43 / 50
Side story ¦ ルシウス
12
しおりを挟む
「……このままでは、彼女は本当に、戻れないところまで壊れてしまう」
そうさせたのはお前たちだろう、と、勢いよく飛び出しそうになった怒声を、既の所で呑み込む。彼女の両親が提案さえしなければ、アルベルトが拒絶さえしていれば、リシェルは深く傷つくことも、ひどく追い詰められることもなかったのだ。そうだというのに、何故今更そんなことをほざくのだろう。そんな奴の気が知れない、と思った。知りたくもない、とも。“分かっていながらやっていた”アルベルトがそれを言うというのが、何よりも腹立たしかった。彼女を壊したのは、お前たちだろう。
けれど――。胸倉を掴む手の力をゆっくりと緩めながら、俺は唇に忌々しく奥歯を突き立てた。彼女を壊したのは、両親であり、アルベルトであり、そして他ならぬ俺自身だ。何だかんだと結果的には折れ、彼女の頼みを聞いて、瞳の色や泣きぼくろを変えたのは俺なのだから。あそこで無理矢理引き留めていれば。強引に連れ去ってでもいれば。彼女はこんなにも傷つかずに済んだのだ。リシェルを護りたいと思っていながら。彼女だけは何が何でも護り抜こうと誓っていながら――。
俺もまた、同じ罪を背負っている。両親と、アルベルトと同じものを。彼らと俺は、何も変わらない。誰よりも大切にしたかったはずのリシェルを、俺は自らの手で壊してしまったのだから。アルベルトをこれ以上責めることなど、出来るはずがない。
「だから、彼女をここから連れ出して……幸せにしてあげてほしい」
そう言いながら浮かべられた笑みは、穏やかで、優しさに満ちたものだった。リシェルの幸せを本心で願っていると、そうひと目見て分かる笑顔。
そんな表情が出来るのなら、どうして今まで彼女に対しそんな顔をしてやらなかったのだろう。一度でもいいからそれを、“オリヴィア”を演じるリシェルに対して向けてやれば。ちゃんとリシェル自身を見て言っているのだと気付かせてやれば。もしかしたら彼女は、どこかで諦めをつけたかもしれない。
けれど結局それもまた、自分の罪から目を逸らす為のものでしかない、と。胸の内で自嘲を漏らしながら、俺はゆっくりと瞬く。俺たちは全員馬鹿なんだ。馬鹿で愚かで。だから揃いも揃って、不幸になる道ばかり選んできてしまった。脆く歪な関係に繋がれたまま。それから逃れる術からも顔を背けて。
「……お前がリシェルを、幸せにしてやればいいだろ」
身体を一周回った末に、ひりつく唇の隙間からこぼれ出た声は、微かに震えていた。“オリヴィア”がリシェルだと分かっているのなら、そのまま彼女を愛し、大切にしてやればいいだろう――。そう思っているのは、しかし本心なのかそうでないのか、判然としなかった。無論、リシェルを誰にも渡したくない、と思っている。彼女の一番傍にいたい、とも。けれど、アルベルトを未だ一途に想い続けるリシェルの気持ちを尊重するのなら、長年恋し続けてきたアルベルトに大切にされるのが、彼女にとっては何よりの幸せだろう。
けれどアルベルトは、まるで全てを見透かしているかのように、静かに目を細めた。脆く痛々しい、見ているだけで胸を締め付けられる、翳りを含んだ笑み。
「それは、出来ない」
きっぱりとた口調でそう言い放ったアルベルトの目の端から、大粒の涙が一筋こぼれ落ちる。白い頬に残る濡れた跡を見つめ、俺は、ああ――と今更ながらに悟ってしまった。結局は彼も“犠牲者”のひとりなのだ、と。
そうさせたのはお前たちだろう、と、勢いよく飛び出しそうになった怒声を、既の所で呑み込む。彼女の両親が提案さえしなければ、アルベルトが拒絶さえしていれば、リシェルは深く傷つくことも、ひどく追い詰められることもなかったのだ。そうだというのに、何故今更そんなことをほざくのだろう。そんな奴の気が知れない、と思った。知りたくもない、とも。“分かっていながらやっていた”アルベルトがそれを言うというのが、何よりも腹立たしかった。彼女を壊したのは、お前たちだろう。
