5 / 42
一章 婚約破棄と断罪
05 アシーンの森
しおりを挟む
王宮の回廊をぐるぐると引き摺られて人気のない通用口を出ると、黒い馬車が待っていた。
(これ、罪人の馬車じゃないだろうか)
黒っぽい目隠しの付いた頑丈そうな馬車だ。護衛の兵士に引き渡される。そのまま馬車に押し込まれた。
その頃になって、かき混ぜられた記憶がようやく落ち着いて来た。
馬車に乗った時に、手に何かを持っている事に気が付く。
小さな瓶に入った何かの薬。誰がくれたんだろうこんなものを。
こんな時にくれるってことは毒薬だろうか。
そういえば悪役令嬢が断罪の後、毒を賜ることもあると本で読んだ。
馬車の外で護衛の兵士がいやらしく笑って話している。
「こいつ森に捨てるんだろ」
「どうせ魔獣に襲われて喰われてしまうだろう」
「その前に何をしてもいいよな」
「そのことについては何も聞いていないから、好きにすればいい」
護送馬車まで送ってきた黒髪蒼瞳の騎士が素っ気なく返事をした。
取り押さえた騎士ではなくて、彼はクロード殿下の後ろにいた筈だが、何でここまで来るんだろう。助ける気は無いのか無表情で知らん顔をしている。
こんな所で助けられても、王宮の警備兵がぞろぞろ出て来て一緒に殺されるだけだろうが。
この毒の瓶をくれたのは彼だろうか。どこかで見たような気がするけれど思い出せない。記憶障害だろうか。それよりも、男達が恐ろしい事を言っているのだが。
「それなら今夜からでも好きにするか」
「せいぜい良い思いをさせてやろうぜ」
「ああ、天国へな」
兵士たちが下卑た笑い声を上げながら馬車を出発させた。
冗談ではない。修道院ならまだしも、途中で乱暴されて殺されるとか嫌すぎる。
手の中にある毒の小瓶が自己主張する。これを飲んで早く楽になれと。
貰った小瓶を握りしめる。ガタゴト揺れる無骨な護送馬車の中で、心は大波に揺られる小舟のように揺れ動いた。
(どうしよう……)
毒を飲むか、凌辱されて殺されるか、大した選択肢もないのに──。
王都を出て街道を三時間も走ればアシーンの森がある。
森と言っていたから、多分そこだろう。
アシーンの森に着いたら馬車から引きずり出されて、私は護衛の男たちに無茶苦茶に乱暴されて殺されるのだ。
身体がゾクッと震える。嫌だ、何とかして逃げたい。
あの白い場所で、誰かが何かくれると言った。
この危機を乗り越えられる何をくれるのか。
藁にも縋る思いで心の中で念じた。
(ステータス、見せて!)
私の視界一杯に文字列が浮かび上がった。
名前 メリザンド
種族 人間 性別 女 年齢 十五歳
スキル 水魔法 生活魔法全般
ギフト 【救急箱】
称号 【転生者】
(出た!)
目を瞬いて画面を見易いように調整する。
ただのメリザンドになっている。もう貴族籍を剥奪されたのだ。父に捨てられて、私は貴族じゃなくて平民になってしまったのだ。
いつ死んでもいいように。
ああ、見事に何もない。水魔法と【救急箱】だけ。これでどうやって逃げろというのか。でも逃げなきゃ集団暴行殺人で殺される。そんなのは絶対に嫌だ。
【救急箱】に何か入っているだろうか?
ギフト【救急箱】を見る。
《消毒液。除光液》
(何でこんなものが入っているんだろう? 役に立つのか?)
ドキン!
何かの事件で見た記憶がある。
消毒薬は過酸化水素水だ。除光液はアセトンだ。混ぜ合わせれば爆発するらしい。物凄く不安定で、置いているだけでもいつ爆発するか分からない危険な代物らしいが──。
震える手で毒とそれを入れ替えて、ステータスを閉じた。
やり方は知らない。上手く爆発しても巻き込まれて死ぬだろう。
それでも──。
それでもこれ一択しかない。
私は液体の入ったボトルの蓋を開けた。
ガコン。
やがて嫌な音を立てて馬車が止まった。
王都の西、アシーンの森に着いたのか。
ドキン、ドキン、ドキン、ドキン……
ドアが開いた。
「オイ! 出ろ!」
舌なめずりをして、私を馬車の外に引き摺りだそうと手を伸ばす兵士と、その後ろでにやにやと笑っている男たち。その向こうは真っ暗なアシーンの森だ。
覚悟を決めた。
混ぜたものを兵士に投げる。点火。
『アクアシールド』
ドオンッ!!
シールドを展開したと同時に物凄い轟音と衝撃が来た。薄いシールドでは持たないだろうか。私の身体は衝撃と共に跳ね飛ばされた。
地面に何度もぶつかり跳ねた。最後はゴロゴロと転がって水の中に落ちた。
(これ、罪人の馬車じゃないだろうか)
黒っぽい目隠しの付いた頑丈そうな馬車だ。護衛の兵士に引き渡される。そのまま馬車に押し込まれた。
その頃になって、かき混ぜられた記憶がようやく落ち着いて来た。
馬車に乗った時に、手に何かを持っている事に気が付く。
小さな瓶に入った何かの薬。誰がくれたんだろうこんなものを。
こんな時にくれるってことは毒薬だろうか。
そういえば悪役令嬢が断罪の後、毒を賜ることもあると本で読んだ。
馬車の外で護衛の兵士がいやらしく笑って話している。
「こいつ森に捨てるんだろ」
「どうせ魔獣に襲われて喰われてしまうだろう」
「その前に何をしてもいいよな」
「そのことについては何も聞いていないから、好きにすればいい」
護送馬車まで送ってきた黒髪蒼瞳の騎士が素っ気なく返事をした。
取り押さえた騎士ではなくて、彼はクロード殿下の後ろにいた筈だが、何でここまで来るんだろう。助ける気は無いのか無表情で知らん顔をしている。
こんな所で助けられても、王宮の警備兵がぞろぞろ出て来て一緒に殺されるだけだろうが。
この毒の瓶をくれたのは彼だろうか。どこかで見たような気がするけれど思い出せない。記憶障害だろうか。それよりも、男達が恐ろしい事を言っているのだが。
「それなら今夜からでも好きにするか」
「せいぜい良い思いをさせてやろうぜ」
「ああ、天国へな」
兵士たちが下卑た笑い声を上げながら馬車を出発させた。
冗談ではない。修道院ならまだしも、途中で乱暴されて殺されるとか嫌すぎる。
手の中にある毒の小瓶が自己主張する。これを飲んで早く楽になれと。
貰った小瓶を握りしめる。ガタゴト揺れる無骨な護送馬車の中で、心は大波に揺られる小舟のように揺れ動いた。
(どうしよう……)
毒を飲むか、凌辱されて殺されるか、大した選択肢もないのに──。
王都を出て街道を三時間も走ればアシーンの森がある。
森と言っていたから、多分そこだろう。
アシーンの森に着いたら馬車から引きずり出されて、私は護衛の男たちに無茶苦茶に乱暴されて殺されるのだ。
身体がゾクッと震える。嫌だ、何とかして逃げたい。
あの白い場所で、誰かが何かくれると言った。
この危機を乗り越えられる何をくれるのか。
藁にも縋る思いで心の中で念じた。
(ステータス、見せて!)
私の視界一杯に文字列が浮かび上がった。
名前 メリザンド
種族 人間 性別 女 年齢 十五歳
スキル 水魔法 生活魔法全般
ギフト 【救急箱】
称号 【転生者】
(出た!)
目を瞬いて画面を見易いように調整する。
ただのメリザンドになっている。もう貴族籍を剥奪されたのだ。父に捨てられて、私は貴族じゃなくて平民になってしまったのだ。
いつ死んでもいいように。
ああ、見事に何もない。水魔法と【救急箱】だけ。これでどうやって逃げろというのか。でも逃げなきゃ集団暴行殺人で殺される。そんなのは絶対に嫌だ。
【救急箱】に何か入っているだろうか?
ギフト【救急箱】を見る。
《消毒液。除光液》
(何でこんなものが入っているんだろう? 役に立つのか?)
ドキン!
何かの事件で見た記憶がある。
消毒薬は過酸化水素水だ。除光液はアセトンだ。混ぜ合わせれば爆発するらしい。物凄く不安定で、置いているだけでもいつ爆発するか分からない危険な代物らしいが──。
震える手で毒とそれを入れ替えて、ステータスを閉じた。
やり方は知らない。上手く爆発しても巻き込まれて死ぬだろう。
それでも──。
それでもこれ一択しかない。
私は液体の入ったボトルの蓋を開けた。
ガコン。
やがて嫌な音を立てて馬車が止まった。
王都の西、アシーンの森に着いたのか。
ドキン、ドキン、ドキン、ドキン……
ドアが開いた。
「オイ! 出ろ!」
舌なめずりをして、私を馬車の外に引き摺りだそうと手を伸ばす兵士と、その後ろでにやにやと笑っている男たち。その向こうは真っ暗なアシーンの森だ。
覚悟を決めた。
混ぜたものを兵士に投げる。点火。
『アクアシールド』
ドオンッ!!
シールドを展開したと同時に物凄い轟音と衝撃が来た。薄いシールドでは持たないだろうか。私の身体は衝撃と共に跳ね飛ばされた。
地面に何度もぶつかり跳ねた。最後はゴロゴロと転がって水の中に落ちた。
67
あなたにおすすめの小説
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜
naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。
しかし、誰も予想していなかった事があった。
「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」
すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。
「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」
──と、思っていた時期がありましたわ。
orz
これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。
おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!
婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします
タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。
悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
私の風呂敷は青いあいつのよりもちょっとだけいい
しろこねこ
ファンタジー
前世を思い出した15歳のリリィが風呂敷を発見する。その風呂敷は前世の記憶にある青いロボットのもつホニャララ風呂敷のようで、それよりもちょっとだけ高性能なやつだった。風呂敷を手にしたリリィが自由を手にする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる