亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

文字の大きさ
5 / 50
Main story ¦ リシェル

05

しおりを挟む
 ――君は、破滅の道の先に、幸せが待ってるとでも思ってるのか?

 唯一、本当の“私”の身を案じてくれた友人は、呆れと怒りと同情を滲ませた顔をしてそう言っていた。歪んだ献身を、彼は、彼だけは引き留めようとしてくれたのだ。最後の最後まで。一歩距離はおきつつも、それでも必死に。

 でも私は、その時の彼に何も言葉を返すことが出来なかった。幸せが待っているなど、そんなことは少しも思っていなかったから。だからこそ私は、それにしがみつき、幻を見ようとしていた。そうすることでしか、目を背けることが出来なかったのだ。ひたひたと背筋を這い上ってくる、冷たい現実から。狂うしかなかった。狂う以外に方法がなかった。もうこれ以上、大好きな初恋の人の壊れる姿を見ない為に。大切な両親の萎れた姿を見ない為に。狂わなければやっていけなかったのだ。

 死んだはずの“姉”が戻って以降、アルベルトはもとの元気を取り戻し、仕事も慈善活動も積極的に取り組むようになった。きちんと食事を摂り、夜はしっかりと眠り、そうすることで顔色は随分と良くなり、また昔のやさしい笑顔を見れるようになって、どんなに安心したことだろう。彼が元気になればなるほど、昔の――本物のオリヴィアが生きていた頃の――彼に戻れば戻るほど、私は心から安堵し、そしてとても喜んだ。その為なら、自分の好みでないドレスや宝石を身につけることも、苦手である刺繍を特訓することも、まるで興味のない美術鑑賞をすることも、全く以て苦にならなかった。彼がそれで、“姉”が生きているのだと、幸福な偽りに浸ることが出来るのなら。どんな努力も、私は惜しまなかった。

 友人はそれを、犠牲的だ、と言っていたけれど。でも私は、少しもそうは思わなかった。アルベルトのことを愛していたから。自分自身を殺すのは、だから寧ろ自然なことだった。考えるなんて、そもそもそんなことをしないくらいごく当たり前の、自然なこと。

「あの頃は、ある意味幸せだったのかもしれないわ」

 そう独りごち、手の中の冷たい物体に視線を落とす。蒼白い月明かりに照らされ、淡い光を湛えながら、凍てついたように沈黙する銀色の刃。輪郭を縁取るその輝きは、どこか蠱惑的で、その妖しくも清らかな美しさについ見惚れてしまう。綺麗だ、と思った。とても綺麗で、そして、それはとても剣呑な魅力だ、とも。鈍い色をしているのに、突き抜けるほど澄んでいるように見えるのは、どうしてだろう。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian
恋愛
アイリスの夫ロイは、新婚の頃から金髪の愛らしい幼馴染・フローラに夢中で、妻には見向きもしなかった。 夫からは蔑ろにされ、夫の両親からは罵られ、フローラからは見下される日々。そしてアイリスは、ついに決意する。 「それほど幼馴染が大切なら、どうぞご自由に。私は出て行って差し上げます」 これは、虐げられた主人公が、過去を断ち切り幸せを掴む物語。 ※19話完結。 毎日夜9時ごろに投稿予定です。朝に投稿することも。お気に入り登録していただけたら嬉しいです♪

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

処理中です...