けれど――。胸倉を掴む手の力をゆっくりと緩めながら、俺は唇に忌々しく奥歯を突き立てた。彼女を壊したのは、両親であり、アルベルトであり、そして他ならぬ俺自身だ。何だかんだと結果的には折れ、彼女の頼みを聞いて、瞳の色や泣きぼくろを変えたのは俺なのだから。あそこで無理矢理引き留めていれば。強引に連れ去ってでもいれば。彼女はこんなにも傷つかずに済んだのだ。リシェルを護りたいと思っていながら。彼女だけは何が何でも護り抜こうと誓っていながら――。
俺もまた、同じ罪を背負っている。両親と、アルベルトと同じものを。彼らと俺は、何も変わらない。誰よりも大切にしたかったはずのリシェルを、俺は自らの手で壊してしまったのだから。アルベルトをこれ以上責めることなど、出来るはずがない。
「だから、彼女をここから連れ出して……幸せにしてあげてほしい」
そう言いながら浮かべられた笑みは、穏やかで、優しさに満ちたものだった。リシェルの幸せを本心で願っていると、そうひと目見て分かる笑顔。
そんな表情が出来るのなら、どうして今まで彼女に対しそんな顔をしてやらなかったのだろう。一度でもいいからそれを、“オリヴィア”を演じるリシェルに対して向けてやれば。ちゃんとリシェル自身を見て言っているのだと気付かせてやれば。もしかしたら彼女は、どこかで諦めをつけたかもしれない。
けれど結局それもまた、自分の罪から目を逸らす為のものでしかない、と。胸の内で自嘲を漏らしながら、俺はゆっくりと瞬く。俺たちは全員馬鹿なんだ。馬鹿で愚かで。だから揃いも揃って、不幸になる道ばかり選んできてしまった。脆く歪な関係に繋がれたまま。それから逃れる術からも顔を背けて。
「……お前がリシェルを、幸せにしてやればいいだろ」
身体を一周回った末に、ひりつく唇の隙間からこぼれ出た声は、微かに震えていた。“オリヴィア”がリシェルだと分かっているのなら、そのまま彼女を愛し、大切にしてやればいいだろう――。そう思っているのは、しかし本心なのかそうでないのか、判然としなかった。無論、リシェルを誰にも渡したくない、と思っている。彼女の一番傍にいたい、とも。けれど、アルベルトを未だ一途に想い続けるリシェルの気持ちを尊重するのなら、長年恋し続けてきたアルベルトに大切にされるのが、彼女にとっては何よりの幸せだろう。
けれどアルベルトは、まるで全てを見透かしているかのように、静かに目を細めた。脆く痛々しい、見ているだけで胸を締め付けられる、翳りを含んだ笑み。
「それは、出来ない」
きっぱりとた口調でそう言い放ったアルベルトの目の端から、大粒の涙が一筋こぼれ落ちる。白い頬に残る濡れた跡を見つめ、俺は、ああ――と今更ながらに悟ってしまった。結局は彼も“犠牲者”のひとりなのだ、と。
83
あなたにおすすめの小説
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される
Narian
恋愛
アイリスの夫ロイは、新婚の頃から金髪の愛らしい幼馴染・フローラに夢中で、妻には見向きもしなかった。
夫からは蔑ろにされ、夫の両親からは罵られ、フローラからは見下される日々。そしてアイリスは、ついに決意する。
「それほど幼馴染が大切なら、どうぞご自由に。私は出て行って差し上げます」
これは、虐げられた主人公が、過去を断ち切り幸せを掴む物語。
※19話完結。
毎日夜9時ごろに投稿予定です。朝に投稿することも。お気に入り登録していただけたら嬉しいです♪
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる