異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ

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第61話「異世界ママ、夜市へ! 氷だし茶漬けと塩レモン唐揚げ、夜風で完成」

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夕方の台所で、私は氷だしのキューブを保冷箱にぎっしり詰めた。塩レモンで一晩寝かせた鶏むねは、衣を薄くするための粉をうすーくまとわせて準備完了。刻み海苔は“戻り香”用に別の小瓶。すだちは輪切りと皮すりおろしを二段構え。

「ママー、また異世界にいくの!?」 「いくよ、夜市のテスト営業」 「お土産は?」 「“夜風の味”。と、唐揚げは骨なしで」 「やった! ベランダで内夜市する!」

 笑いながら戸棚の奥――例のゲートを開く。保冷・保温・消毒・温度計・団扇・のぼり・値札(今日は特大)。忘れもの、なし。

「いってきまーす。夜風で仕上げてくる!」



 王都の夜市は、提灯の光がゆらゆら踊っていた。石畳に並ぶ屋台、鈴の音、甘い香りと香ばしい匂いが折り重なる。夏はまだ手前、風がやさしい。

「お待ちしてました!」  エプロンの王女セレスティアが、麦わら帽子で敬礼。 「本日の屋台、“氷だし茶漬け”と“塩レモン唐揚げ”の二本立てです!」 「口上が上手になってる」

 ビアンカは薄藍の紙で器を飾り、ティオは「十秒試食どうぞー!」の声出し確認。マダム・コルネは衛生掲示に赤で“氷=食品、直射×、手指△→◎”と書き、氷の運用表を貼った。錬金菓子部のルチアは温度ログ係――氷箱の影に温度札を取り付けている。

「コンセプト、“日陰の味”。冷やしすぎない、香らせすぎない、塩は汗の先回り」 「覚えました!」

 のぼりは〈氷だし茶漬け/塩レモン唐揚げ〉。値札は、どーんと大きい。ギルド用の価格札も見やすい高さに。

「香りは招待状。夜は“細く長く”でいくよ」

 私はすだちの皮を爪先でひと撫で、胡麻を指先で軽くひねって、空気に細い道を作った。呼び香、夜市モード。

 鐘が鳴る。開始。



 まずは“氷だし茶漬け”。器に氷だしを“からん”。白味噌を耳かき二杯だけ溶かし、刻みきゅうりを薄い輪で数片。焼きほぐした小魚をひとつまみ、最後に“戻り香”の刻み海苔を、提供寸前にふわり。俵おにぎりは器の中で“ぱたん”と割って、そこへ注ぐ。

