亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

03

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 アルベルトと姉の婚約が決まったのはそれから一年後のことで、アルベルトの二十二の誕生日に、二人は晴れて結婚した。その時の、心の底から幸せそうに笑い合う二人の顔を、今でも鮮明に思い出すことが出来る。今この瞬間、この世の全ての幸福がここにある、と思ったものだ。事実、あの時そこには、本当にこの世の全ての幸福があったに違いない。姉もまた、アルベルトのことを愛していた。二人はもうずっと、両想いだったのだ。物事は、全て順調に進んでいた。明るい未来に向かって。これ以上ない万福のその先へと。――未だ過去に縋る私を、ただ独り残して。

 そうして結ばれた二人の幸せな結婚生活は、でも五年ももたなかった。姉の病が発覚し、半年という余命宣告を受けたせいで。

 それからのアルベルトは、侯爵家当主としての務めを果たしつつ、それ以上に、姉の治療に躍起になっていた。王国中から腕の立つ医者をかき集め、他国に優秀な魔女がいると知れば使者を遣わし、そして毎日のように聖堂へ通っては、敬虔な信徒として深く祈りを捧げる。あの頃の彼は、いつ会ってもひどく疲れているように見えた。爽やかな笑みも、穏やかな口調も、洗練された物腰も、何もかもいつもの彼そのものだったのに。それでも、薄っすらと滲む疲労は、誰の目から見ても明らかだっただろう。禄に眠れていないことは、知っていた。寝ている間にもしものことがあるのを恐れ、彼は夜通し、姉の傍を離れようとしなかったせいで。

 しかし、アルベルトの努力も祈りも虚しく、姉は亡くなってしまった。最愛の男性を、現という残酷な世界に独り置き去りにして。

 アルベルトの憔悴と落ち込みは、それはそれは酷いものだった。食事も摂れないほど臥せっているかと思えば、まるで何か拒み抗うかのように物に当たり散らし、そして最後は決まって静かに涙を流す。彼は正に狂っていた。何もかもがぐちゃぐちゃになるほど。この世で最も愛した女性の喪失は、彼を“彼”でない何かにさせた。

 だから――。眠りながらもふわりと揺れる、夜の影を纏った白百合を見つめながら思う。だから彼は、容易に私を受け入れた。最愛の人と瓜二つの顔をした私を。瞳の色を変え、泣きぼくろを消し、嘗て姉の愛用していたドレスを身に纏う、“リシェル”ではなく“オリヴィア”として生きることを課せられた私を。
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