亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

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 アルベルトは、生前の姉へ対するのと同様に、たくさんの贈り物をしてくれた。王都で一番人気のある店で仕立ててもらった流行りのドレス、繊細な技術をもって造られたアクセサリー、毎日部屋を飾る色とりどりの花々、美味しいと話題のスイーツや果物。時にはピクニックへ出かけたり、郊外にある別荘へ連れていってくれたり。“姉”の笑顔を見る為なら、彼はお金も労力も、少しも惜しむことはなかった。もしかしたら、本物の“オリヴィア”が生きていた頃以上に。

 だから私は、常に笑みを絶やさなかった。プレゼントを受け取る時も、ピクニックで湖を眺めている時も、なんでもない時にふとアルベルトが視線を向けてきた、その瞬間でさえ。姉と瓜二つの顔に、姉そのものの微笑みを、姉のするのと全く同じ仕草で。どんな時でも、彼の愛していた“オリヴィア”の笑みを、顔に貼り続けていた。

 そうすることでアルベルトが喜んでくれるのなら。そうすることで両親が安心してくれるのなら。彼の贈ってくれるドレスやアクセサリーや花々が、自分の好みに合うものではなかったとしても。彼の連れていってくれる場所が、姉との思い出の詰まった場所ばかりだったとしても。それでも私は、笑い続けることが出来た。私自身としてではなく、もうこの世にはいないはずの“オリヴィア”として。

 私はただ、大事な人たちを守りたかった。本当に、それだけだった。初恋の人であるアルベルトを。今まで育ててくれた両親を。愛されたかったわけではない。愛されないことなんて、そもそもの初めから知っていた。そんなことを望めば、どんなに辛く苦しい日々に身を落とすことになるか。友人から苦言を呈されなくたって、分かっていた。

 それでも――。冷たい光を帯びる短剣の、黒くしっかりとした柄を握る手に力をこめながら、小さく苦笑をこぼす。愛されたかったわけではない。愛されることを望んだこともない。それでも、心は常に悲鳴をあげていた。辛くて辛くてたまらない、と。苦しくて苦しくてたまらない、と。尖った爪先を胸の壁に突き立てて、何度も何度も引っ掻いては、膿んだ傷口を更に抉り返す。

 私の誤算は、正にそれだった。愛されないことを分かっていても、愛されることを望んでいなくても。それでも、心がぐちゃぐちゃになってしまうほどの苦痛が待ち受けていることに変わりはないのだ、と、私はそれに気付いていなかった。或いは、その不都合な現実から無意識に目を逸らしていた。アルベルトを想う気持ちをどうすることも出来なかった時点で、私が地獄に身を落とすことは決まっていたというのに。
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