『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

文字の大きさ
60 / 138

58話『カフェと、色のない気配』

しおりを挟む
 月曜の朝。麻衣はいつものようにカフェの制服に着替え、ひなのを保育園に送り出してから、お店へと向かった。

 カフェ「ひより」は、小さな駅前にある居心地の良い店。常連さんも多く、朝は新聞を読むおじいさん、昼は近くの会社員、午後はママたちの憩いの場になる。

「おはようございます~」

 いつものように扉を開けると、店主の稲垣さんが笑顔で出迎えてくれる。

「おう、田仲さん。今日もよろしくね」

 出勤してすぐは、テーブルの拭き掃除と、カウンターの準備。コーヒー豆の香りが漂い、麻衣は自然と深呼吸してしまう。

(やっぱり、ここ落ち着くなぁ)

 

 その日、カフェはお昼すぎまでゆったりとした空気に包まれていた。麻衣も店内を見回しながら、注文をとったり、笑顔で水を出したりしていた。

 けれど――ふとした瞬間。

(あれ……?)

 店の奥のカウンター席。そこに座っていた一人の男性客に目を留めたとき、麻衣は小さく眉をひそめた。

(“色”が、ない……?)

 通常、人の周囲には淡い色が見える。最近ではそれを「ちょっとした気持ちの気配」として、麻衣は無意識に受け取るようになっていた。

 けれど、その男性――黒縁メガネにスーツ姿、40代くらい――の周囲には、まるで“空白”のような、色のない気配があった。

(……何か、悩んでる?)

 声をかけるべきか、少し迷ったが、とりあえずメニューを持って近づく。

「こんにちは。お決まりですか?」

「……あ、まだ少しだけ」

 男性の声は低く、どこか疲れていた。

「ゆっくりで大丈夫ですよ。おすすめは今日のブレンドです。少し甘い香りで、気分がほっとしますよ」

 そう言うと、彼はかすかに笑って、「じゃあ、それを」と注文してくれた。

 

 コーヒーを出して席に戻ると、稲垣さんがぽつりとつぶやいた。

「……あのお客さん、前にも来たことがあるんだ。けっこう前だけどね」

「そうなんですね」

「うん。前は、奥さんと一緒だったよ。あのときは、すごく楽しそうだった」

 麻衣はハッとした。

(もしかして、なにか大きなことがあったのかも……)

 でも、踏み込みすぎるのも違う。麻衣は、そっとテーブルに小さなカードを添えた。店の片隅で販売している、手描きの「ことばカード」。ちょっとした応援メッセージが書かれていて、常連客に密かな人気だ。

 今日のカードには、こう書かれていた。

「“がんばらなくても、休んでもいい”――あなたのペースで。」

 

 男性は会計のとき、それをそっと財布に入れた。

 「ありがとうございました」

 とだけ言って、足早にカフェを後にした。

 

 その日の閉店後。

「田仲さん、あのカード、いい選び方したね」

 稲垣さんが笑いながら声をかけてくれた。

「いえ、なんとなく……あの人、なんだか“疲れてる色”っていうか、“無”みたいな感じだったから」

「へぇ、無って……不思議な表現だね」

 麻衣は、にこっと笑って誤魔化した。

(でも、“無”っていうのは、きっと“何も感じられない”くらい、しんどいってことなのかも)

 麻衣には、人の悩みを解決する力はない。けれど、ほんの少しだけ「気づく」ことができる。

 それだけでも、誰かの足元を照らす小さな灯りになれるなら。

 

 その夜、麻衣は日記アプリにこう記した。

「スキルって、便利じゃなくていい。ただ、誰かの一日が、ちょっとやわらかくなったらそれでいい」

 小さな気づきが、またひとつ麻衣をあたたかくしていた。


---
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。

希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。 手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。 「このまま死ぬのかな……」 そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。 ​そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。 試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。 ​「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」 ​スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。 たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。 ※本作は小説家になろうでも投稿しています。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~

黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。 待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金! チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。 「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない! 輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる! 元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!

処理中です...