33 / 50
Side story ¦ ルシウス
02
しおりを挟む
窓の外には小さな綿雪が散っていた。ふわふわと踊るように、音もなく。
カーテンは開かれているものの、窓はきっちりと閉め切られ、冷たい風が入り込むような僅かな隙間すらない。部屋の中はまるで長閑な春の日のようにあたたかく、室温はきっちりと一定に保たれている。部屋の端にきられた大理石製の暖炉には火が絶えず灯されているが、しかしそれでは到底役不足なのは明白だった。それでも心地よい室温を維持出来ているのは、部屋の四隅に置かれた、一見ランプのようにも見える小ぶりな魔道具のおかげだ。病に蝕まれゆく身体に、真冬の寒さはさすがに堪える。少しでも心地よく過ごせるにはどうしたら良いだろ、と悩んでいたリシェルに、それなら魔道具でどうにか出来るかもしれない、と請け合ったのは、ほんのひと月前のことだった。
結局それも、オリヴィアの為というより、リシェルの為にしたことなのだけれど。しかしそれを、悪いことだとか酷いことだとは、思わない。どのみちオリヴィアは、普通以上の穏やかな、至れり尽くせりの環境で療養が出来ているのだ。目的が彼女自身の為でなくとも、結果として彼女の役に立っていることには変わりはない。
「貴方って、本当にリシェルのことが大切なのね」
明るい口調でしみじみとそう言いながら、オリヴィアはまたやわらかく笑う。リシェルと似ているようで、その実似ていない、慎ましやかな笑み。リシェルはどちらかといえば、もっと弾けたような笑顔を浮かべる。花がふわりと綻ぶような、或いは、燦々とした眩い太陽のような。無邪気、という言葉が似合うのかもしれない、と、膨らみの欠けたオリヴィアの顔へ目を移しながら思う。オリヴィアが清楚なら、リシェルは無邪気だ。
「まあ、いつまでも一方通行だけどな」
組んだ足に頬杖をつきながら、冗談めかせて苦笑をこぼす。
もし、アルベルトがオリヴィアでなくリシェルを選んでいたら――。そう考えたことは、今までに幾度もある。それこそ、自分自身ですら飽いてしまうほどに。そしてその度に、馬鹿馬鹿しい考えだ、と結論づけることもまた同じだった。アルベルトはオリヴィアを選んだ。瞳の色と泣きぼくろ以外、全く同じ容姿をした双子の姉妹の、まるで白百合のようだと褒めそやされる清楚な姉の方を。それが現実だ。だからこそ、今のこの関係が保たれ続けている。アルベルトとオリヴィアとリシェルと俺という、ある意味で歪でもある関係が。
「あら、そうかしら」
ショールの合わせ目に手を添え、オリヴィアはううふ、と少女じみた笑い声をこぼす。以前ほどの滑らかさも健やかさもないけれど。それでも気丈に振る舞おうとする様は、リシェルやアルベルトほど繋がりの深くない俺でさえ、思わず目を背けたくなるほど痛ましい。無論、そんなことはおくびにも出すつもりはないけれど。
カーテンは開かれているものの、窓はきっちりと閉め切られ、冷たい風が入り込むような僅かな隙間すらない。部屋の中はまるで長閑な春の日のようにあたたかく、室温はきっちりと一定に保たれている。部屋の端にきられた大理石製の暖炉には火が絶えず灯されているが、しかしそれでは到底役不足なのは明白だった。それでも心地よい室温を維持出来ているのは、部屋の四隅に置かれた、一見ランプのようにも見える小ぶりな魔道具のおかげだ。病に蝕まれゆく身体に、真冬の寒さはさすがに堪える。少しでも心地よく過ごせるにはどうしたら良いだろ、と悩んでいたリシェルに、それなら魔道具でどうにか出来るかもしれない、と請け合ったのは、ほんのひと月前のことだった。
結局それも、オリヴィアの為というより、リシェルの為にしたことなのだけれど。しかしそれを、悪いことだとか酷いことだとは、思わない。どのみちオリヴィアは、普通以上の穏やかな、至れり尽くせりの環境で療養が出来ているのだ。目的が彼女自身の為でなくとも、結果として彼女の役に立っていることには変わりはない。
「貴方って、本当にリシェルのことが大切なのね」
明るい口調でしみじみとそう言いながら、オリヴィアはまたやわらかく笑う。リシェルと似ているようで、その実似ていない、慎ましやかな笑み。リシェルはどちらかといえば、もっと弾けたような笑顔を浮かべる。花がふわりと綻ぶような、或いは、燦々とした眩い太陽のような。無邪気、という言葉が似合うのかもしれない、と、膨らみの欠けたオリヴィアの顔へ目を移しながら思う。オリヴィアが清楚なら、リシェルは無邪気だ。
「まあ、いつまでも一方通行だけどな」
組んだ足に頬杖をつきながら、冗談めかせて苦笑をこぼす。
もし、アルベルトがオリヴィアでなくリシェルを選んでいたら――。そう考えたことは、今までに幾度もある。それこそ、自分自身ですら飽いてしまうほどに。そしてその度に、馬鹿馬鹿しい考えだ、と結論づけることもまた同じだった。アルベルトはオリヴィアを選んだ。瞳の色と泣きぼくろ以外、全く同じ容姿をした双子の姉妹の、まるで白百合のようだと褒めそやされる清楚な姉の方を。それが現実だ。だからこそ、今のこの関係が保たれ続けている。アルベルトとオリヴィアとリシェルと俺という、ある意味で歪でもある関係が。
「あら、そうかしら」
ショールの合わせ目に手を添え、オリヴィアはううふ、と少女じみた笑い声をこぼす。以前ほどの滑らかさも健やかさもないけれど。それでも気丈に振る舞おうとする様は、リシェルやアルベルトほど繋がりの深くない俺でさえ、思わず目を背けたくなるほど痛ましい。無論、そんなことはおくびにも出すつもりはないけれど。
51
あなたにおすすめの小説
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる