傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン

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 1人になった私は、通された先生の研究室をキョロキョロと見渡した。本棚はびっしりと専門書で埋め尽くされていた。
 デスクには書類や参考書が積み上げられており、あたりの床まで埋めつくされていた。
 少し触っただけで崩れそうなほどだ。

 本棚に先生の名前の本があったので、手に取ってパラパラとめくってみる。難しい単語や数字の羅列で私には全く読み取ることができなかった。
 読解することは諦めて、本を元に戻した。

「お待たせ」

 先生は両手にマグカップを持って、ひじと体を使ってドアを開けて入ってきた。

「どうぞ」

「ありがとうございます。……ん、これおいしい……」

 渡されたマグカップの中のお茶を飲むと、紅茶より渋みや苦味がなくて飲みやすかった。
 白いマグカップの中をのぞくと、色はすっきりとした赤茶だった。

「美容や健康に良いらしいよ」

「美容……と健康ですか」

 勉強ばかりで不健康そうな生活の先生には似合わない言葉だった。わざわざこの茶葉を買う先生を想像できず、言葉が濁ってマグカップを口に運ぼうとしていた私の手が止まった。

「南の国に行った友人にお土産としてもらった茶葉なんだ。女性に人気だとか。飲む機会がなくてすっかり忘れていたけど」

「そうなんですね」

 お土産ならば納得かも。忘れさられて書類の山に放置されていたことも。

 ソファに隣り合って座っていると、昔のことを思い出す。
 昔こうやって隣り合って座って、勉強を教えてもらっていたっけ。
 他の生徒には内緒だよ、と言って勉強のご褒美にチョコレートをくれたりした。先生との懐かしい思い出だ。

「僕はお土産にコーヒー豆が欲しかったんだけどね……」

 眉毛が垂れ下がって笑う先生の顔には少し皺が増えて、グレーの髪が増えていた。

「先生らしいですね」

 先生と話しているだけで、自然と頬が上がる。

 ふと目の前の壁を見ると、額縁に入った表彰状が飾られていた。
 先生の名前、ケビン・トンプソン大学教授の名が入っていた。

「先生が大学の教授だなんて、教えてもらった身としてはとても誇らしいです」

「教授と言ってもまだ専任講師だから、任期がある間だけだよ。教授を一応名乗れるのも」

「それでも、その教授になれるのはひと握りの人たちだけです。それも、うんと努力した人たちの中のひとりなんですから。もっと自信を持ってください」

 物理学者として論文を何作も発表して、本も出している優秀な人なのだ。
 そして、優秀なだけでなく、その努力も怠らない。そんなところはきっと学校の先生から教授になっても変わっていないのだろう。
 しかし、熱が入り過ぎて、自分の興味があること以外が全く手につかなくなるのも変わっていないのかもしれない。
 この研究室の乱雑さを見ているとそう思う。

「いやぁ、君に言われるとなんだか照れてしまうなぁ」

 くすぐったそうにして先生はマグカップのお茶を飲んだ。だけど、もうすでに飲み干してしまっていて、カップに何も残っていなかった。口にお茶の液体が入ってこなくて、あれ? という顔をして底を片目で見つめていた。

 おかしな先生の様子に、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
 
 ぐちゃぐちゃに絡まった気持ちが解けていく。
 先生といると気持ちが和む。

「先生、私……」

 先生に包み隠さず事情を話すと、彼は温かい表情のまま、私の話を遮ることなくずっと聞いてくれた。私は恥を忍んで先生に頼み込んだ。

「ご迷惑だとはわかっています。ですが、先生の下で働かせてくれないでしょうか? 頑張って働きます! どうかお願いします!」

 先生の方へ前のめりになりながら、頭を下げる。
 力みすぎた私の肩に、ポンと温かみのある手が置かれた。

「実はずっと僕の助手を探していたんだ」

 包み込むような優しい言葉に私は顔を上げた。

「もし君がよければ、大学内で僕の助手をしてくれないか? なかなか良い人が見つからなくて。君なら昔からの知り合いだし、僕も落ち着いて研究に集中できると思うんだ。どうだろう?」

 こてり、と小首をかしげる先生。

 助手を探していた、なんて信じられるほど私は初心ではなかった。
 先生の優しさが心に染み渡ってきて、じわりと熱いものが目尻に込み上げてくる。

「ぜひ、お願いします」

 この人のために私は全力を尽くそう。

 先生の研究している物理学のことについては理解が追いつかないため、研究内容について手伝えることはないけど、先生が研究に打ち込めるようにサポートしていこうと心に誓った。
 
 先生は住む場所も探し出してくれたが、妊娠中何が起こっても対処できるようにとと、一緒に住むことを提案してくれた。



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