異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ

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第1章 転生と牧場のはじまり

第1話「ブラック企業の果て」

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午前二時。蛍光灯がやけに白く、パソコンのファンが悲鳴のように鳴いている。
 **天城悠翔〈あまぎ・はると〉**は、薄暗いオフィスの片隅でキーボードを打つ手を止めた。六十時間連続稼働の身体が限界を告げ、視界の端がちらつく。
「──すまん、はると。明日の会議資料、朝イチで欲しい」
 背後から上司の声。貼りついた笑顔に、有無を言わせぬ圧。
 “親のいない俺と妹を食わせるためだ。ここで辞めるわけにはいかない”
 そう呟いて、再びキーを叩く。だが文字は滲み、指は痙攣し、深夜三時──ディスプレイが揺らいだ瞬間、はるとの意識は闇に落ちた。



「……きこえますか?」
 柔らかな声と、そよ風が頬を撫でる。目を開くと青空。鼻腔をくすぐる青草の匂い。
 起き上がると、そこは見渡すかぎりの牧草地。遠くには丸太フェンス、赤い屋根の納屋、そして小さなログハウス──まるで、幼い頃から遊び込んだゲーム『ほのぼの牧場ライフ』そのままだった。
「え、嘘だろ……? 俺、倒れて──」
「あなたの魂を癒やすため、ここに招きました」
 振り向くと、金砂の髪をたなびかせた女神が立っていた。虹色に透けるローブ、穏やかな蒼の瞳。
「私は癒慈《ゆじ》の女神メルグラーナ。疲れ果てたあなたに、第二の人生を贈ります」
 女神が掲げた杖から光が滴り、はるとの身体へ吸い込まれる。
 ──システムウィンドウが宙に浮かんだ。


---

【転生者:天城悠翔(はると)】
 職業:牧場主(見習い)
 固有スキル:
 ◆癒しの加護 ──作物・動物の成長速度+20%、作業疲労軽減。
 ◆ゲーム知識変換 ──現実で覚えた牧場ゲームの知識を即時実践化。
 所持品:クワ(錆びた)、ジョウロ(ひび割れ)、ポーチ50G


---

「ステータスウィンドウ……ガチでゲームじゃん」
 戸惑いよりも、懐かしさが勝った。何百時間も費やしたあの世界。幾度となく救われた優しい景色。
「でも──妹のひなのを置いてきぼりにできない」
 はるとが眉を寄せると、女神は微笑んだ。
「心配はいりません。あなたが築く“癒やしの地”は、やがてあなたの大切な人を導く扉となりましょう」
 意味深な言葉。だが今は理解より行動だ。はるとは拳を握る。
「……わかった。まずは畑を耕してみる」
「早速ですね。ではチュートリアルとして、一日分の体力をおまけしておきます♪」
 ぽん、と女神が指を鳴らすと、疲労が霧散した。



 農具小屋には、使い込まれ錆びたクワが一本。
 はるとは深呼吸して、見慣れた“ゲーム内と同じ”畑の区画へ向かう。土を掘り返すと、硬いが湿り気を含んだ良質の黒土が顔を出した。
「やれる。ここなら、やり直せる……!」
 クワを振り上げ──振り下ろす。
 ザクッ。
 途端、頭上に青いバー【スタミナ 99/100】が現れ、一マスがふかふかに耕された。
「おおっ、本当にゲーム仕様だ!」
 夢中でクワを振い、10マスの畑を整える。流れる汗は嫌な酸っぱさがなく、風がそっと乾かしていく。
 次に井戸へ行き、ジョウロに水を汲む。ジョウロは重いはずなのに、スキルのおかげか軽々と持ち上がった。
 水を撒けば、黒土がしっとり息づき、朝日が煌めきを投げかける。
【チュートリアル達成報酬:種いろいろセット】
 ウィンドウが煌き、手元に麻袋。中には小麦、にんじん、ポテトの種がぎっしり。
「なんだか……楽しい」
 胸の奥に、いつぶりか分からない“わくわく”が芽生えた。



 昼下がり。畑一面に種を蒔き終えると、遠くの森からバサバサと羽音がした。
 振り向くと、大きな白いフクロウが郵便袋を抱えて飛来。脚には木札が括りつけられている。
《ようこそ、隣村リーヴァへ。生活用品と作物の出荷なら当店まで! ――行商人マリア》
 ……ゲームでお馴染み、行商人イベントの招待状。
 はるとは笑みを浮かべ、フクロウの頭を撫でた。
「よし。明日は村に行ってみるか」
 思えば、上司の顔色を窺うことも、終電を気にすることもない夜は初めてだ。
 ログハウスのベッドに横になると、藁マットの香りが心地よい。窓の外では満天の星。
 妹に“ただいま”と胸の中で囁き、はるとは深い眠りへと落ちていった。



 ──その頃、現実世界の小さなアパート。
 高校に入学したばかりの天城ひなのは、リビングでひとり兄の帰りを待っていた。
 ふと、食卓に置きっぱなしのゲーム機の電源ランプが、一瞬だけ柔らかな金色に輝いたことに気づく者は誰もいない。
 静かな夜が、更なる物語の始まりを告げていた。


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