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第63話「異世界ママ、呼び込み特訓! ツン卿の“いらっしゃいませ”大作戦と、雲どら・夏の行列対策」
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朝いちばん、台所で深呼吸。
昨夜の氷だしは新規仕込み完了、雲どら・夏の薄皮も休ませてある。今日は“味”じゃなく“声”の日。
「また異世界にいくの!?」
「いくよ。今日は呼び込み特訓」
「お土産は?」
「雲どらの“塩ひとつまみ仕様”を半分こ」
「角、守って!」
「雲どらは丸いのよ」
笑いながら、保冷と消毒と……メトロノーム? そう、今日はテンポが命。戸棚の奥――例のゲートがやわらかく光る。
「いってきまーす。声で仕上げてくる!」
*
王都・学園屋台の区画。
王女セレスティアは麦わら+エプロンでぴょこっと敬礼、ビアンカは“行列導線図”の清書、ティオは発声練習で「いらっしゃいませ!」を十回。
マダム・コルネは巨大ホワイトボードに“安全×快適×回転”の三角形を描き、赤で“涼=影+水+間”と追記。
「本日の議題は二本! ひとつ、“ツン卿のいらっしゃいませ”開発。もうひとつ、“雲どら・夏”の行列対策!」
「開発って言った」
そこへ、長身の影。
「……ふん」
ギルバート卿登場。今日は薄麻シャツ+日除け外套、そしてエプロン。準備はいいのね?
「呼び込みは不得手だ」
はい宣言いただきました。では特訓、開始!
*
特訓その1:顔(無音でも招く)
私は鏡板を立て、卿を鏡の前へ。
まずは“眉90%・口角20%・目は半歩先”のやさしい顔をデモ。
「こう。香りは招待状、顔は封筒の柄」
「……」
卿、眉が“威圧仕様”。それは戦場。
私は雲どら・夏を一個わたして、半分食べてもらう。
「甘味を口に入れると、顔の筋肉が“自動やわらぎ”。はい、今!」
お、眉が下がった。口角、2ミリ上がった。
ビアンカが拍手。「今の角度、夜市合格」
特訓その2:声(距離は半歩先)
メトロノームを60に。
私が模範を出す。
「い・ら・っ・しゃ・い・ま・せ(にっこり)」
語尾は上げず、息を前に送る。卿の番。
「……い」
「第一音で勇気を使い切らない!」
「ら」
「はい続けて!」
「っしゃ……」
「言えた! もう一回、つなげて!」
「いらっしゃいませ」
低くて、いい声。夜の屋台に似合う。
ティオが両手で丸を作る。「声が“半歩先”で止まった!」
特訓その3:手(譲り合い札の魔法)
私は“譲り合い札”を三色用意。
青=今すぐ、黄=三分後、白=影で待っててね。
卿に配布→回収→入れ替えをやってもらう。
「無言で“白”を渡すと、拒否に見える。一言添えるの」
私は耳打ち。
「『影で涼しくお待ちを。すぐお呼びします』」
卿、試す。
「影で涼しくお待ちを。すぐお呼びします」
声圧がやさしい。言葉、通った。
王女が小さくガッツポーズ。「言えた!」
*
行列対策アップデート
コルネ先生が板書をとんとん。
1. 二列蛇腹+涼スポット三点(水壺・日陰布・団扇貸出)
2. 整理券“木札”+魔法刻印(時間になったら札が“りん”)
3. 予約箱“雲ポスト”(雲どら・夏は時間ごとに小分け)
4. 見える仕込み(薄皮焼きは見える場所、あんは影)
5. 会計前提示(値札は特大・味は三行・会計は一歩手前)
「今日、試す!」
私は薄皮焼き鉄板を手前へ移動、香りは“細く長く”。ティオが団扇係、ビアンカは予約箱の監督、王女は“雲ポスト”の呼びかけ。
「十秒試食、どうぞー!」
列がするすると動く。最初の波、完璧。
……そこで事件。
*
雲どらの香りに誘われて、空から《風のすべり葉》がひらり。日陰布がふわっ。
同時に、護衛騎士団の見学隊がドドドッ。列が一気に厚くなる。
「風、二段め来る!」
「日陰布、低く再張!」
「“黄札”多め発行!」
「氷壺、中央へ!」
私は焼き面を半段温度ダウン、香りは縦帯に切り替え。
雲どらの薄皮は一度“休ませ”、冷やあんは塩ひとつまみで輪郭を保つ。
「“白札”のお客様、影のベンチへどうぞ!」
王女の声、よく通る。
ビアンカの手から白札が雪みたいにやさしく広がる。
ティオは団扇で“涼の道”を作る。
コルネ先生の鈴がちりん。「安全、良好!」
でも、肝心の呼び込みが足りない。
空気の先頭で、“誰が最初の一歩を招くか”。
私は卿の肩を軽く叩いた。
「いまです。ひと声、前へ」
卿が一歩出る。
花火のない昼の空に、低い声がすっと走った。
「――いらっしゃいませ」
静かなのに、よく届く。
半歩先で止まって、やさしく落ちる声。
列の前列が、ふっと笑って動いた。
「次の方、どうぞ」
「雲どら・夏、涼の席へお届けします」
卿、言えてる。言えてる!
