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体罰
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王太子との仲が良くなくても、王宮に呼ばれて妃教育を受けなければならない。王妃は伯爵家の出で魔力も持ち合わせなかった。グレイスが公爵家の娘で、おまけに魔力があることが気に入らない。
「あなたは公爵令嬢ということを鼻にかけていらっしゃるようにお見受けしますわ。いくらお出来がよくとも顔に出すのはよくないわ」
「王妃殿下、決してそのような事は──」
王妃の側には行き遅れの先代王女や未婚の王女がいて、好き勝手なことを言う。
「お母様、いいことがありますわ。聖女様が現れたのでございましょう?」
「グレイス様はエドマンド殿下にもよく思われていらっしゃらないようだし、お飾りの王妃様で良いのではございませんの」
「それより、仕事だけするのなら側妃でもよろしいわよ」
王女たちがとんでもない事を言い出したが、王妃はそれを聞いてニヤリと笑った。未婚の姫たちと一緒になって、容姿や少しの言葉遣いにも容赦なくダメ出しが入ったり、厳格な教育係からは鞭打ちなど体罰を使った厳しい妃教育が続く。
やっと妃教育を終えて王妃の執務室から解放された。グレイスは馬車止めへと急いでいた。前方から来る賑やかな一団を見て少しだけ眉が寄る。
「グレイスじゃないか、今頃何の用だ」
先にエドマンドが気付いて嫌悪の感情をむき出しにする。
「まあ……」
メアリーは怖そうに王太子エドマンドの背中に隠れる。
「大丈夫ですよこんな奴、メアリー様が王太子妃になったらビシバシ扱き使ってやればいいのです」
「そうですよ」
「そうだメアリ―。お前が俺の妃になり王妃になる」
まだ決まっても居ないものを決定事項のように言う。メアリーはエドマンドに「本当?」と嬉しそうに聞く。エドマンドが蕩ける笑みを見せると「でも、この方に悪いわ」とべったりと身体を寄せながら口に手を持って行く。
すれ違う際に、その目が細く弓なりになって、手で隠した唇がニヤリと恐ろし気に歪むのをグレイスは見た。
グレイスの装備した仮面がひび割れて砕け散る。
◇◇
暫らくして、グレイスは父のリンスター公爵に呼ばれて執務室に行った。いつものように父の執事がドアを開けてくれる。
「お父様、お呼びですか」
公爵は娘の顔色が良くないのを見て内心おやと思った。
「お前にエルフルトの義姉から荷物が届いている」と、デスクの上の小さな紙袋を引き寄せて渡した。エルフルトはスレーベン連邦の首都だ。
「まあ、伯母様から」
娘の顔が綻ぶのを見て公爵の口元も少し綻ぶ。
「それは何だ」
父に聞かれてグレイスは「傷薬ですわ」と隠さず普通に答えた。公爵は娘の言葉に驚く。
リンスター公爵にはグレイスと三歳下の息子アリステアと二人しか子供はいない。アリステアは王都の学校で体調が悪くなり、現在はスレーベンの寄宿学校にいる。公爵は非常に子煩悩で子供を大事にしていると自分で思っていた。しかし、その前に愛妻家で、その前に仕事人間である。
「どこか怪我をしているのかね」と非常に低い声で聞く。
「最近、妃教育の体罰がきつくて──」
何でもない事のようにグレイスは答えた。
「この前、伯母様に伝書鳥のお手紙を頂いて、お返事のついでに聞きましたら良い薬があると。痕になってはいけませんし」と無邪気に首を傾げる。
伝書鳥は手紙を魔力で飛ばす。便箋のように綴ってある魔法紙に手紙を書いて、魔法陣を描き起動すると鳥の形になって飛んで行く。
この伝書鳥に流す魔力はそんなに多くはないけれど、この国の殆んどの人は魔力がないので飛ばせない。
公爵は皆まで聞かずに立ち上がってずかずかと娘の側まで歩み寄る。
「見せなさい」
「え」
「傷だ」
「嫌ですわ」
「見せなさい」
そこに公爵夫人が部屋に入って来た。
「どうしました?」
そして娘のドレスを脱がそうとする夫を見た。
「まあ、何をなさいますの!」
夫人は娘を庇って夫の頬を平手打ちする。
「違う、誤解だっ」
「奥様、誤解でございます。旦那様も落ち着いて下さい」
執務室の隅で息を殺していた執事が慌てて間に入って取り成した。
グレイスは医者を呼ばれて、母親立会いのもとで治療を受けた。母はもう倒れそうな風情で娘の背中や臀部に走る傷痕を凝視し「ゆ、許せませんわ」と、口惜し気に唇を噛む。
「許せん」
部屋を追い出された公爵も、怒りに震える愛妻を抱き寄せ無念の滲む声で言う。
「治りましょうか」
ひとりグレイスだけがのんびり医者に聞く。
「この薬を使えば痕は残らないと存じますが、危ない所でしたな」
医者の言葉に余計に憤怒の表情になる両親を横目に「お茶を頂きましょう。お父様、お母様、先生も召し上がれ」と平常運転のグレイスに呆れる両親であった。
グレイスは両親に言っておかなければならないことがある。父の執務室で父と母を前にして改めて告げる。
「わたくしはお飾りの王妃になるか、側妃としてこき使われると王女様方より伺いました」
両親はより一層怒ったがグレイスは「わたくしはエドマンド殿下に何も思いはございませんし、婚約破棄されてもよいのです」と自分の思いを改めて述べた。
