亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

文字の大きさ
4 / 50
Main story ¦ リシェル

04

しおりを挟む
 まともな人間であれば、死んだ人間が生き返るはずなどないことくらい分かるはずだ。けれどアルベルトは、少しも疑いはしなかった。周りの人間が唖然としてしまうほど。彼はすんなりと受け入れてしまった。それどころか、“姉”に扮した私を一目見るなり、彼は端正な顔を嬉しそうに綻ばせ、

 ――どこへ遊びに行っていたんだい? 心配したんだよ。

 と言って、見守っていた人々の心を凍りつかせた。何もかもがぐちゃぐちゃに狂ってしまった彼の中では、姉は死んだのではなく、ふらりとどこかへ遊びに出かけたことにすり替わっていたのだ。いつの間にか。いや、それは正にあの瞬間にそうなったのだろう、と、今ならば分かる。そうすることで、“死人が生き返った”という普通ではあり得ない事実を、何の違和感もない、ごくありふれた日常のひとつとして、呑み込めるようにしたのだ。恐らくは本能的に。

 アルベルトの為に、ひいては侯爵家の為に、姉の身代わりとなってほしい――。そう頼まれた時の、地獄に突き落とされたような絶望と、安堵にも似た諦念。可愛がっていた娘の死と、まるで我が子のように大事にしていた娘婿の豹変に打ち拉がれ、憐れになるほど弱りきってしまった両親を前に、私はただ頷くことしか出来なかった。断る道などそもそも初めから存在しないのだ、と、よくよく分かっていたから。

 身代わりなんて馬鹿げている、と怒る人もいたけれど。考え直せ、と何度言われただろう。死んだ人間はもうどこにもいないんだ、と何度言われただろう。その憤りはもっともだと頭の片隅で思いつつ、でも私の心はもう既に決まっていた。どんなに批判をされようとも。他に何を言われようとも。私の決意は、少しも揺るがないほど固まっていた。

 好きだったのだ。ずっと、ずっと。姉のことしか見ていないことも、姉のことしか愛していないのも理解していながら、それでもアルベルトのことが好きだった。愛していた。儚く散ってしまった初恋の欠片をひとつひとつ拾い集め、それをもう何年も、胸の奥底に大事に大事にしまっていた。二人の婚約が決まった時も、盛大に執り行われた結婚式の時も、そして、常に周囲へ幸福を溢れさせていた二人の、その愛し合う様を誰よりも一番近くで見ていた最中も。

 だから私は、“姉”になることを受け入れた。壊れてしまった、初恋の人の為に。私は自らの意思で、“オリヴィア・モランディーヌ”になることを選んだ。そしてその瞬間、この世から消えたのは姉ではなく、妹の“リシェル・モランディーヌ”になったのだった。あくまでも、私たちの歪んだ関係の中では。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...