重気味に薄く笑った。

「セーラは君そっくりだな。きっと将来はものすごい美人になる。男どもを骨抜きにするだろうな。もう俺ですらそうなのだから」

 ランドルフの腕の中には花束があった。真っ白な花で統一された花は、何にも汚れていなくて綺麗だった。

 一歩ずつゆっくりと私の前に進んで花束を渡してくれた。

「君も小さなレディも、花は楽しめるかと思ったんだが早過ぎたかな。赤ん坊が何を喜ぶかもわからなくて」

 ぎこちなくそう言って、ランドルフはケビンに抱かれているセーラに近づいていく。
 
「触れても?」

 ケビンに問いかけた。ケビンはそっと頷く。

 セーラの柔らかな金髪の頭を撫でて、そっと頭にキスをした。もう一度だけ頭を撫でると、セーラがランドルフの指を掴んだ。あぶぅ、と喜んだ顔をランドルフにして、彼はそれを嬉しそうに喜んだ。

「元気になってよかったな」

「セーラの様子を見にきたの?」

「いや、君にお願いがあってきた」

 私に許して欲しいとか、お願いだとか、昔のランドルフには考えられない行動だった。

 欲しいものは自らの手で掴む男だった。周りに命令することはあっても、お願いすることなんてなかったのに。

「一度だけ俺に付き合ってくれないか」

「悪いけれど、あなたに付き合う気はないわ。セーラを助けてくれたことは感謝しているけど、そのことで貸し借りはなしになったはずよ」

「これで、最後にするから。俺に付き合ってくれるなら、君にこれ以上付き纏ったりしない」

「付き合うってどこに?」

「教会についてきて欲しい」

 ランドルフは神など信じていない無宗教者だ。自分の境遇を嘆いて神に救いを求めたこともあったらしい。

 だが、神が人を救うことなどなかった。そして、自らの力で全てを成し遂げてきた。そんな彼が、いまさら神様を信仰していると言い出すのは想像できなかった。

「修道院から連絡があったんだ。アガトンに会ってほしいと」

 私と不貞を犯したと嘘をついたアガトン。

 この状況を作り出したとも言える元凶に会いに行けというのか。


「ついてきてくれないか」



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