亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Side story ¦ ルシウス

02

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 窓の外には小さな綿雪が散っていた。ふわふわと踊るように、音もなく。
 カーテンは開かれているものの、窓はきっちりと閉め切られ、冷たい風が入り込むような僅かな隙間すらない。部屋の中はまるで長閑な春の日のようにあたたかく、室温はきっちりと一定に保たれている。部屋の端にきられた大理石製の暖炉には火が絶えず灯されているが、しかしそれでは到底役不足なのは明白だった。それでも心地よい室温を維持出来ているのは、部屋の四隅に置かれた、一見ランプのようにも見える小ぶりな魔道具のおかげだ。病に蝕まれゆく身体に、真冬の寒さはさすがに堪える。少しでも心地よく過ごせるにはどうしたら良いだろ、と悩んでいたリシェルに、それなら魔道具でどうにか出来るかもしれない、と請け合ったのは、ほんのひと月前のことだった。

 結局それも、オリヴィアの為というより、リシェルの為にしたことなのだけれど。しかしそれを、悪いことだとか酷いことだとは、思わない。どのみちオリヴィアは、普通以上の穏やかな、至れり尽くせりの環境で療養が出来ているのだ。目的が彼女自身の為でなくとも、結果として彼女の役に立っていることには変わりはない。

「貴方って、本当にリシェルのことが大切なのね」

 明るい口調でしみじみとそう言いながら、オリヴィアはまたやわらかく笑う。リシェルと似ているようで、その実似ていない、慎ましやかな笑み。リシェルはどちらかといえば、もっと弾けたような笑顔を浮かべる。花がふわりと綻ぶような、或いは、燦々とした眩い太陽のような。無邪気、という言葉が似合うのかもしれない、と、膨らみの欠けたオリヴィアの顔へ目を移しながら思う。オリヴィアが清楚なら、リシェルは無邪気だ。

「まあ、いつまでも一方通行だけどな」

 組んだ足に頬杖をつきながら、冗談めかせて苦笑をこぼす。
 もし、アルベルトがオリヴィアでなくリシェルを選んでいたら――。そう考えたことは、今までに幾度もある。それこそ、自分自身ですら飽いてしまうほどに。そしてその度に、馬鹿馬鹿しい考えだ、と結論づけることもまた同じだった。アルベルトはオリヴィアを選んだ。瞳の色と泣きぼくろ以外、全く同じ容姿をした双子の姉妹の、まるで白百合のようだと褒めそやされる清楚な姉の方を。それが現実だ。だからこそ、今のこの関係が保たれ続けている。アルベルトとオリヴィアとリシェルと俺という、ある意味で歪でもある関係が。

「あら、そうかしら」

 ショールの合わせ目に手を添え、オリヴィアはううふ、と少女じみた笑い声をこぼす。以前ほどの滑らかさも健やかさもないけれど。それでも気丈に振る舞おうとする様は、リシェルやアルベルトほど繋がりの深くない俺でさえ、思わず目を背けたくなるほど痛ましい。無論、そんなことはおくびにも出すつもりはないけれど。
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