『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ

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57話『発表会と、兄の勇気とちいさなひみつ』

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教室の黒板には、大きく「生活発表会」と書かれていた。

「うわ~、明日かあ……」

 悠翔は椅子に腰かけながら、窓の外を見てため息をついた。

 班ごとにテーマを決めて、それぞれ発表するという小さなクラス内イベント。  悠翔の班は「好きな本と、そのおすすめポイントを紹介する」というテーマだった。  本を読むのは好き。紹介する内容もちゃんと用意した。

 でも――前に立って話すのは、正直、ちょっと苦手だ。

 声が小さいって言われたことがある。  噛んでしまうんじゃないかと不安になる。  それに、クラスの子たちがじっと見てくるのも、どうにも落ち着かない。

 

 その夜。夕飯のあと、麻衣が何気なく聞いた。

「悠くん、明日発表会だよね? 準備はばっちり?」

「……まあ、いちおう」

「ふふ。まあ、っていうときは、“ちょっと心配かも”の合図だね」

 麻衣はにこにこ笑いながら、お茶を淹れている。

「別にさ、うまく言えなくてもいいんだよ。“この本、面白い!”って伝われば、それだけで十分」

「……でも、クラスの子たちの前って、緊張する」

「そっかぁ。じゃあ、ちょっと“おまじない”かけておこうか?」

「おまじない?」

 麻衣は軽くウィンクしながら、悠翔の肩にぽん、と手を置いた。

「よし。明日、ちょっと“勇気が色で見えるスキル”つかってみよっと。悠くんの“がんばろう”って気持ちが見えたら、それがきっと周りにも伝わるから」

「……そんなのあるの?」

「ふふふ。ひみつ~♪」

 そう言って笑う麻衣を見て、悠翔はちょっとだけ肩の力が抜けた。

 

 翌日。発表会当日。

「次は、田仲くんの班です」

 担任の先生の声で、悠翔の班が前に出る。
 友達が先に発表を始めるなか、悠翔の心臓はどきどきと早鐘を打っていた。

(やばい……緊張して、頭が真っ白になりそう)

 でも、ふと。

 麻衣が言っていた「おまじない」のことを思い出した。

(……勇気の色? 見えなくても、伝わるのかな)

 吸い込むように深呼吸をひとつ。そして、前を見た。

 クラスメイトたちの顔が、いつもよりぼんやり見えた。けれど、その中に何人か、微笑んでいる子がいる。

 それを見て、少しだけ口が動いた。

「えっと、ぼくが紹介する本は、『ひみつの図書館探検隊』です。おすすめポイントは……」

 話し始めたら、不思議と声が出た。  緊張しながらも、何とか最後まで伝えることができた。

「ありがとうございました!」

 発表を終えたあと、友達から「面白そうだった!」「その本、読んでみたい!」という声が聞こえて、悠翔は驚いた。

(……え、ちゃんと伝わった?)

 家に帰ってきた悠翔に、麻衣が満面の笑みで出迎えた。

「おかえり~。お疲れさま! 発表、うまくいった?」

「……うん。ちょっとだけドキドキしたけど、最後まで言えた」

「すごいじゃん! おまじない、効いたね~」

 麻衣は、すこしだけほっとしたような笑顔を見せた。

「じつはね、今日の朝、悠くんの頭の上に、ふわ~っと“あったかいオレンジ色”が浮かんでたの」

「えっ、それが……勇気?」

「うん、たぶん。ちゃんとみんなにも届いてたと思うよ」

「……へへ」

 悠翔は照れくさそうに笑って、自分の部屋にランドセルを置きに行った。

 その背中を見ながら、麻衣はふと、自分の手のひらを見つめた。

(ほんとに“色”が見えるようになって、不思議だなって思うけど――)

 その色が、誰かをちょっとだけ励ましたり、背中を押したりできるのなら。

 このスキル、思ってたよりも“いいもの”かもしれない。

 

 リビングに戻った悠翔が、照れ隠しのように言った。

「……明日、発表の感想を書くんだって。“聞いてもらってうれしかった”って書こうかな」

「うん、それがいちばんいいよ!」

 その日、田仲家の食卓には、麻衣特製のハンバーグが並び、ひなのが「にいに、すごいね~!」と拍手していた。

 のんびりだけど、確かに成長している日々。  そんな家族の小さな一日だった。


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