亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

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 目を逸らせなかった。どうしても。宝石のように美しい、アイスブルーの瞳から。
 愛する男性の瞳は、最近ではもう、正面から見るだけでも随分と勇気が要るようになってしまったのに。何故だろう。ルシウスの瞳は、無遠慮なほど真っ直ぐに見つめることが出来る。そして、惜しみなくというふうに一心に注がれるあたたかな眼差しを、まっさらな素直さで受け止めることも。

「リシェル」

 涙を堪らえようとして、でもうまくいかず、眉間に皺が寄ってしまう。その情けない顔を見て、ルシウスはくつくつと笑った。「ブサイク」と彼が可笑しそうに言うので、私は濡れた唇をつんと尖らせる。拗ねたように。しかしそれも結局は失敗してしまい、私はだらだらと涙をこぼし、時折しゃくりあげ、そして不甲斐なく鼻を啜るしかなかった。

「べつに俺は、自分のしたいようにしてるだけだ」

 低く落ち着いた声が、しっとりと耳の奥に溶け込んでゆく。そこには、いつもの飄々とした調子も、軽口まじりの冗談っぽさもない。言葉に滲むぬくもりのせいだろうか。それとも、もっと別の何かのせいだろうか。本心からの言葉だと、すんなりと信じられるのだから、不思議なものだ。それだけのことで、どうしてこんなにもほっとしてしまうのだろう。

「今も昔も」

 まるで何かを噛み締めるようにゆっくりとひとつ瞬き、ルシウスは私の右頬を、人差し指と親指で、ふにっと軽く摘んだ。いたずらっぽく、僅かに目を細めて。
 
「――大事な奴を守りたいと思うのは、当然のことだろ」

 君があいつに対してそうだったように。
 乾いた声でそう付け加え、どこか寂しげに微笑んだルシウスの右肩に、どこからともなく飛んできた蝶が、すうっととまった。アゲハ蝶くらいの大きさの、淡く透けた白色の羽をした、美しい蝶。月明かりを浴びて、薄青い輝きをきらきらと鏤めたその蝶は、大きな羽をゆったりと微かに動かしながら、静かに私を見つめていた。

 どうやらそれは、ルシウスの飼っているペットか、或いは魔法で創り出したものらしい。彼はさして驚いたふうもなく蝶を横目で一瞥すると、私の右頬からそっと手を離した。彼の体温が皮膚に沁みつき、慣れてしまったせいか、急にぬくもりを失った肌が、やけにすうすうするように感じられる。夜風は、こんなにも冷たかっただろうか。春はもう終わりかけているというのに。
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