普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ

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第5章 フローズン・ファンタズム

86 フローズン・ファンタズム

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「お疲れ様でございます、姫様」

 柔らかで温かく、けれどねっとりと絡みつくような声が闇の中から静かに響いた。
 どこか高揚したようなその声は若干浮き足立っていて、機嫌の良さを窺わせた。

 私は慌てて氷室さんを放し、声がした背後に向く。
 その場にいた全員が、その声に一定の嫌悪感を抱いて顔を動かした。

 クロアさんが、闇の影からぬるりと現れた。
 黒い日傘を優雅に傾けて、黒いドレスをはためかせ、足取り軽くこちらへと歩み寄ってきた。
 闇に映える白い顔はにんまりと綻んでいて、悦に入っているようだった。

「クロアさん……!」

 私は思わず身を乗り出して叫んだ。
 そのまま駆け寄りそうになるのを、氷室さんが私の腕を掴むことで押さえる、
 今日私たちがしてきた戦いを裏で仕組んでいたのはクロアさんだ。
 私たちは私たちの事情で戦ったけれど、そこに他人の思惑が絡んでいると言われると、とても気持ち悪かった。

「姫様、ご無事でなによりでございます。わたくしはホッと致しました」
「ホッとしたって、全部クロアさんが仕向けたことじゃないですか……!」

 カールした黒髪を揺らしながら、クロアさんは楽しげにルンルンとしていた。
 私が噛み付いても意に介しておらず、上機嫌のまま私のことをゆったりと見る。

「そうお怒りにならないでくださいませ。必要なことでしたのですよ。姫様にとって」
「必要なことって……クロアさんは、どうしてこんなことを……」
「申したではありませんか。全ては姫様のことを思えばこそ。私は心より、姫様をお慕いしておりますので」

 恭しく頭を下げるクロアさん。
 本心でそう言っているであろうことはなんとなくわかるけれど、その仕草はどこかパフォーマンスじみていた。
 大仰に私を崇めているけれど、その心の内は決して明かそうとはしない。

「色々ごちゃごちゃ言ってやがるが、結局俺たちをお前の都合の良いよう利用しやがったって、そういうことか」

 レオが顔をしかめ、苛立ちを隠すことなく一歩前に出て言った。
 今にも攻撃を仕掛けそうな怒りと殺意に満ちた声にも、クロアさんは全く動じなかった。

「とんでもございません。わたくしは飽くまで、皆様の橋渡しをして差し上げたまで。利用など、とんでもない」
「けれどあなたは、私たちをの戦いを自分の都合の良いようにコントロールした。それは否定できないでしょう?」
「そうですねぇ。わたくしの都合と申しますか、姫様のためなのですけれどねぇ」

 アリアの追求にクロアさんは困ったように眉を寄せた。
 飽くまで私のためというクロアさん。
 思えばこの人はずっとそう言い続けている。

「例え、もしそうだったとしても、私はこんなやり方は嫌でした。誰かに仕組まれて、演出されたような戦いなんて……」
「ですが得られたものはありましたでしょう? それに、ではありませんか」
「…………! そういう問題じゃ……!」

 確かに必要な戦いだった。
 レオとちゃんとぶつかることができたし、二人とわかり合うことはできた。
 氷室さんもロード・スクルドに打ち勝って、過去を克服した。
 でも、そういう問題じゃない。

「結果が良かったからとか、そういう問題じゃないんです。クロアさん、私たちには私たちの心がある。それを無視してクロアさんがしたことは、私たちを踏みにじる行為です……!」
「そう、でございますか。残念です……」

 クロアさんはシュンと項垂れた。
 まるで叱られた子供のように眉を下げ、肩を落としてしまった。
 けれど意気消沈してしまったわけでもなく、その黒い瞳には強い意志が宿っていた。

「それは、わたくしの不徳の致すところ。配慮が至らなかったことにはお詫びを申し上げましょう。ですが姫様。わたくしの気持ちもまた、どうかご理解頂ければと」
「クロアさんの気持ち……?」

 シュンとしながらも意思は曲げず、芯の通った言葉を放つクロアさん。
 口元には静かに笑みを浮かべて、私のことを慈しむように見てきた。
 感情の混ざり合ったその表情に、私は少し鳥肌が立った。

「わたくしは、あなた様を愛しております。とてもとても愛おしく思っております。わたくしにとっては、何よりも姫様が一番なのです。ですので時折、周りのことが見えなくなってしまうのです。どうかお許しください」
「そ、そんなこと言われても……」

 しな垂れ縋るように言うクロアさんに、私は少したじろいでしまった。
 けれどそんな一方的な感情を言われても、困る。
 クロアさんは私のためと言うけれど、それが私のためになっているとはあまり思えない。
 私のためになりきっていない、という感じなのかな。
 クロアさんが見ているのは結局、お姫様の私なんだ。

「……例えあなたに悪意がなかったとしても、やっぱり私はクロアさんのやったことを受け入れることはできません。私だけならともかく、私の友達を巻き込んだあなたのことは」

 私だけが被害を被るだけなら仕方ない。
 元はと言えば私が原因なんだから。
 けれど氷室さんやレオ、アリアもクロアさんの思惑に組み込まれて踊らされた。
 それはやっぱり許せないことだ。

