亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Main story ¦ リシェル

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 冗談ではなく、このままでは本当に、身体のそここから水分という水分がすっかりなくなって、からからに乾いてしまいそうだ、と思った。干からびて、まるで老人のように皺だらけになってしまうかもしれない、とも。こんなにもたくさん泣いたのは、いったいいつぶりだろう。姉が死んでしまった時か、それとも、告白を明かされた時だっただろうか。

 私は至極真面目にそう言ったのに、ルシウスは思わずというふうに吹き出して、ははっと軽く笑った。まるで、「馬鹿だなあ」とでも言うように。けれどその声は、決して不快なものではなかった。

「干からびたくなければ、笑えばいいだろ」

 そう言いながら、ルシウスは綺麗に整えられた人差し指の先に、白い蝶をそっと移す。絹のようにやわらかな羽がゆったりと動く度に、薄青い鱗粉のようなものが、仄かに輝きながら辺りを漂う。神秘的で儚げなその美しい蝶を、彼はどこか愛おしそうな眼差しで見つめ、そうして静かに手を動かした。庭の方へと、真っ直ぐに。空を流れるようななめらかさで。まるで道標を示すみたいに。

 その先から、ふわりと蝶が飛び立った。月光を透かした白い薄膜を、悠然と羽ばたかせて。
 蝶の後を追うように、私はゆっくりと振り返る。薄青い小さな光の粒を辿って。なんとなく、視線を誘われたような気がたから。蝶は人差し指の上をふわふわと回っていた。私が振り向くのを待っていたみたいに。まるで意思があるようだ、と、そう思った瞬間、一陣の風がぶわりと顔に吹き付け、反射的に目を瞑る。ぎゅっ、と瞼を閉ざすと、目尻にたまっていた雫がぽろりとこぼれ、夜気に馴染んだ肌の上をすうっとつたい落ちてゆく。

 最初に感じたのは、甘やかな香りだった。甘く優雅で、心にそっと沁み込んでくるような、素晴らしく気品のある香り。
 それが、庭に植わるルピナスのものとは違うことに気付き、不思議に思いながら、私はおそるおそる瞼をもちあげる。ゆっくり、ゆっくりと。風はもうやんでいた。睫毛が微かに震え、その隙間から、澄んだ世界が少しずつ、静かにほどけてゆく。

 見えたのは、大きな月だった。
 無数の星々が鏤められた深い藍色の夜空と、果てなく続く地平線との境にぽっかりと浮かぶ、驚くほど大きくて、まんまるい形をした、蒼白い月。
 冴え冴えとした月明かりに照らされた大地には、一面を埋め尽くすほどたくさんの白い花が咲いていた。遥か遠く、地の果てまで、びっしりと。やわらかな夜風がそっと吹き抜けるたび、花々は微かに光を返しながら揺れ、白銀の波がゆるやかに、さわさわと広がってゆく。その合間を、何匹もの白い蝶が、薄青い輝きをきらきらと漂わせながら、ゆったりと舞っていた。時折、夜気に溶け込むように姿を消しては、すぐにふわりと浮かび上がることを繰り返して。
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