「まあ、グレイス」
母はグレイスを抱きしめ、父は腕を組んで考え込んでしまった。
「あなたは公爵令嬢ということを鼻にかけていらっしゃるようにお見受けしますわ。いくらお出来がよくとも顔に出すのはよくないわ」
「王妃殿下、決してそのような事は──」
王妃の側には行き遅れの先代王女や未婚の王女がいて、好き勝手なことを言う。
「お母様、いいことがありますわ。聖女様が現れたのでございましょう?」
「グレイス様はエドマンド殿下にもよく思われていらっしゃらないようだし、お飾りの王妃様で良いのではございませんの」
「それより、仕事だけするのなら側妃でもよろしいわよ」
王女たちがとんでもない事を言い出したが、王妃はそれを聞いてニヤリと笑った。未婚の姫たちと一緒になって、容姿や少しの言葉遣いにも容赦なくダメ出しが入ったり、厳格な教育係からは鞭打ちなど体罰を使った厳しい妃教育が続く。
やっと妃教育を終えて王妃の執務室から解放された。グレイスは馬車止めへと急いでいた。前方から来る賑やかな一団を見て少しだけ眉が寄る。
「グレイスじゃないか、今頃何の用だ」
先にエドマンドが気付いて嫌悪の感情をむき出しにする。
「まあ……」
メアリーは怖そうに王太子エドマンドの背中に隠れる。
「大丈夫ですよこんな奴、メアリー様が王太子妃になったらビシバシ扱き使ってやればいいのです」
「そうですよ」
「そうだメアリ―。お前が俺の妃になり王妃になる」
まだ決まっても居ないものを決定事項のように言う。メアリーはエドマンドに「本当?」と嬉しそうに聞く。エドマンドが蕩ける笑みを見せると「でも、この方に悪いわ」とべったりと身体を寄せながら口に手を持って行く。
すれ違う際に、その目が細く弓なりになって、手で隠した唇がニヤリと恐ろし気に歪むのをグレイスは見た。
グレイスの装備した仮面がひび割れて砕け散る。
◇◇
暫らくして、グレイスは父のリンスター公爵に呼ばれて執務室に行った。いつものように父の執事がドアを開けてくれる。
「お父様、お呼びですか」
公爵は娘の顔色が良くないのを見て内心おやと思った。
「お前にエルフルトの義姉から荷物が届いている」と、デスクの上の小さな紙袋を引き寄せて渡した。エルフルトはスレーベン連邦の首都だ。
「まあ、伯母様から」
娘の顔が綻ぶのを見て公爵の口元も少し綻ぶ。
「それは何だ」
父に聞かれてグレイスは「傷薬ですわ」と隠さず普通に答えた。公爵は娘の言葉に驚く。
リンスター公爵にはグレイスと三歳下の息子アリステアと二人しか子供はいない。アリステアは王都の学校で体調が悪くなり、現在はスレーベンの寄宿学校にいる。公爵は非常に子煩悩で子供を大事にしていると自分で思っていた。しかし、その前に愛妻家で、その前に仕事人間である。
「どこか怪我をしているのかね」と非常に低い声で聞く。
「最近、妃教育の体罰がきつくて──」
何でもない事のようにグレイスは答えた。
「この前、伯母様に伝書鳥のお手紙を頂いて、お返事のついでに聞きましたら良い薬があると。痕になってはいけませんし」と無邪気に首を傾げる。
伝書鳥は手紙を魔力で飛ばす。便箋のように綴ってある魔法紙に手紙を書いて、魔法陣を描き起動すると鳥の形になって飛んで行く。
この伝書鳥に流す魔力はそんなに多くはないけれど、この国の殆んどの人は魔力がないので飛ばせない。
公爵は皆まで聞かずに立ち上がってずかずかと娘の側まで歩み寄る。
「見せなさい」
「え」
「傷だ」
「嫌ですわ」
「見せなさい」
そこに公爵夫人が部屋に入って来た。
「どうしました?」
そして娘のドレスを脱がそうとする夫を見た。
「まあ、何をなさいますの!」
夫人は娘を庇って夫の頬を平手打ちする。
「違う、誤解だっ」
「奥様、誤解でございます。旦那様も落ち着いて下さい」
執務室の隅で息を殺していた執事が慌てて間に入って取り成した。
グレイスは医者を呼ばれて、母親立会いのもとで治療を受けた。母はもう倒れそうな風情で娘の背中や臀部に走る傷痕を凝視し「ゆ、許せませんわ」と、口惜し気に唇を噛む。
「許せん」
部屋を追い出された公爵も、怒りに震える愛妻を抱き寄せ無念の滲む声で言う。
「治りましょうか」
ひとりグレイスだけがのんびり医者に聞く。
「この薬を使えば痕は残らないと存じますが、危ない所でしたな」
医者の言葉に余計に憤怒の表情になる両親を横目に「お茶を頂きましょう。お父様、お母様、先生も召し上がれ」と平常運転のグレイスに呆れる両親であった。
グレイスは両親に言っておかなければならないことがある。父の執務室で父と母を前にして改めて告げる。
「わたくしはお飾りの王妃になるか、側妃としてこき使われると王女様方より伺いました」
両親はより一層怒ったがグレイスは「わたくしはエドマンド殿下に何も思いはございませんし、婚約破棄されてもよいのです」と自分の思いを改めて述べた。
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母はグレイスを抱きしめ、父は腕を組んで考え込んでしまった。
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