亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Side story ¦ ルシウス

03

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「実は私ね」

 所々薄く曇った窓ガラス越しに外を眺め遣り、オリヴィアはそっと、僅かに目を細める。雪で白く色付いた庭園を見下ろしながら、しかしその視線の先にあるのは、ここではないどこか遠くであるような気がした。儚く、物憂いげな横顔。長い睫毛の先が、ほんの少し震えたように見えたのは、気の所為だろうか。

「貴方のことが、ずっと羨ましかったの。嫉妬してた、とも言うかしら」

 意外な打ち明けに、思わず面食らって目を瞬かす。その反応を、微かに落ちた間から敏感に感じ取ったのか、オリヴィアはゆったりと表情を綻ばせ、窓枠の端に括り付けられたダマスク織のカーテンの、薄いライラック色の布地に寄り掛かった。細すぎる肩から滑り落ちた髪の毛が胸元で揺れ、淡い金色の毛先が仄かに輝く。

「ルシウスと一緒にいる時のあの子って、本当に楽しそうなの。よく喋って、よく笑って」

 そこで漸く俺は気付く。彼女が眺めているのが色彩のない庭ではなく、遠い昔から連綿と紡がれる、双子の妹との懐かしい日々の記憶だということに。

「誰かに気を遣ったり、無理をしたりしている笑顔じゃないの。だからね、本当に心の底から楽しんでるって、私には分かるのよ」

 静かに振り返り、オリヴィアはどこか悲しげに微笑んだ。

「あの子に、あんな幸せそうな表情をさせられるのは、ルシウスただひとりよ。私でもアルベルトでもない。貴方だけなの」

 リシェルとよく似た声で語られる言葉に、自覚はまるでなかった。あるはずもない。何故なら彼女はずっと、あの男を――アルベルトだけを見ていたのだから。俺たちが出会った時には、もう既に。彼だけを一途に想い、彼だけを一途に見つめ、それは失恋を受け入れた後でさえ、少しも揺らぐことはなかった。

 そんなリシェルの、ひたむきな姿を、何年も傍で見続けてきたのだ。時に励まし、時に慰めもしながら。報われぬと知りながらも、健気に想い続ける彼女を。
 リシェルを笑顔にさせていたのは、彼女を――友情としてではあっても――幸せにさせていたのは、アルベルトだ。それを、知っている。嫌と言うほど思い知っている。だからこそ、オリヴィアの告白を、すんなりと信じることなど出来るはずがなかった。

「私とあの子はね、母のお腹の中にいる時から、ずっと一緒だったの。産まれてからも、どんな時だってあの子のすぐ傍にいたわ。双子として、姉妹として。当たり前のように寄り添って生きてきたのに――」

 唐突に言葉を途切らせ、胸元を右手できつく握り締めながら、オリヴィアが苦しげに顔を歪める。病に冒された心臓が、また痛み出したのだろう。無理は禁物だ、と、主治医にもアルベルトにも口酸っぱく言いつけられているだろうに。それでもなお言葉を紡ごうとする彼女の肩に手を添え、ひどく痩せ細った身体を、ゆっくりとベッドへ横たえてやる。

「それなのに……どうしてかしら」

 羽毛の詰まった寝具の上からショールを被せる俺の目を真っ直ぐに見つめ、オリヴィアは寂しげに、自嘲めいた笑みを薄っすらと浮かべた。

「あの子にあんな顔をさせられるのは、私ではなかったわ」
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