亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃

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Side story ¦ ルシウス

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「……このままでは、彼女は本当に、戻れないところまで壊れてしまう」

 そうさせたのはお前たちだろう、と、勢いよく飛び出しそうになった怒声を、既の所で呑み込む。彼女の両親が提案さえしなければ、アルベルトが拒絶さえしていれば、リシェルは深く傷つくことも、ひどく追い詰められることもなかったのだ。そうだというのに、何故今更そんなことをほざくのだろう。そんな奴の気が知れない、と思った。知りたくもない、とも。“分かっていながらやっていた”アルベルトがそれを言うというのが、何よりも腹立たしかった。彼女を壊したのは、お前たちだろう。

 けれど――。胸倉を掴む手の力をゆっくりと緩めながら、俺は唇に忌々しく奥歯を突き立てた。彼女を壊したのは、両親であり、アルベルトであり、そして他ならぬ俺自身だ。何だかんだと結果的には折れ、彼女の頼みを聞いて、瞳の色や泣きぼくろを変えたのは俺なのだから。あそこで無理矢理引き留めていれば。強引に連れ去ってでもいれば。彼女はこんなにも傷つかずに済んだのだ。リシェルを護りたいと思っていながら。彼女だけは何が何でも護り抜こうと誓っていながら――。
 俺もまた、同じ罪を背負っている。両親と、アルベルトと同じものを。彼らと俺は、何も変わらない。誰よりも大切にしたかったはずのリシェルを、俺は自らの手で壊してしまったのだから。アルベルトをこれ以上責めることなど、出来るはずがない。

「だから、彼女をここから連れ出して……幸せにしてあげてほしい」

 そう言いながら浮かべられた笑みは、穏やかで、優しさに満ちたものだった。リシェルの幸せを本心で願っていると、そうひと目見て分かる笑顔。
 そんな表情が出来るのなら、どうして今まで彼女に対しそんな顔をしてやらなかったのだろう。一度でもいいからそれを、“オリヴィア”を演じるリシェルに対して向けてやれば。ちゃんとリシェル自身を見て言っているのだと気付かせてやれば。もしかしたら彼女は、どこかで諦めをつけたかもしれない。

 けれど結局それもまた、自分の罪から目を逸らす為のものでしかない、と。胸の内で自嘲を漏らしながら、俺はゆっくりと瞬く。俺たちは全員馬鹿なんだ。馬鹿で愚かで。だから揃いも揃って、不幸になる道ばかり選んできてしまった。脆く歪な関係に繋がれたまま。それから逃れる術からも顔を背けて。

「……お前がリシェルを、幸せにしてやればいいだろ」

 身体を一周回った末に、ひりつく唇の隙間からこぼれ出た声は、微かに震えていた。“オリヴィア”がリシェルだと分かっているのなら、そのまま彼女を愛し、大切にしてやればいいだろう――。そう思っているのは、しかし本心なのかそうでないのか、判然としなかった。無論、リシェルを誰にも渡したくない、と思っている。彼女の一番傍にいたい、とも。けれど、アルベルトを未だ一途に想い続けるリシェルの気持ちを尊重するのなら、長年恋し続けてきたアルベルトに大切にされるのが、彼女にとっては何よりの幸せだろう。

 けれどアルベルトは、まるで全てを見透かしているかのように、静かに目を細めた。脆く痛々しい、見ているだけで胸を締め付けられる、翳りを含んだ笑み。

「それは、出来ない」

 きっぱりとた口調でそう言い放ったアルベルトの目の端から、大粒の涙が一筋こぼれ落ちる。白い頬に残る濡れた跡を見つめ、俺は、ああ――と今更ながらに悟ってしまった。結局は彼も“犠牲者”のひとりなのだ、と。
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