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第62話「異世界ママ、夜市本番! 花火の下の三本立てと、卿の“屋台デビュー”!?」
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夕方、台所の氷がカランとご機嫌。
氷だしキューブは満タン、塩レモンで一晩寝かせた鶏むねは衣うすうす仕様、雲どら・夏用の薄皮生地は冷蔵庫で待機。刻み海苔は“戻り香”瓶、あんは塩ひとつまみでキリッ。
「また異世界にいくの!?」
「いくよ、夜市“本番”」
「お土産は?」
「“花火の音が似合う味”。と、唐揚げは骨なし二個」
「内夜市も開店して待ってる!」
笑いながら戸棚の奥――例のゲートへ。保冷・保温・消毒・温度計・団扇・のぼり・特大値札・“譲り合い札”。忘れもの、なし。
「いってきまーす。夜風で仕上げてくる!」
***
王都の夜市は、今日が本番。提灯の列、石畳のざわめき、ちょっと早い浴衣。
学園屋台の区画に着くと、王女セレスティアが両手をぱっと広げた。
「開幕ですっ! 本日の三本立て――“氷だし茶漬け”“塩レモン唐揚げ”“雲どら・夏仕様”!」
「口上、完璧~」
ビアンカは薄藍の紙で器の縁を飾り、ティオはのぼりの足をトントン固定。
マダム・コルネは改善メモをチェック。
「氷桶の影、固定具よし。“第三波”の呼び香は弱め設定。列整理は“譲り合い札”導入」
「はーい、現場改善、好き!」
私は香りの“細い道”を夜風に合わせて作り、値札はどーん。目に入る高さ。
のぼりに三行――
〈氷だし茶漬け/塩レモン唐揚げ/雲どら・夏〉
鐘が鳴った。開始。
「“十秒試食”、どうぞー!」
ティオの声が跳ね、最初の波。
私は氷だし茶漬けを器に“からん”、俵おにぎりを“ぱたん”と割ってのせ、白味噌耳かき二杯、焼き小魚、刻みきゅうり、最後に戻り香の海苔をふわり。
隣では唐揚げが低温→高温でカリッ。レモン皮粉は日傘みたいに、最後にシュッ。
「冷たすぎないのが、逆に涼しい!」
「唐揚げ、軽っ!」
「海苔、後から来るの好き~」
いい流れ。
私は氷桶の汗を拭いて影へ寄せ、呼び香は“細く長く”。雲どら・夏は薄皮を一枚ずつ焼いて冷やし、塩ひとつまみの冷やあんを挟む。仕上げに“塩の粉雪”を極少だけ。
「雲どら、涼しい!」
「甘いのに、喉が重くならない!」
うん、夜の甘味は“軽い勝ち”。
***
空の端で花火が一発、どん。
歓声と一緒に、風向きがくるり。煙の小妖精《けむり小僧》が提灯の上でひょいひょい踊る。
「風、斜め上からくる!」
「日除けの高さ、下げます!」
「呼び香、縦の帯に切り替え!」
コルネ先生の号令で、ビアンカが日除けを低く張り替え、ティオが氷箱の位置を半歩奥へ。
私はすだち皮の撫で方を“点”から“線”に変えて、煙の層の上を香りがすり抜けるように微調整。
列はゆるまず、芝生に笑顔。
そこへ――
「……ふん」
背中でわかる足音。ギルバート卿。
薄麻のシャツに日除け外套、エプロンまでしてる。
まさかの、最初からやる気。
「値札は――」
「特大です」
「よろしい」
卿は氷だし茶漬けを受け取り、半歩距離で香りを吸ってからひと口。眉が一段やわらぐ。
「酸は前に出ず、胡麻が締め。戻り香も良い。――花火に負けていない」
「ありがとうございます。唐揚げは?」
「二個。……三個。いや、二個でいい」
ツンの中の誠実さ、かわいい。
「卿、よろしければ屋台デビューいかがです?」
「……呼び込みは不得手だ」
「“譲り合い札”係からどうぞ」
私は札束(といっても木札)を渡す。
卿は人の流れの“合間”にすっと入り、低い声で
「順番に。譲り合いを。——すぐ出る」
列が整い、圧が消える。さりげない。プロ店員。
「……ひとつ、やらせろ」
卿が団扇を持ち、唐揚げ鍋の前へ。
油の“呼吸”を団扇一枚で整え、低温から高温へ、返すタイミングが完璧。
衣が静かに鳴って、油が跳ねない。うまい。
「衣、薄い。油は“静か”。——次、五十秒」
「はい、師匠」
「師匠ではない」
恒例ツン、ありがとうございます。
次は雲どら台。
卿はトングを持ち、薄皮を一呼吸だけ冷ましてからあんを半拍遅れでのせ、塩を指先で“雪”。
見た目がきれいすぎて、ビアンカがうっとり。
「甘味は“前に出すな”。夜は“余韻”だけ残せ」
「名言、今日も更新」
そして、事件。
花火の火の粉が一粒、ふわり。のぼりの布に“ちり”。
ティオが水袋で“ぽふっ”と鎮火、即時セーフ。
コルネ先生の鈴がちりん。「可燃物、距離再設定」
卿はのぼりの位置を半歩ずらし、風下へ。対応が速い。デビューどころか、現場監督。
「おにぎりの俵、割る音が気持ちいい」
列の中から笑い声。
私は茶漬けを一椀、ゆっくり仕立てる。星柑皮を針のように極少、最後に“宵の香り”。
ご婦人がひと口すすって、目が細くなる。
花火の音が遅れて、胸に“とん”。
重くしない。夜は軽いまま。
***
魔水晶がぴこ。地球のベランダから、うちの子たち。
「内夜市、花火アプリ起動!」
「海苔は最後に、だよ」
「了解! 唐揚げは二個とは言わない。三個!」
「二個。寝る前だから二個!」
画面の向こうで笑い声が弾む。世界が二つ、同時に夏祭り。贅沢。
***
夜更け前、ラスト波。
氷だしの残量、唐揚げの最終ロット、雲どらの薄皮も残り十枚。
王女が息を合わせるように言う。
「“三本同時・最終十セット”、いけます!」
「よし、走ろう」
私は段取りを半歩前倒し。
茶漬け→唐揚げ→雲どらの順で“半重ね”の皿出し。
卿は団扇で火の呼吸、コルネ先生は動線の交差に“譲り合い札”。
ビアンカの折りと包みは、芸術。ティオの声は、夏。
「どうぞー! “花火の音が似合う味”、三本立て!」
拍手。
遠くで大輪が開き、風鈴がちりん。
香りは細く長く、味は軽く、余韻だけが残る。
***
片づけの鐘。
器を洗い、火を落とし、のぼりを巻く。
コルネ先生が手帳を閉じた。
「“夜市本番”、合格。改善点は二つ。呼び香の“縦帯”手順をマニュアル化。のぼり耐火処理を追加」
「はい、翌朝までに書きます!」
王女が私に抱きつく。
「最高の夜だった!」
「最高。卿の屋台デビュー、バズってましたよ」
「……デビューではない」
卿は耳まで赤い。サンダルで地面をこつん。かわいい。
「ところで——」
帰り際、卿がぽそり。
「次の本番、俺に“いらっしゃいませ”を言わせろ」
「えっ、呼び込みやるの?」
「一度くらいは、理屈の外側に出てもよい」
ツン、殻を破る気配! 夜市、育ててくれる。
***
ゲートの向こう、地球の夜。
ベランダの紙ランタンひとつ、涼しい風。
器に“内夜市版”をよそい、唐揚げは二個ずつ、雲どら・夏は半分こ。
「ただいま」
「おかえり! 花火の音が似合う味~!」
「いただきます!」
一口で、夜風が部屋に入る。
二口で、今日がやさしく終わる。
三口で、「またやって」の合唱。——やりますとも。
「次は?」
「“呼び込み特訓”。ツンの殻を破る講座、開講」
「おみやげは?」
「“いらっしゃいませ”の成功音」
