35 / 50
Side story ¦ ルシウス
04
しおりを挟む
もし本当に、彼女がそれを理由に嫉妬心を抱いていたのなら。なんて残酷なことを言うのだろう、と思った。リシェルが最も欲していたものを、彼女はこれまで何度も、それこそ身から溢れるほどに与えられてきたはずなのに。アルベルトの視線を。アルベルトの愛情を。アルベルトのやさしさを。どれほど願っても、どんなに望んでも、それらが自分に向けられることは決してないと分かっていながら、それでもリシェルが、心の奥底では密かに焦がれていたものを、オリヴィアは当然のように手にしていたというのに。何年も、何年も、ずっと。
「双子の私には出来なくて、貴方だけが出来たの。自然に。それが……それが、本当に羨ましくて、寂しくて……嫉妬してしまったわ」
それなのに、どの口が“嫉妬”だの何だのとほざくのだろう。
彼女へ怒りを向けるのは間違っている、と。責めてはいけない、と。分かっている。頭では分かっているのだ。どうしようもないことだ、とも。
けれど、胸の奥底に湧き上がる苛立ちを抑えきることが出来ず、俺はそれを悟られぬよう視線を逸らし、彼女へ背を向けた。リシェルと瓜二つの顔から、殆ど同じ形をした目から逃げるようにして。
「……アルベルトを呼んでくる」
今すぐここを出ていきたかった。外へ出て、雪で冷やされた清潔な空気を、身体いっぱいに吸い込みたくてたまらなかった。そうすることで、胸のざわつきをどうにか鎮めたかった。
だから、努めて平静を装いながら歩み出そうとした俺を、しかしオリヴィアは無理矢理引き留めた。上着の袖を、蒼白い細い指で、まるで縋り付くように掴んで。
「ねえ、ルシウス。お願いがあるの。私の……最期の、お願い」
振り返ることはしなかった。しなかったというより、出来なかった。ただ静かに立ち尽くし、背中越しに彼女の言葉の続きを待つ。瞬きをする度、瞼の裏の暗闇に、リシェルの顔が次から次へと浮かんでくる。驚いている顔。泣いている顔。怒っている顔。そして、まるで太陽のように眩い、くしゃりと綻んだ笑顔――。
「貴方にしか頼めないことなの」
微かに触れた彼女の皮膚は、ひどく冷たかった。暖炉や魔道具で、春の陽だまりの中のようにあたためられた室内にいながら。外気に晒された人形の手でもあるみたいに。生気のまるで感じられない、骨の浮いた冷たい手。
「どうか、お願い。ずっと……ずっと、あの子の傍にいてあげて。誰よりも、一番近くに」
そう懇願する声は、病に蝕まれているとは思えないほど澄んでいて、力強かった。この世にたったひとりの、愛おしくてたまらない妹への想いが溢れんばかりに滲んだ、胸が締め付けられるほど真っ直ぐな声。祈るように紡がれたその言葉に、心が強く揺さぶられるのを感じながら、俺はただ奥歯をきつく噛み締めるしかなかった。大切な妹の幸せを願う、姉としての愛情。健気な、どこまでもどこまで純粋な想い。
それから三ヶ月後、彼女は亡くなった。ずっと共に生きてきた、かけがえのない妹に見守られながら。最愛の夫の腕の中で、静かに――。
「双子の私には出来なくて、貴方だけが出来たの。自然に。それが……それが、本当に羨ましくて、寂しくて……嫉妬してしまったわ」
それなのに、どの口が“嫉妬”だの何だのとほざくのだろう。
彼女へ怒りを向けるのは間違っている、と。責めてはいけない、と。分かっている。頭では分かっているのだ。どうしようもないことだ、とも。
けれど、胸の奥底に湧き上がる苛立ちを抑えきることが出来ず、俺はそれを悟られぬよう視線を逸らし、彼女へ背を向けた。リシェルと瓜二つの顔から、殆ど同じ形をした目から逃げるようにして。
「……アルベルトを呼んでくる」
今すぐここを出ていきたかった。外へ出て、雪で冷やされた清潔な空気を、身体いっぱいに吸い込みたくてたまらなかった。そうすることで、胸のざわつきをどうにか鎮めたかった。
だから、努めて平静を装いながら歩み出そうとした俺を、しかしオリヴィアは無理矢理引き留めた。上着の袖を、蒼白い細い指で、まるで縋り付くように掴んで。
「ねえ、ルシウス。お願いがあるの。私の……最期の、お願い」
振り返ることはしなかった。しなかったというより、出来なかった。ただ静かに立ち尽くし、背中越しに彼女の言葉の続きを待つ。瞬きをする度、瞼の裏の暗闇に、リシェルの顔が次から次へと浮かんでくる。驚いている顔。泣いている顔。怒っている顔。そして、まるで太陽のように眩い、くしゃりと綻んだ笑顔――。
「貴方にしか頼めないことなの」
微かに触れた彼女の皮膚は、ひどく冷たかった。暖炉や魔道具で、春の陽だまりの中のようにあたためられた室内にいながら。外気に晒された人形の手でもあるみたいに。生気のまるで感じられない、骨の浮いた冷たい手。
「どうか、お願い。ずっと……ずっと、あの子の傍にいてあげて。誰よりも、一番近くに」
そう懇願する声は、病に蝕まれているとは思えないほど澄んでいて、力強かった。この世にたったひとりの、愛おしくてたまらない妹への想いが溢れんばかりに滲んだ、胸が締め付けられるほど真っ直ぐな声。祈るように紡がれたその言葉に、心が強く揺さぶられるのを感じながら、俺はただ奥歯をきつく噛み締めるしかなかった。大切な妹の幸せを願う、姉としての愛情。健気な、どこまでもどこまで純粋な想い。
それから三ヶ月後、彼女は亡くなった。ずっと共に生きてきた、かけがえのない妹に見守られながら。最愛の夫の腕の中で、静かに――。
60
あなたにおすすめの小説
働きませんわ。それでも王妃になります
鷹 綾
恋愛
「私は働きませんわ」
そう宣言して、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エルフィーナ。
社交もしない。慈善もしない。政務にも口を出さない。
“怠け者令嬢”と陰で囁かれる彼女を、王太子アレクシスは「王妃に相応しくない」と切り捨てた。
――だが彼は知らなかった。
彼女が動かないからこそ、王家は自力で立つことを覚えたのだということを。
エルフィーナは何もしない。
ただ保証を更新せず、支援を継続せず、静かに席を外すだけ。
その結果――
王家は自らの足で立つことを強いられ、王太子は“誰の力にも頼らない王”へと変わっていく。
やがて外圧が王国を揺らしたとき、彼は気づく。
支配でも依存でもなく、並んで立てる存在が誰だったのかを。
「君と並びたい」
差し出されたのは、甘い救済ではない。
対等という選択。
それでも彼女の答えは変わらない。
「私は働きませんわ」
働かない。
支配しない。
けれど、逃げもしない。
これは――
働かないまま王妃になる、公爵令嬢の静かなざまあ恋愛譚。
優雅で、合理的で、そしてどこまでも強い。
“何もしない”という最強の選択が、王国を変えていく。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす
青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。
幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。
スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。
ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族
物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。
しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。
「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」
身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。
堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。
数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。
妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる