亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Side story ¦ ルシウス

06

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 妻を失ったアルベルトの憔悴ぶりは言うまでもなかったが、それはリシェルもまた同じことだった。アルベルトや両親の前では、疲労も悲しみも、何もかも隠そうと取り繕っていた彼女だが、ぎりぎりのところで踏ん張っているに過ぎないのは、誰の目にも明らかだった。少なくとも、俺の目には。

 大切な娘を亡くして自室に引き籠もりがちになった母親。そんな彼女を気遣い、常に寄り添う父親。独りぼっちの食事が多くなった、と、屋敷の使用人に聞いてから、俺はなるべく頻繁に彼女のもとを訪ねるようにした。徹夜をして仕事を片付けたり、短いスケジュールの間に無理矢理用事を詰め込んだりして。どうにか時間を捻出し、俺は足繁く彼女の顔を見に通った。同僚や部下からは呆れられ、今や「君は俺の専属だろう?」などとのたまう王太子には苦笑を漏らされもしたけれど。周りがどう思おうと、俺は一切気にしなかった。そもそも周りのことなど関係がない。リシェルさえ支えられれば、他のことはもうどうでも良かった。

 食事はなるべくふたりでした。時には彼女の好物を持ち込み、それをふたりでつつきながら星を眺めたりもした。下らない話をしたり、カードゲームやチェスをしたり。しかしそうしている最中も、彼女はどこか上の空だった。身体も意識も現実にあるのに、心だけがここにないような、ぼんやりとした紫色の瞳。姉を亡くした悲しみだけでなく、アルベルトが日々壊れてゆくのにひどく胸を痛めていることは、知っていた。そのせいだと分かれば分かるほど、遣る瀬無さばかりが募る。結局あの男か、と。何でもかんでもあの男なのか、と。

 それでも、彼女を支える決意が揺らぐことは、決してなかった。「君はまるで騎士のようだね」と、いつだったか殿下に言われたことがある。姫に忠誠を誓う従順な騎士だ、と。今どき珍しいもんだ、とも。反論をしなかったのは、返す言葉を見つけられなかったからだ。何を言ったところでこの人には真意を見抜かれるのだろう、と分かっていたから。

 酒を飲まないリシェルの為に、任務で赴いた国々で珍しい茶葉を見つけると、それを買って手紙と共に送り届けたり、或いは久々の休暇を使って遊びに連れ出すこともした。昔のように草原を駆け回るようなことはしなかったけれど。マーケットの露店で串焼きを買ったり、果物を頬張ったり、人気のない場所でぼんやりと時間を過ごしたり。アルベルトや両親の絶望に呑み込まれてしまわないよう、彼らから少しでもリシェルを切り離してやりたかった。遠いところまで。

 そんな俺に、彼女は何も求めなかった。時折切なく微笑んで、かと思えばハッと我に返ったように、満面の笑みを浮かべる。気遣いの含まれた、空元気を装った造り物の笑顔。そんなもので俺を騙せるなどとは、彼女は少しも思ってはいなかっただろう。言葉はなくとも、互いにそう通じ合えるだけの繋がりが俺たちの間にあることを、俺もリシェルも十分に分かっていたのだから。
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