「ひと口で肩を落としてね」 「はーい!」

 次は“塩レモン唐揚げ”。油は低温→高温の二段。衣は薄く、鍋肌で“じゅわっ”。最後にレモン皮の粉をひとつまみ――日傘みたいに香りが差す。

「“十秒試食”、どうぞー!」  ティオの声が夜気に跳ね、最初の列ができた。

「冷たすぎないのが、かえって涼しい」 「喉の奥で消える酸、いい……!」 「唐揚げ、軽っ。二個目いける」

 いい流れ。私は合間に氷桶の汗を拭い直し、日陰布の角を確認。香りは薄い帯で流し続ける。夜風が、味を完成させてくれる。

 ――と、布がひゅるんと揺れ、提灯が少し上下した。風鈴の音がいっそう高くなる。

「風、二段め来るよ!」 「日除けを低く張り直します!」 「氷は影へ、桶の下に木板!」

 コルネ先生の指示が的確。私は火口を半段下げ、呼び香を“さらに細く”に変更。氷だしは器の縁を冷やし、茶漬けは“舌先まで冷たい、喉では常温”を守る。

 列が緩まず続く。王女の包みが綺麗で速い。ビアンカの所作は相変わらず美しい。

「……ふん」

 背でわかる足音。ギルバート卿。今日は薄麻のシャツに日除け外套、足元サンダル――休日、継続中。

「値札は――」 「特大でございます」 「よろしい」

 卿は氷だし茶漬けを受け取り、まず香りを半歩距離で吸ってから、ひと口、ふた口。眉の角度が一段ゆるむ。

「酸は前に出ない。胡麻が“締め”。戻り香もよい。――夜風でうまさが伸びる設計だ」 「ありがとうございます。唐揚げもどうぞ」 「二個」

 卿は一個目を塩だけで、二個目をすだち一滴で。口角が、ほんの少し上がる。

「衣が薄い。油が“静か”。……休日にふさわしい」 「休日査定、合格!」

 卿は団扇で火の“呼吸”を整えつつ、ぽそり。

「茶漬け、最後に“星柑皮”を極少すりおろしてみろ。香りが“宵”になる」 「採用!」



 事件は、唐揚げの“いい音”に釣られて起きた。
 油鍋の影から、ぴかっと青いひかり。光る小虫――《星火コオロギ》が数匹、提灯めがけて上昇し、のぼりに“ぺたり”。

「コオロギさん、そこは舞台じゃないよー!」

 ティオがそっと手を伸ばす。すばしっ。逃げる。
 私は氷だしの器を一つ、わざと屋台の端に置き、すだち皮を“しゅっ”。酸の香りが小さく立つ。

「こっち、スポットライトだよ」

 星火コオロギがすうっと移動。王女が静かに捕虫瓶をかざし、するり。確保。
 コルネ先生が衛生鈴。「虫接触、調理面リセット」。すぐに消毒、布交換。よし。

「新作、お願いします!」

 列の先頭は、先日お吸い物で涙ぐんでいたご婦人と、その娘さん。
 私は氷だし茶漬けをふた椀、丁寧に仕立てる。
 ご婦人が一口すすって、目を細めた。

「夜の味……ですね」 「日中は“働く味”、夜は“ほどける味”で」

 重くしない。夜は軽く。



 魔水晶が震えた。
 地球のベランダから、うちの子たち。

「内夜市、開店しました!」 「氷だし、器つめたすぎ問題、どうすればいい?」 「器は水で軽く湿らせて、冷蔵庫の野菜室“だけ”で冷やして。凍らせない。あと、戻り香の海苔は最後に」 「了解! 夜風の味、こっちにも来た!」

 画面の向こうで、紙ランタンがゆらゆら。世界が二つ、同時に屋台。贅沢だ。



 夜更け前、在庫が心配になってきた。氷だしのキューブが底をつく。

「氷、あと二桶!」 「氷屋さんの夜市出張、手配済みです!」

 王女が手をあげると、通りの端から氷屋の小舟台車がすべり込んだ。氷の魔法箱に補充、影へ移設。温度ログ、安定。

「ラスト波、いこう」

 私は“夜の仕上げ”に星柑皮を針のように少しだけ。香りが“宵色”になって、茶漬けが一段艶っぽくなる。唐揚げは油温を心持ち下げ、衣に余韻を残す。

「どうぞー! 夜風で完成!」

 拍手が起きた。
 卿が団扇を畳み、ぽそり。

「……夜は理屈の外側にある。だが理屈を内側に隠しておくのが、屋台の美徳だ」 「名言、いただきました」



 片づけの時間。器を洗い、火を落とし、のぼりを巻く。
 コルネ先生の鈴がちりん。

「本日の“夜市試験”、合格です。改善メモは三点。氷桶の影、固定具の増設。呼び香の“第三波”はやや過剰。唐揚げの列整理、譲り合い札を」 「全部、やります!」

 王女が満面の笑みで私に抱きつく。
「夜市、本番もやろうね!」
「やろう。今度は“夜の甘味”も少し」
「雲どら・夏仕様!」
「薄皮×冷やあん×塩ひとつまみ、だね」

 卿が去り際、いつもの一言。

「値札は本番も大きく」 「はい!」



 ゲートの向こう、地球の夜。
 ベランダの紙ランタンを一つだけ灯して、家族の器に“内夜市版”をよそう。
 氷だしは舌先冷たく、喉常温。唐揚げは二個ずつ、塩は汗の先回り。

「ただいま」 「おかえり! 夜風の味!」 「いただきます!」

 一口で、部屋に夜風が吹いた。
 二口で、今日がやさしく終わっていく。
 三口で、明日がちょっと楽しみになる。――いい夜。

「次は?」 「夜市本番。『氷だし茶漬け/塩レモン唐揚げ/雲どら・夏仕様』の三本立て」 「お土産は?」 「“花火の音が似合う味”」 「最高!」

 私は新しい氷だしを仕込みながら、台所で小さく息をついた。
 夜風の味は、今日もよくできました。
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