亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

文字の大きさ
6 / 50
Main story ¦ リシェル

06

しおりを挟む
 アルベルトは、生前の姉へ対するのと同様に、たくさんの贈り物をしてくれた。王都で一番人気のある店で仕立ててもらった流行りのドレス、繊細な技術をもって造られたアクセサリー、毎日部屋を飾る色とりどりの花々、美味しいと話題のスイーツや果物。時にはピクニックへ出かけたり、郊外にある別荘へ連れていってくれたり。“姉”の笑顔を見る為なら、彼はお金も労力も、少しも惜しむことはなかった。もしかしたら、本物の“オリヴィア”が生きていた頃以上に。

 だから私は、常に笑みを絶やさなかった。プレゼントを受け取る時も、ピクニックで湖を眺めている時も、なんでもない時にふとアルベルトが視線を向けてきた、その瞬間でさえ。姉と瓜二つの顔に、姉そのものの微笑みを、姉のするのと全く同じ仕草で。どんな時でも、彼の愛していた“オリヴィア”の笑みを、顔に貼り続けていた。

 そうすることでアルベルトが喜んでくれるのなら。そうすることで両親が安心してくれるのなら。彼の贈ってくれるドレスやアクセサリーや花々が、自分の好みに合うものではなかったとしても。彼の連れていってくれる場所が、姉との思い出の詰まった場所ばかりだったとしても。それでも私は、笑い続けることが出来た。私自身としてではなく、もうこの世にはいないはずの“オリヴィア”として。

 私はただ、大事な人たちを守りたかった。本当に、それだけだった。初恋の人であるアルベルトを。今まで育ててくれた両親を。愛されたかったわけではない。愛されないことなんて、そもそもの初めから知っていた。そんなことを望めば、どんなに辛く苦しい日々に身を落とすことになるか。友人から苦言を呈されなくたって、分かっていた。

 それでも――。冷たい光を帯びる短剣の、黒くしっかりとした柄を握る手に力をこめながら、小さく苦笑をこぼす。愛されたかったわけではない。愛されることを望んだこともない。それでも、心は常に悲鳴をあげていた。辛くて辛くてたまらない、と。苦しくて苦しくてたまらない、と。尖った爪先を胸の壁に突き立てて、何度も何度も引っ掻いては、膿んだ傷口を更に抉り返す。

 私の誤算は、正にそれだった。愛されないことを分かっていても、愛されることを望んでいなくても。それでも、心がぐちゃぐちゃになってしまうほどの苦痛が待ち受けていることに変わりはないのだ、と、私はそれに気付いていなかった。或いは、その不都合な現実から無意識に目を逸らしていた。アルベルトを想う気持ちをどうすることも出来なかった時点で、私が地獄に身を落とすことは決まっていたというのに。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...