亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Side story ¦ ルシウス

07

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 ――実はルシウスに頼みたいことがあるの。

 だから、彼女からそう言われた時、俺は素直に嬉しかった。漸く頼ってくれる気になったのか、と。彼女が求めてくれるなら、俺を必要としてくれるのなら、もちろん何だってしてやれる、と意気込みもした。――だから、

 ――私を、“姉”に変えてくれないかしら。

 形の良いやわらかな唇から告げられた言葉に、俺は言葉を失い、目を大きく見開かせたまま、暫く何も言えなかった。今まで一度も魔塔へ来たことのないリシェルが、侍女も連れずにひとりでわざわざ俺を訪ねにやって来たという、そもそもその時点で全てを疑うべきだったのかもしれない。いつもの彼女ではない、と。そして、彼女がよからぬことを胸の内に抱えているのではないだろうか、と。

 もちろん俺は断固として拒絶した。いくらリシェルからの頼みとはいえ、“アルベルトの為に姉に偽装する”なんて馬鹿げたことを認められるわけがない。それを言い出したのが彼女の両親であると聞かされた時には、腸が煮え返ったものだ。お前たちの娘はオリヴィアだけじゃないだろう、と。リシェルもお前たちの大事な大事な娘のひとりだろう、と。彼女の心よりも、娘婿――ひいては侯爵家――のことがそんなにも大事なのか、とも。そして、それをすんなりと受け入れたリシェル自身にも、俺はどうしようもないほど腹が立ってしかたがなかった。

 そんなことはやめておけ、と、俺は何度も言った。何度も何度も言い聞かせた。時には語気を強めてまで。
 アルベルトがオリヴィアではなく、リシェル自身を愛してくれるのならそれで良い。けれど、そうには決してならないことは明白だった。考えるまでもない。オリヴィアを亡くしてからのあの男は、最愛の妻の亡霊を探し続ける廃人同然の状態なのだから。アルベルトが求めているのは“オリヴィア”であって、“リシェル”ではない。そしてリシェルはそれら全てを分かっていながら、“オリヴィア”になることを決めている。
 ふざけるな、と、幾度吐き捨てただろう。ただ“瓜二つの顔をした双子の妹”というだけで、何故リシェルが犠牲にならなければならないのか。その理不尽を、俺はどうしても納得することが出来なかった。出来るわけがない。

 ――オリヴィアになれるのは、私だけだから。

 そう言って力なく微笑んだ彼女の、僅かに潤んだ瞳が今も脳裏に焼き付いて離れない。アルベルトの為なら苦ではない、とリシェルは言っていたけれど。そんのはどう考えてもあり得ない。彼女の感覚が鈍っているか、或いは“恋心”に囚われてしまっているが故に思考が騙されているだけだ。普通に考えれば、彼女が幸福であれるはずがないというのは、火を見るよりも明らかなのだから。アルベルトは未だにオリヴィアを愛している。魂が天へ昇り、遺体を棺の中に納め、墓標を立てた土の下に静かに眠らせた今でもなお。彼はただただ一途に、オリヴィアだけを想い続けている。
 そんなアルベルトへ差し出されるリシェルは、ただの“身代わり”だ。瓜二つの顔をした双子であるからこそ成り立つ、残酷な生贄。そんな馬鹿げた話を、どうやって受け入れろというのだろう。
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