「どんな音!?」
笑いながら、私は氷だしを仕込み直し、メモに一行。
“香りは招待状。夜は細く、長く、笑顔で。”
氷だしキューブは満タン、塩レモンで一晩寝かせた鶏むねは衣うすうす仕様、雲どら・夏用の薄皮生地は冷蔵庫で待機。刻み海苔は“戻り香”瓶、あんは塩ひとつまみでキリッ。
「また異世界にいくの!?」
「いくよ、夜市“本番”」
「お土産は?」
「“花火の音が似合う味”。と、唐揚げは骨なし二個」
「内夜市も開店して待ってる!」
笑いながら戸棚の奥――例のゲートへ。保冷・保温・消毒・温度計・団扇・のぼり・特大値札・“譲り合い札”。忘れもの、なし。
「いってきまーす。夜風で仕上げてくる!」
***
王都の夜市は、今日が本番。提灯の列、石畳のざわめき、ちょっと早い浴衣。
学園屋台の区画に着くと、王女セレスティアが両手をぱっと広げた。
「開幕ですっ! 本日の三本立て――“氷だし茶漬け”“塩レモン唐揚げ”“雲どら・夏仕様”!」
「口上、完璧~」
ビアンカは薄藍の紙で器の縁を飾り、ティオはのぼりの足をトントン固定。
マダム・コルネは改善メモをチェック。
「氷桶の影、固定具よし。“第三波”の呼び香は弱め設定。列整理は“譲り合い札”導入」
「はーい、現場改善、好き!」
私は香りの“細い道”を夜風に合わせて作り、値札はどーん。目に入る高さ。
のぼりに三行――
〈氷だし茶漬け/塩レモン唐揚げ/雲どら・夏〉
鐘が鳴った。開始。
「“十秒試食”、どうぞー!」
ティオの声が跳ね、最初の波。
私は氷だし茶漬けを器に“からん”、俵おにぎりを“ぱたん”と割ってのせ、白味噌耳かき二杯、焼き小魚、刻みきゅうり、最後に戻り香の海苔をふわり。
隣では唐揚げが低温→高温でカリッ。レモン皮粉は日傘みたいに、最後にシュッ。
「冷たすぎないのが、逆に涼しい!」
「唐揚げ、軽っ!」
「海苔、後から来るの好き~」
いい流れ。
私は氷桶の汗を拭いて影へ寄せ、呼び香は“細く長く”。雲どら・夏は薄皮を一枚ずつ焼いて冷やし、塩ひとつまみの冷やあんを挟む。仕上げに“塩の粉雪”を極少だけ。
「雲どら、涼しい!」
「甘いのに、喉が重くならない!」
うん、夜の甘味は“軽い勝ち”。
***
空の端で花火が一発、どん。
歓声と一緒に、風向きがくるり。煙の小妖精《けむり小僧》が提灯の上でひょいひょい踊る。
「風、斜め上からくる!」
「日除けの高さ、下げます!」
「呼び香、縦の帯に切り替え!」
コルネ先生の号令で、ビアンカが日除けを低く張り替え、ティオが氷箱の位置を半歩奥へ。
私はすだち皮の撫で方を“点”から“線”に変えて、煙の層の上を香りがすり抜けるように微調整。
列はゆるまず、芝生に笑顔。
そこへ――
「……ふん」
背中でわかる足音。ギルバート卿。
薄麻のシャツに日除け外套、エプロンまでしてる。
まさかの、最初からやる気。
「値札は――」
「特大です」
「よろしい」
卿は氷だし茶漬けを受け取り、半歩距離で香りを吸ってからひと口。眉が一段やわらぐ。
「酸は前に出ず、胡麻が締め。戻り香も良い。――花火に負けていない」
「ありがとうございます。唐揚げは?」
「二個。……三個。いや、二個でいい」
ツンの中の誠実さ、かわいい。
「卿、よろしければ屋台デビューいかがです?」
「……呼び込みは不得手だ」
「“譲り合い札”係からどうぞ」
私は札束(といっても木札)を渡す。
卿は人の流れの“合間”にすっと入り、低い声で
「順番に。譲り合いを。——すぐ出る」
列が整い、圧が消える。さりげない。プロ店員。
「……ひとつ、やらせろ」
卿が団扇を持ち、唐揚げ鍋の前へ。
油の“呼吸”を団扇一枚で整え、低温から高温へ、返すタイミングが完璧。
衣が静かに鳴って、油が跳ねない。うまい。
「衣、薄い。油は“静か”。——次、五十秒」
「はい、師匠」
「師匠ではない」
恒例ツン、ありがとうございます。
次は雲どら台。
卿はトングを持ち、薄皮を一呼吸だけ冷ましてからあんを半拍遅れでのせ、塩を指先で“雪”。
見た目がきれいすぎて、ビアンカがうっとり。
「甘味は“前に出すな”。夜は“余韻”だけ残せ」
「名言、今日も更新」
そして、事件。
花火の火の粉が一粒、ふわり。のぼりの布に“ちり”。
ティオが水袋で“ぽふっ”と鎮火、即時セーフ。
コルネ先生の鈴がちりん。「可燃物、距離再設定」
卿はのぼりの位置を半歩ずらし、風下へ。対応が速い。デビューどころか、現場監督。
「おにぎりの俵、割る音が気持ちいい」
列の中から笑い声。
私は茶漬けを一椀、ゆっくり仕立てる。星柑皮を針のように極少、最後に“宵の香り”。
ご婦人がひと口すすって、目が細くなる。
花火の音が遅れて、胸に“とん”。
重くしない。夜は軽いまま。
***
魔水晶がぴこ。地球のベランダから、うちの子たち。
「内夜市、花火アプリ起動!」
「海苔は最後に、だよ」
「了解! 唐揚げは二個とは言わない。三個!」
「二個。寝る前だから二個!」
画面の向こうで笑い声が弾む。世界が二つ、同時に夏祭り。贅沢。
***
夜更け前、ラスト波。
氷だしの残量、唐揚げの最終ロット、雲どらの薄皮も残り十枚。
王女が息を合わせるように言う。
「“三本同時・最終十セット”、いけます!」
「よし、走ろう」
私は段取りを半歩前倒し。
茶漬け→唐揚げ→雲どらの順で“半重ね”の皿出し。
卿は団扇で火の呼吸、コルネ先生は動線の交差に“譲り合い札”。
ビアンカの折りと包みは、芸術。ティオの声は、夏。
「どうぞー! “花火の音が似合う味”、三本立て!」
拍手。
遠くで大輪が開き、風鈴がちりん。
香りは細く長く、味は軽く、余韻だけが残る。
***
片づけの鐘。
器を洗い、火を落とし、のぼりを巻く。
コルネ先生が手帳を閉じた。
「“夜市本番”、合格。改善点は二つ。呼び香の“縦帯”手順をマニュアル化。のぼり耐火処理を追加」
「はい、翌朝までに書きます!」
王女が私に抱きつく。
「最高の夜だった!」
「最高。卿の屋台デビュー、バズってましたよ」
「……デビューではない」
卿は耳まで赤い。サンダルで地面をこつん。かわいい。
「ところで——」
帰り際、卿がぽそり。
「次の本番、俺に“いらっしゃいませ”を言わせろ」
「えっ、呼び込みやるの?」
「一度くらいは、理屈の外側に出てもよい」
ツン、殻を破る気配! 夜市、育ててくれる。
***
ゲートの向こう、地球の夜。
ベランダの紙ランタンひとつ、涼しい風。
器に“内夜市版”をよそい、唐揚げは二個ずつ、雲どら・夏は半分こ。
「ただいま」
「おかえり! 花火の音が似合う味~!」
「いただきます!」
一口で、夜風が部屋に入る。
二口で、今日がやさしく終わる。
三口で、「またやって」の合唱。——やりますとも。
「次は?」
「“呼び込み特訓”。ツンの殻を破る講座、開講」
「おみやげは?」
「“いらっしゃいませ”の成功音」
「どんな音!?」
笑いながら、私は氷だしを仕込み直し、メモに一行。
“香りは招待状。夜は細く、長く、笑顔で。”
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