【完結】あなたの正しい時間になりたい〜上司に囚われた俺が本当の時間を見つけるまで〜

栄多

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あなたの正しい時間になりたい

急展開

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 土曜日。
休日であっても7時50分ジャストに携帯の電話が鳴る。
携帯の前で待ち構えていた柏木はワンコールで電話に出る。
奥の部屋ではまだ澪緒が寝ている。熟睡中とはいえ可能な限り声を潜める。

『柏木、急展開だ。MINAXISミナクシスという企業を知ってるな?』
絶賛仕事中の企業の名が出て柏木は耳を疑った。
「もちろんです。何かありましたか?」
『内部告発があった。まだ別の班が内々で調査中だが、どうやらMINAXIS広報部の佐伯という男から官公庁へ金が流れているらしい。多分我々が追っている人物と、同じ人物に』
柏木は携帯を落としそうになった。まさかの名前が出たからだ。

「自分も有川デザインオフィスの仕事で接触したことのある人物です」
『本当か?何かあったか』
「当初広報部の新人の高山という女性と進めていた案件に突然割り込んでくるような形で佐伯に取引を反故にされました。問題があったのは彼が熱望して発注したノベルティです。本来施すべき加工を一つ省いたにもかかわらず、業者が加工の入ったままの見積もりを提出していました。そして多分、金額は満額支払われています」
『広告代理店、印刷業者ともグルだな』
「やはりそうでしょうか。初めその差額がどこかに流れているのかと思っていました。しかしよくよく調べてみると誰かに流すようなまとまった金額ではありませんでした。しかし営業部の奥平という男は佐伯に何かしらの疑惑を持っているのか、加工を一つ省いていることが発覚した時点で急遽有川デザインオフィスに発注を変更してきました」
『試したのかもな』
「試す?」
『新人の高山がどこまで加工の知識があるか、また見積りを見破れるかどうかを』

ゾッとした。
澪緒がいなければMINAXISはずっと中抜きのような形で金をむしり取られていただろう。
『全員グルだとしたら見積もりもあってないようなモンだ。金額は上乗せし放題、水増し請求だ』
その指摘に柏木はハッとする。成果物を疑っていたが、見積書の方を疑うべきだったか。
『上乗せした金額の一部を特定の人物に流していた…定番だ』
「目的は」
『有川デザインオフィスもMINAXISも受注目的の利益供与だろう』
不正競争防止法違反。
その名称が浮かぶ。
『会社ぐるみか個人か。お前の感触はどうだ?」
ちらりと奥の部屋の澪緒を見る。
完全に安心しきって熟睡中だ。

「有川デザインオフィスは副島個人。MINAXISも奥平が知らなかったとことから見て個人でしょうか。佐伯は社歴が長く以前は営業にいたこともあるようです」
『会社のことを思っての正義感からくる悪事かもしれないし、代々そういう業務を担ってる苦しい立場なのかもしれない』
ふと、柏木の脳裏に澪緒の会社でラベルのデザイン苦戦していた顔が浮かぶ。
このことが公になったら、澪緒はどうなってしまうのだろう。

「あと少しでMINAXISの新作発表会があります。それまでに事件が公になりそうでしょうか」
『まだ先だ。裏付けがなければ逆に訴えられるし闇に葬られる。それにしてもお前、本来施すべき加工を一つ省いたのをよく見破ったな?』
「見破ったのは有川デザインオフィスの…デザイナーです」
『そうか。優秀な人間だな』
「はい。とても」
電話の向こうでしばし沈黙が流れる。

『しかし全て状況証拠にすぎない。加工を忘れただけとシラを切られれば何もできない。柏木、別件でいい。どうにか副島に犯罪行為をさせろ。それを突破口にする。そしてもう、有川デザインオフィスは辞めてこちらへ戻れ』

真実に近づくことは、澪緒との別れを意味する。
それは人の悪事を暴くことより、辛いことだった。
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