私は薄皮を返し、あんを半拍遅れでのせ、塩の“粉雪”を極少。
渡す手前、卿がすっと片手を添える。
「熱くない。受け取りやすい」
完璧。
ビアンカが小声で「今夜イケメン度が上振れ」。王女がうんうん。ティオは拍を刻む。
*
列が落ち着いた頃、魔水晶がぴこ。地球のリビング。
「進捗どう?」
「ツン卿が“いらっしゃいませ”成功!」
「えっ聞きたい!」
「終わったら再現してもらうね」
向こうで笑い声。「塩ひとつまみ仕様、おみやげ待機~」
*
午後の二波。
“木札”が時間ごとに“りん”と鳴り、影のベンチから人がスムーズに立つ。
見える仕込みの鉄板では、薄皮が“ぷくっ”と膨らんで、子どもが拍手。
会計前提示の特大値札が効いて、もたつきゼロ。
香りは細く、長く。雲どらは軽く、涼しく。
「……ふん」
背でわかる足音……いや、今日は正面に来た。卿が自分から屋台の前に立つ。
「いらっしゃいませ。次の十名様、影の席へ」
声が、もう“店の声”。
列が素直に動き、笑いが続く。
私は焼きのテンポをメトロノームに合わせて、60→66へ。回転、上がる。
*
ちいさなトラブル。
風鈴のひもがからまって、のぼりに“くるん”。
ティオが脚立に乗ろうとして、コルネ先生の鈴。「脚立、二人一組!」
王女が脚元を支え、私は下から団扇で“風の道”を作ってひもをほどく。
卿は呼び込みを切らさない。
「譲り合い、ありがとうございます。――どうぞ」
列の空気が、ずっと気持ちいい。
これが“声の導線”。今日、掴んだ。
*
夕方、最後の波。
予約箱“雲ポスト”の札がラスト十枚。
私は焼きを半歩前倒し、受け渡しを二人制に。
卿は“白札”を影で回収して黄札に昇格、ベンチの端で低い声のご案内。
「――お待たせしました。どうぞ」
拍手。
最後の一個を渡した瞬間、コルネ先生の鈴がちりん。
「本日、完売。安全、快適、回転、すべて合格」
王女が跳ねる。
「ツン卿、最高でした!」
「……呼び込みは、悪くない」
卿、目元だけ笑ってる。かわいい。
「本日の改善点は三つ」
コルネ先生が指を立てる。
「一、影のベンチに薄い座布団。二、木札音“りん”の音量調整。三、呼び込み文、二種運用(静かな昼/賑やかな夜)」
「台本、私が書きます!」
王女、やる気満タン。
ビアンカは“雲ポスト”意匠の改良案をメモ、ティオは“いらっしゃいませ体操”の振り付けを考え始めた。かわいい。
卿が小さく咳払い。
「……その、地球側にも“おみやげの声”を」
「はいはい、後で“いらっしゃいませ録音”しましょうね」
卿、耳がほんのり赤い。ツンの殻、ひとつ割れた。
*
ゲートの向こう、地球の夕暮れ。
雲どら・夏“塩ひとつまみ仕様”をお皿にのせ、みんなで囲む。
「ただいま」
「おかえり! いらっしゃいませ、言えた?」
「言えたよ。低い声で、半歩先に」
「再現して!」
「――いらっしゃいませ」
リビングの空気が、ちょっと屋台になった。
笑いながら半分こ。
「いただきます!」
一口で、今日の頑張りがふわっとほどける。
声も、料理のうちだなあって思う。
「次は?」
「“並ばない雲どら”。受取予約と“朝焼き夜冷やし”の実験」
「お土産は?」
「“待たない幸せ”」
「最高!」
私はメトロノームを台所の隅に置いて、明日の仕込み表を書いた。
香りは招待状。声は導線。笑顔は看板。
昨夜の氷だしは新規仕込み完了、雲どら・夏の薄皮も休ませてある。今日は“味”じゃなく“声”の日。
「また異世界にいくの!?」
「いくよ。今日は呼び込み特訓」
「お土産は?」
「雲どらの“塩ひとつまみ仕様”を半分こ」
「角、守って!」
「雲どらは丸いのよ」
笑いながら、保冷と消毒と……メトロノーム? そう、今日はテンポが命。戸棚の奥――例のゲートがやわらかく光る。
「いってきまーす。声で仕上げてくる!」
*
王都・学園屋台の区画。
王女セレスティアは麦わら+エプロンでぴょこっと敬礼、ビアンカは“行列導線図”の清書、ティオは発声練習で「いらっしゃいませ!」を十回。
マダム・コルネは巨大ホワイトボードに“安全×快適×回転”の三角形を描き、赤で“涼=影+水+間”と追記。
「本日の議題は二本! ひとつ、“ツン卿のいらっしゃいませ”開発。もうひとつ、“雲どら・夏”の行列対策!」
「開発って言った」
そこへ、長身の影。
「……ふん」
ギルバート卿登場。今日は薄麻シャツ+日除け外套、そしてエプロン。準備はいいのね?
