傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

文字の大きさ
43 / 55

15-2

しおりを挟む






 町外れの教会に私とランドルフは馬車で向かっていた。

 ガタガタと馬車の中が揺れる。無言の重たい空気を感じ取りながら、私はしとしとと地面を濡らす空を見ていた。

 雨雲があるせいで昼間なのにどんよりと暗い町。その町に小さな教会があった。


「プロミネンス伯爵様、ご足労いただきまして感謝いたします」

 年老いた神父様が深々とランドルフに向かって頭を下げたのを、ランドルフは目配せだけして受け取った。

「奥様もこちらへどうぞ。お茶を用意しておりますのでおつくろぎください」

「……」

 『奥様』と呼ばれたのなんて、いつぶりだろう。
 否定しようとも思ったが、まだ書類上は妻であるし、詳細を説明する羽目になるからそのまま黙って受け入れた。

 神父様が客間へと私たちを誘導しようとした。

「くつろいでいる時間はない。すぐに弟に会わせてくれ」

「あの、ですが、少し説明する時間をちょうだいしても」

「いいや。待てない。さっさと済ませてしまいたいんだ」

「……承知いたしました。こちらへどうぞ」

 仕方ないと言った具合で神父様が廊下を進んで行った。

 アガトンに会うだけなのに、どうして神父様がこんなに渋るのかがわからなかった。

 神父様の後をついていく。小さな教会だと思ったが、連れて行かれた聖堂は広くて立派だった。

 トラピアス修道院は聖職者と関係者以外の立ち入りを禁止している。そして、厳しく女性の立ち入りを規制していたためもあって、修道院から1番近い小さな町の教会までランドルフと来ていた。


『ついてきてくれないか』

 最初、言われた時は断ろうかと思った。
ランドルフと別れてしまった元凶であるアガトンに会う必要なんて私にはない。

 憎まれているなんて思ってもいなかったし、私は初めてできた義弟を可愛く思っていたくらいだ。

 どこまでが演技で、どのくらい私のことを恨んでいたのか。

 おどおどとしながらも、「姉様……」と照れながら笑うアガトンの顔を思い出すと、どうして嘘なんてついたのだと、彼を非難したくなった。

 下手をしたら、セーラが死んでいたかもしれない。あの時のベッドの上での喪失感を思い出すだけでひやりとうなじが震える。

 けれど、セーラは無事に生まれたし、ランドルフと私の別れは起こるべくして起こったのだと思うようになった。

 今なら、冷静にアガトンの言葉を聞くことができそうだから、ここへ来ることにした。

 それに、

『アガトンを殴り殺してしまいそうになったら、俺を止めてくれ』

 なんて怖い顔をしてランドルフを言っていたのを聞いたのも理由の一つではある。



「プロミネンス伯爵、どうぞ。こちらになります」

 聖堂内部の祭壇まできて、1番高いところまでランドルフは登って行った。

「おい、これはなんの冗談だ」

 低く唸るような声で神父を脅すように言葉を投げ捨てた。

「お会いになる前に説明を差し上げようと思ったのですが……」

「『お会いになる前』だと? ふざけているのか! アガトンに何があったんだ。どうして、こんな姿に……」

 ランドルフは祭壇の上に置かれた棺の端を強く握って中を覗き込んでいた。

「アガトン……どうして」

 そっと腕を伸ばして、中に眠る人に触れていた。

 それで私もやっとわかった。棺の中にいるのは、アガトンなんだと。



 聖堂に並んでいる数あるベンチの手前に私とランドルフは横並びになって座った。
ランドルフは顔を下に向けてずっと動けなくなった。

 神父様は私たちの前に立ち、様子を伺っていた。

 私はランドルフの背に手を添えて、膝の上にあった彼の手を握った。

 ランドルフは私の手を握り返した。


「どうしてアガトンは死んだんだ?」


 ギロリと下から射殺さんばかりの眼光を神父様に向ける。

「アガトン様は、修道院の自室でお亡くなりになりました。自死だったと、聞いております」

「だからなぜ死んだかと聞いているんだ!」

 大声で神父様を怒鳴りつけた。

「これを」

 神父様が、アガトンに手紙を渡した。

「アガトン様の居室から発見されたものです。伯爵様宛です」

 受け取る手に力が入りすぎてぐしゃりと端が潰れた。

 ランドルフは大きな手で両目を覆いかくした。現実から目を逸らすように。



 神父様は私とランドルフを残して聖堂を後にした。

 これほどまでに打ちのめされたランドルフを見たことがあっただろうか。
 ただ拳を震わせて、何も言わない彼が、私の目に弱くうつった。

 そっとランドルフの頭を抱き寄せると、悲しみや怒りの入り混じった感情がランドルフの体の中で蠢いていた。吐き出せない感情を、少しでも楽にしてあげたいと願いながら、抱きしめ続けた。


 馬車でケビンのアパートに着く頃にはあたりは真っ暗な闇が訪れていた。

 ランドルフは私を家の中まで送り届けてくれた。

「送ってくれてありがとう」

 彼は何も言わなかった。私は彼に背を向けて玄関に入って行くと、ランドルフが私の背後に近づく気配がした。

「ジュリア」

 声がして振り向くと、真上にランドルフの顔がある。

「今日は助かった。……だが、君の気持ちはわかっている。約束は守るよ。俺はもういさぎよく諦める。これ以上、二度と、君の……君たちの前には現れないよ」

 諦めて欲しかったのに、彼の表情を見たらひきとめてしまいそうになった。その腕を掴んで、彼がちゃんと涙を流すことができるように、思い切り抱きしめて安心させてあげたかった。

 『もう泣いても大丈夫。私がそばにいるから』そう言ってあげたかった。

 彼を心の底から愛していたことを思い出す。彼に会って、浮かれていた時の情熱を思い出した。もうあの頃には戻れないのに。

「君のことを愛していた。深く」

 キスされるかと思ったほど近い距離にランドルフがいた。彼の唇は私の唇をかすめることなく、離れて行った。

 私は、ドアの前に立ち止まって彼の背中を見続けた。
 彼はもうこちらを振り向かない。

──これでいい。

 けれど私の心が叫んでいる。


 愛しているのなら、私を繋ぎ止めて。

 離さないで。

 背を向けていかないでよ。

 ねぇ、ランドルフ。

 あなたの元を去ると決めた私に、そんなことを言える資格なんてないのに。

 あなたは私たちの子の父親にはなれないと、私はあなたを捨てたのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

どうぞ、お好きに

蜜柑マル
恋愛
私は今日、この家を出る。記憶を失ったフリをして。 ※ 再掲です。ご都合主義です。許せる方だけお読みください。

束縛婚

水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。 清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...