【完結】あなたの正しい時間になりたい〜上司に囚われた俺が本当の時間を見つけるまで〜

栄多

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あなたの正しい時間になりたい

お勉強の時間です

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「ここ!理緋都と来たかったんだ」
突然タクシーを降りた澪緒が柏木を連れ来たのは銀葉町のギャラリー。ガラス張りの壁面には柏木でも知っている女性ポップアイドルのLustreラスターの名が書かれている。
ギャラリーの出入り口から、銀葉町ではあまり見かけないタイプの原色の服を着た若者たちとすれ違う。
澪緒は柏木を伴って、あるポスターの前に直行する。

「これ、理緋都に見てほしかった。俺がデザインしたポスター」
「澪緒が?」
ポスターには微笑んでる女子3人。
ベリーショート、ロング、ボブヘアの3人それぞれのイメージに合わせた同色・別デザインの衣装のポイントになっている鮮やかな青の模様。
その青が、強烈に目に飛び込んでくる。

「今まで見たことのあるポスターのどれとも違う印象だ…すごいな、神秘的?つまらない感想で悪い」
「本当?すごい嬉しい。俺がデザイナーとして足跡を残したところ、理緋都に観てほしかった」
「残しまくりだ。俺の仕事とは雲泥の差だ。素晴らしい仕事だ」
「理緋都だって足跡残してるだろ。奥平さんの信頼勝ち取ってると思う」
「…ああ。そうだな」
珍しく言葉を濁す柏木に澪緒はあまり突っ込まれたくない話題なのかなと思い本題に入る。

「あの、さっきタクシーで話した特色の件。このポスターの青の部分に蛍光の青の特色を使ってるんだ。ビビットさを出すために」
「青の部分だけに?素人には全く分からないな」
「この時も4色プラス1色でインク代が上がった。ごくごく普通のポスターで特色使うことはあんまないけど、これは結成10周年で特別中の特別だった」
「特色は高い、と」
「あっ、違う違う。たとえば、これ」
澪緒が指したのは小さなしおり。
真っ白で質感のある紙に銀色でLustreのロゴが載っている。
「Lustreの歌詞は文学的要素があるから元ネタとなってる小説がどれかって、ファンが読書するんだよね。だからしおりのノベルティなんだと思うけど、これも特色使ってる。でも4色使うより安い」
「それはなぜ」
「特色1色でデザインしてるから」
「インクの数が、減ってる?」
「そう!」
「俺が客側だったら4色と見積り出しても分からないな…何が特色で何が4色だかわからない」
「あっ、でもそんなことで利益出そうとしちゃダメだぞ!微々たる金額だし例えばデータ買取りになって、データを他社のデザイナーが見たら一発でバレる」
「安心しろ、そんなことで利益を得ようとは思わない」
そんなことで利益を得ようとしたのが今回の競合だが。
柏木はアイドルのようにくるくる表情を変えて説明する澪緒の前で、あえてそれは口に出さなかった。

柏木がポスターから離れて、スマホをかざす。
澪緒とポスターをフレームの中に入れてシャッターを押す。
柏木が澪緒の耳に口を寄せて囁く。
「アイドルより澪緒の方が可愛い」
「バカっ。あとは紙かな」
「紙」
ご自由にご覧下さい、の案内文と共に壁面に何冊かの雑誌が展示してあった。
澪緒が表紙の紙と記事部分の紙を比較するようにパラパラめくった。
「表紙の紙と記事部分の紙。厚みが違うだろ?厚みや紙質によって、紙の値段が違ってくる」
「紙の値段…確かに。指摘されれば気づくが素人は気にしないな」
柏木が感心したように雑誌に触れる。

「だよね。紙の厚みも多様なんだ。あとは特殊な断裁とかかな。紙をハート型に断裁したり。ま、断裁はさすがに見たら分かるけど」
「ひとくちにデザインと言っても手法は無限だな」
「そう。印刷知識を知ることで表現が広がる」
澪緒の隣で、柏木が目に焼き付けるようにポスターを眺めた。
原色の服を着た若者たちが、澪緒と柏木の美男のカップルを遠巻きに眺める。

「澪緒と…少しでも長くバディでいられたらいいのにな」
ポツリと柏木がつぶやく。
「いられるだろ。何せ会社公認のバディだからな、俺ら」
「ありがとう。言葉にしたら本当になるかもしれないと思っただけだ」
「本当になってるじゃないか。これからもよろしく、相棒」
澪緒から拳を出してきた。
はじけるような笑顔。
柏木はたまらずその拳を手で握って引き寄せ、公衆の面前であるにもかかわらず、澪緒の唇にキスをした。
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