「呼び込みは不得手だ」
はい宣言いただきました。では特訓、開始!
*
特訓その1:顔(無音でも招く)
私は鏡板を立て、卿を鏡の前へ。
まずは“眉90%・口角20%・目は半歩先”のやさしい顔をデモ。
「こう。香りは招待状、顔は封筒の柄」
「……」
卿、眉が“威圧仕様”。それは戦場。
私は雲どら・夏を一個わたして、半分食べてもらう。
「甘味を口に入れると、顔の筋肉が“自動やわらぎ”。はい、今!」
お、眉が下がった。口角、2ミリ上がった。
ビアンカが拍手。「今の角度、夜市合格」
特訓その2:声(距離は半歩先)
メトロノームを60に。
私が模範を出す。
「い・ら・っ・しゃ・い・ま・せ(にっこり)」
語尾は上げず、息を前に送る。卿の番。
「……い」
「第一音で勇気を使い切らない!」
「ら」
「はい続けて!」
「っしゃ……」
「言えた! もう一回、つなげて!」
「いらっしゃいませ」
低くて、いい声。夜の屋台に似合う。
ティオが両手で丸を作る。「声が“半歩先”で止まった!」
特訓その3:手(譲り合い札の魔法)
私は“譲り合い札”を三色用意。
青=今すぐ、黄=三分後、白=影で待っててね。
卿に配布→回収→入れ替えをやってもらう。
「無言で“白”を渡すと、拒否に見える。一言添えるの」
私は耳打ち。
「『影で涼しくお待ちを。すぐお呼びします』」
卿、試す。
「影で涼しくお待ちを。すぐお呼びします」
声圧がやさしい。言葉、通った。
王女が小さくガッツポーズ。「言えた!」
*
行列対策アップデート
コルネ先生が板書をとんとん。
1. 二列蛇腹+涼スポット三点(水壺・日陰布・団扇貸出)
2. 整理券“木札”+魔法刻印(時間になったら札が“りん”)
3. 予約箱“雲ポスト”(雲どら・夏は時間ごとに小分け)
4. 見える仕込み(薄皮焼きは見える場所、あんは影)
5. 会計前提示(値札は特大・味は三行・会計は一歩手前)
「今日、試す!」
私は薄皮焼き鉄板を手前へ移動、香りは“細く長く”。ティオが団扇係、ビアンカは予約箱の監督、王女は“雲ポスト”の呼びかけ。
「十秒試食、どうぞー!」
列がするすると動く。最初の波、完璧。
……そこで事件。
*
雲どらの香りに誘われて、空から《風のすべり葉》がひらり。日陰布がふわっ。
同時に、護衛騎士団の見学隊がドドドッ。列が一気に厚くなる。
「風、二段め来る!」
「日陰布、低く再張!」
「“黄札”多め発行!」
「氷壺、中央へ!」
私は焼き面を半段温度ダウン、香りは縦帯に切り替え。
雲どらの薄皮は一度“休ませ”、冷やあんは塩ひとつまみで輪郭を保つ。
「“白札”のお客様、影のベンチへどうぞ!」
王女の声、よく通る。
ビアンカの手から白札が雪みたいにやさしく広がる。
ティオは団扇で“涼の道”を作る。
コルネ先生の鈴がちりん。「安全、良好!」
でも、肝心の呼び込みが足りない。
空気の先頭で、“誰が最初の一歩を招くか”。
私は卿の肩を軽く叩いた。
「いまです。ひと声、前へ」
卿が一歩出る。
花火のない昼の空に、低い声がすっと走った。
「――いらっしゃいませ」
静かなのに、よく届く。
半歩先で止まって、やさしく落ちる声。
列の前列が、ふっと笑って動いた。
「次の方、どうぞ」
「雲どら・夏、涼の席へお届けします」
卿、言えてる。言えてる!