「左様でございますか…………まぁ、今は致し方ありませんね。いずれ、ご理解頂ける時が来るでしょう」

 クロアさんは小さく溜息をついてポツリと呟いた。
 聞き分けの悪い子供に困っているような、そんな顔で。

「わたくしが望んだものは大方叶いました。もちろん、思うようにいかぬ事もありましたが……」

 クロアさんは目を細め、氷室さんの方に控えめに目を向けた。
 それからすぐに私に向いてにっこりと微笑んだ。

「封印の解放への下準備は順調です。その時は近いでしょう。ですので姫様は心積もりを。わたくしたちがわかり合える日も、そう遠くはないかと」
「…………」

 私たちがわかり合える日。それって何なんだろう。
 私の記憶と力が戻れば、私はワルプルギスの側につくと確信しているような言い方。
 思えばレイくんもそんなようなこと言っていた。
 私がワルプルギスのやり方を受け入れられる日なんて、来るのかな。

「本日はこれにて失礼致します。わたくしはただ、少しばかりご挨拶をと思っていただけですし。皆様、お騒がせを致しました」
「待って。まだ話は────」
「そう焦らずとも、またすぐに会えますよ」

 クロアさんはにっこりと微笑んでからくるりと背を向けた。
 もう思い残すものはないと、勝手に満足して立ち去ろうとしている。
 私が呼び止めようと身を乗り出した時だった。

「見逃すと思うか……!」

 突如クロアさんの周りに無数の氷の剣が現れて取り囲んだ。
 クロアさんの姿を覆い隠すほどに作り出された大量の氷の剣は、その鋒を向けて刃の檻となる。

「この私を都合よく利用して、生きて帰れると思ったか! 魔女風情が……!」

 私たちの後ろでロード・スクルドが弱々しく立ち上がりながら、クロアさんに向けて手を向けていた。
 怒りに満ちた声を上げ、取り囲む剣を差し向けようとした時。
 クロアさんの足元から闇が吹き出して鞭のように暴れまわり、全ての剣を弾き落としてしまった。

「お控え下さい、姫様の御前ですよ」

 ゆっくりと振り返り、クロアさんはしっとりとたしなめた。
 魔法使いの魔法を物ともせず、穏和な表情でロード・スクルドを見る。
 魔女にいとも簡単に魔法を払われたロード・スクルドは、言葉を失って膝をついた。

「ご無理をなさいませんよう。皆様は今満身創痍。わたくしと戯れるには些かばかり元気が足りていない事でしょうから」

 クロアさんの言葉はねっとりと、私たちの心に闇を染み込ませるように黒々としていた。
 その言葉に誰も言い返せなかった。
 今この場で、転臨した魔女とまともに戦える体力が残っている人はいないから。

「それでは姫様、御機嫌よう。今は勝利の余韻に浸る時。わたくしのことはどうかお気になさらずに」
「っ…………」

 にっこりと、まるで何事もなかったかのような温かな笑みを浮かべて、クロアさんは闇へと溶けてしまった。それをもう誰も追おうとはしない。
 クロアさんに掻き回された私たちだけれど、彼女を追ったところで意味はないと、みんなわかっていた。
 彼女の思惑はともかく、結局私たちは自分のために戦ったんだから。

「────大丈夫……?」
「うん、大丈夫だよ。今はもう、いいよ……」

 クロアさんが消えた静寂の中、氷室さんがポツリと尋ねてきた。
 ポーカーフェイスは変わらず、けれど綺麗なスカイブルーの瞳は心配そうにキラキラと揺らめいている。

 クロアさんのしたことに未だ納得はできていないけれど、でもそれを気にしていても仕方がない。
 鍵のことも含め、来るべき時に決着をつけることになると思うから。
 だから今は、今この時に気持ちを向けよう。

「……それよりも氷室さん、ありがとうね。私のこと信じてくれて。見守ってくれて、待っていてくれて。ちゃんとお礼、言えてなかったから」
「……私の、方こそ。私のことを、見ていてくれてありがとう」

 私たちは手を取り合って、改めて感謝を言葉にした。
 他人の思惑が混ざり合ったり、横槍が入ったり、色んなことはあったけれど。
 私たちが問題に決着をつけられたのは、お互いを想い合って、信じ合ったからだ。
 きっと一人では、乗り越えられなかった。

 これからも乗り越えなければいけない壁は沢山ある。
 解決しなければいけない問題は沢山ある。
 私の記憶と力、『まほうつかいの国』との関係、ワルプルギスとの関係、そして、ドルミーレのこと。
 レオとアリアとの今後のことも、まだ全てがまとまったわけじゃない。
 その沢山の問題には、一人では立ち向かえないかもしれない。
 でも、氷室さんと一緒なら頑張っていけると思う。

 私がまだ知らない過去の真実は、かつて夢見た幻想のように、儚く定かではない。
 そしてそれらは凍りついたように閉ざされていて、未だ溶かすことはできない。
 凍りついたかつての幻想。でもそれは、確かに今の私に通じている。

 決別したい過去や、取り戻したい過去。
 過ぎ去ってしまったものは変えようがなく、そして手を伸ばしても届かない。
 でも新たな希望を元に、今という現実にもう一度夢を広げることはできる。

「何があっても、どうなっても、私は氷室さんの味方だよ。絶対に目を逸らしたりなんてしないから。だからこれからも、私の側にいてほしい」
「…………もちろん。私も、ずっとあなたの味方でいるから────アリスちゃん」

 氷室さんがにっこりと笑った。控えめだけれど、確かに笑顔と呼べるものを私に向けて、温かく。
 はらりと舞い降りてきて白い雪が、色白な彼女の笑顔に良く映えた。
 透き通るスカイブルーの瞳は、雪の白さに照らされて煌めく。
 はらはらと密やかに舞う雪と、それをまとった氷室さんは、あの日の光景を呼び覚ました。
 私たちが初めて会った雪の日を────

 過去を見つめ直し、昔に負けない今を作ろう。
 かつて夢見た幻想に勝る現実を描いていこう。
 凍りついた幻想が解けた時、今を誇れるように。
 私にならできる。氷室さんと一緒ならきっと。
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