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Main story ¦ リシェル
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――施しをしてやる優越感は、そんなに気持ちいいのか?
随分と斜に構えた子だ、と思った。思いながら私は顔を横に振り、「そんなんじゃないわ」と言った。きっぱりと。そんなつもりはまるでなかったから。
――ひとりより、ふたりで食べた方が美味しいでしょう?
そう思ったのは確かだ。けれど、それが全てというわけではなかった。
ひとりよりふたりの方が美味しいだろうという気持ちと、折角のひとりの時間を邪魔してしまったという申し訳無さ。そのふたつは、きれいに半分ずつ分けられた天秤のように、同じ重さで、同じ温度で存在し、私の身体を強く突き動かしていた。全く混じり気のない、ただただ純粋な衝動として。
――だからこれは、あなたの為というより、私の為に食べて。
そう言いながら見つめた彼の、青とも水色ともつかない丸い瞳。燦々と降り注ぐ陽光に照らされ、小さな光の粒を湛えているみたいなそれは、まるで宝石のように美しかった。なんて綺麗な瞳をした子なんだろう、と、つい魅入ってしまうほど。
私たちはそのまま暫くの間無言で見つめ合い、どちらも一歩も引かなかった。視線を逸らした方が負けだ、と、私もルシウスも思っていたから。べつに示し合わせたわけでもないのに。この頃から私たちには、不思議とそういうところがあった。言葉はなくても、考えや思っていることが自然と一緒になってしまうところが。
結局勝負に負けたのは、ルシウスの方だった。折れてくれた、と言った方が正しいのかもしれないけれど。彼の折れ方は、実に淡々としていた。笑うでも怒るでも、はたまた呆れるでもなく。けれどそれは、決して冷たいものではなかった。
彼は渋々オレンジを受け取り、矯めつ眇めつして危険がないのを確かめた後、薄く形の良い、少しだけかさついた唇でそれに齧りついた。私も間をおかずしてすぐにかぶりつき、新鮮でやわらかな果肉に歯を立てる。口いっぱいに広がる甘酸っぱく瑞々しい果汁と、心がすうっと軽くなるような清く爽やかな匂い。
私たちはどちらも何も言わず、黙々とオレンジを食べ続けた。手も唇もべたべたにしながら。マーケットの露店に山積みにされていた、ありふれたオレンジを。でもあの時に食べたオレンジを、私は今まで食べたどのオレンジよりも一番美味しかったと思っている。十年に満たない人生の中でも、そして、今に至る人生の中でも。
後年その話をすると、ルシウスは決まって「たまたま当たりを引いただけだろ」と言うのだけれど。でも私は、そうでないと思っている。あれは“たまたま引いた当たり”ではなく、“ごく普通のオレンジ”だった。きっとひとりで食べていたなら、ただの甘酸っぱい、どこにでもあるオレンジだと思っただろう。そんな“ありふれたもの”でしかなかったオレンジを格別の味にしてくれたのは、他でもないルシウスその人だった。彼とふたりで食べたから、あのオレンジはあんなにも美味しかったのだ。
随分と斜に構えた子だ、と思った。思いながら私は顔を横に振り、「そんなんじゃないわ」と言った。きっぱりと。そんなつもりはまるでなかったから。
――ひとりより、ふたりで食べた方が美味しいでしょう?
そう思ったのは確かだ。けれど、それが全てというわけではなかった。
ひとりよりふたりの方が美味しいだろうという気持ちと、折角のひとりの時間を邪魔してしまったという申し訳無さ。そのふたつは、きれいに半分ずつ分けられた天秤のように、同じ重さで、同じ温度で存在し、私の身体を強く突き動かしていた。全く混じり気のない、ただただ純粋な衝動として。
――だからこれは、あなたの為というより、私の為に食べて。
そう言いながら見つめた彼の、青とも水色ともつかない丸い瞳。燦々と降り注ぐ陽光に照らされ、小さな光の粒を湛えているみたいなそれは、まるで宝石のように美しかった。なんて綺麗な瞳をした子なんだろう、と、つい魅入ってしまうほど。
私たちはそのまま暫くの間無言で見つめ合い、どちらも一歩も引かなかった。視線を逸らした方が負けだ、と、私もルシウスも思っていたから。べつに示し合わせたわけでもないのに。この頃から私たちには、不思議とそういうところがあった。言葉はなくても、考えや思っていることが自然と一緒になってしまうところが。
結局勝負に負けたのは、ルシウスの方だった。折れてくれた、と言った方が正しいのかもしれないけれど。彼の折れ方は、実に淡々としていた。笑うでも怒るでも、はたまた呆れるでもなく。けれどそれは、決して冷たいものではなかった。
彼は渋々オレンジを受け取り、矯めつ眇めつして危険がないのを確かめた後、薄く形の良い、少しだけかさついた唇でそれに齧りついた。私も間をおかずしてすぐにかぶりつき、新鮮でやわらかな果肉に歯を立てる。口いっぱいに広がる甘酸っぱく瑞々しい果汁と、心がすうっと軽くなるような清く爽やかな匂い。
私たちはどちらも何も言わず、黙々とオレンジを食べ続けた。手も唇もべたべたにしながら。マーケットの露店に山積みにされていた、ありふれたオレンジを。でもあの時に食べたオレンジを、私は今まで食べたどのオレンジよりも一番美味しかったと思っている。十年に満たない人生の中でも、そして、今に至る人生の中でも。
後年その話をすると、ルシウスは決まって「たまたま当たりを引いただけだろ」と言うのだけれど。でも私は、そうでないと思っている。あれは“たまたま引いた当たり”ではなく、“ごく普通のオレンジ”だった。きっとひとりで食べていたなら、ただの甘酸っぱい、どこにでもあるオレンジだと思っただろう。そんな“ありふれたもの”でしかなかったオレンジを格別の味にしてくれたのは、他でもないルシウスその人だった。彼とふたりで食べたから、あのオレンジはあんなにも美味しかったのだ。
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