私は薄皮を返し、あんを半拍遅れでのせ、塩の“粉雪”を極少。
渡す手前、卿がすっと片手を添える。
「熱くない。受け取りやすい」
完璧。
ビアンカが小声で「今夜イケメン度が上振れ」。王女がうんうん。ティオは拍を刻む。
*
列が落ち着いた頃、魔水晶がぴこ。地球のリビング。
「進捗どう?」
「ツン卿が“いらっしゃいませ”成功!」
「えっ聞きたい!」
「終わったら再現してもらうね」
向こうで笑い声。「塩ひとつまみ仕様、おみやげ待機~」
*
午後の二波。
“木札”が時間ごとに“りん”と鳴り、影のベンチから人がスムーズに立つ。
見える仕込みの鉄板では、薄皮が“ぷくっ”と膨らんで、子どもが拍手。
会計前提示の特大値札が効いて、もたつきゼロ。
香りは細く、長く。雲どらは軽く、涼しく。
「……ふん」
背でわかる足音……いや、今日は正面に来た。卿が自分から屋台の前に立つ。
「いらっしゃいませ。次の十名様、影の席へ」
声が、もう“店の声”。
列が素直に動き、笑いが続く。
私は焼きのテンポをメトロノームに合わせて、60→66へ。回転、上がる。
*
ちいさなトラブル。
風鈴のひもがからまって、のぼりに“くるん”。
ティオが脚立に乗ろうとして、コルネ先生の鈴。「脚立、二人一組!」
王女が脚元を支え、私は下から団扇で“風の道”を作ってひもをほどく。
卿は呼び込みを切らさない。
「譲り合い、ありがとうございます。――どうぞ」
列の空気が、ずっと気持ちいい。
これが“声の導線”。今日、掴んだ。
*
夕方、最後の波。
予約箱“雲ポスト”の札がラスト十枚。
私は焼きを半歩前倒し、受け渡しを二人制に。
卿は“白札”を影で回収して黄札に昇格、ベンチの端で低い声のご案内。
「――お待たせしました。どうぞ」
拍手。
最後の一個を渡した瞬間、コルネ先生の鈴がちりん。
「本日、完売。安全、快適、回転、すべて合格」
王女が跳ねる。
「ツン卿、最高でした!」
「……呼び込みは、悪くない」
卿、目元だけ笑ってる。かわいい。
「本日の改善点は三つ」
コルネ先生が指を立てる。
「一、影のベンチに薄い座布団。二、木札音“りん”の音量調整。三、呼び込み文、二種運用(静かな昼/賑やかな夜)」
「台本、私が書きます!」
王女、やる気満タン。
ビアンカは“雲ポスト”意匠の改良案をメモ、ティオは“いらっしゃいませ体操”の振り付けを考え始めた。かわいい。
卿が小さく咳払い。
「……その、地球側にも“おみやげの声”を」
「はいはい、後で“いらっしゃいませ録音”しましょうね」
卿、耳がほんのり赤い。ツンの殻、ひとつ割れた。
*
ゲートの向こう、地球の夕暮れ。
雲どら・夏“塩ひとつまみ仕様”をお皿にのせ、みんなで囲む。
「ただいま」
「おかえり! いらっしゃいませ、言えた?」
「言えたよ。低い声で、半歩先に」
「再現して!」
「――いらっしゃいませ」
リビングの空気が、ちょっと屋台になった。
笑いながら半分こ。
「いただきます!」
一口で、今日の頑張りがふわっとほどける。
声も、料理のうちだなあって思う。
「次は?」
「“並ばない雲どら”。受取予約と“朝焼き夜冷やし”の実験」
「お土産は?」
「“待たない幸せ”」
「最高!」
私はメトロノームを台所の隅に置いて、明日の仕込み表を書いた。
香りは招待状。声は導線。笑顔は看板。
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