33 / 40
楠木結衣子5
しおりを挟む
私は、そこにいた“彼”を凝視した。
逆光でわかりづらかったが、彼は亡くなったはずの夫に似ていた。
「あ……の……」
そんなはずはないと思いながらも、私は確かめようとした。
心臓はどくどく鳴りっぱなしで、喉はカラカラだった。
「おかえりなさい、結衣子さん」
夫に似た低い声で、私の名前を呼んだ。
──でも、違う。
夫は──ケイは、私を「結衣子さん」と呼ばない。
落胆と同時にホッとする気持ちもあった。
しかし、それならば大きな問題点がある。
「あなた、一体誰なのよーーーー!?!?」
ようやく、現実に戻ってきた気がする。
夫に兄弟はいないはずだし、それに何より、どうやって入ったの!?
取り乱す私とは逆に、彼はいたって冷静だった。
「……あ! すみません! 初めまして、ですね!」
「そういうことじゃなくて!」
初めましてのあなたが、私の家に入り込んでいることが問題なのーー!!
「俺は、結衣子さんに育てていただいた種ですよ」
…………は?
もう、わけがわからなくてフラフラするのを、ぐっと堪えた。
種? そういえば、芽が出てたわね。
って、その場所は、植木鉢が置いてあったところ!
距離を保ちながら、慌てて植木鉢を確認した。
すると、彼の足がすっぽりと土の中に収まっていたのだ。
「はああああああああっ!? どういうこと!?!?」
「育ててくれてありがとうございます」
「嫁に行く娘みたいなこと言わないで!?」
しかも夫の声で!!
でも、足が土に埋まっているということは、そこから動けないということだ。
警戒は必要だけど、悪いことは出来なさそうね……。
「ちょっと、確認させて」
ようやく落ち着きを取り戻してきた私は、とりあえずいくつか質問してみることにした。
「あなた、一体何者なの?」
「俺は、結衣子さんに育てていただいた、人型植物です」
「人型植物?」
確かに、人間の姿をしているけれど……。
私は、彼の姿を見上げる。髪の色は違うが、まるで夫の等身大だ。
「はい。その名の通り、人型の植物です。なので、足はありません」
彼の足は、スネの真ん中あたりから土に埋まっていた。
少しだけ土を掘り返すと、そこからは普通に、植物の根になっていた。
「えぇと……それで、私はどうすればいいの? 正直、困惑しているのよ。普通に花が咲くものと思っていたから」
「そうですか。結衣子さんが困っているのなら仕方ありません。土から引っこ抜いて、数日放置していただければ、普通の草花と同じように枯れていきますので……」
と、彼は寂しそうに言った。
ひええええぇぇぇ。それってなんか、虐待してるみたいじゃないの。
その提案は、ひとまず置いておこう。
「じゃあ……食事は? 人間と同じものを食べるの?」
「いえ、俺は植物ですので。水と、たまに植物用栄養剤があれば」
そういえば、郡山くんと買い物に行った時に、栄養剤も買ったわよね。
食費に関しては、問題はなさそうね。
「あとは……。名前、そうよ、名前は?」
植物を名前で呼んだことなんてないが、人の姿をしてるなら名前があっても良さそうだ。
「名前は、ありません。結衣子さんがつけてください」
わぁ~~……。ペットや子どもならともかく、見た目50代くらいのオジサンに私が名前をつけるのかぁ~~。ちょっと、白目になりそうだった。
一瞬、夫の名前が過ぎったが、それは違う、と思い直した。
夫は亡くなった。私はそれを受け入れて一人で依を育ててきた。その事実を覆したくはなかった。
彼はケイじゃない。
私は、彼に名前をつけるために、じっくりと観察した。
人間離れした鮮やかなオレンジ色の頭髪。これはもしかしたら、花で言うところの花びら……? 目は、私たちと同じ黒目かと思ったが、とても透き通るような琥珀色だった。水分を含んでいて肌艶はいいし、体は茎や枝の部分にあたるのか、緑のスーツ姿だ。
体格は、スーツを着ていてもわかるほど、がっしりとしている。
見た目の年齢は50代くらい。本当に、夫が生きていたらこのくらいの年齢だわ。
「結衣子さん、くすぐったいです」
……ハッ、しまった!
つい熱が入りすぎて、彼の体をベタベタと触ってしまっていた。
「ご、ごめん。セクハラだよね……」
「セクハラ……とは、なんですか?」
ああ、生まれたばかりの植物だもんね……セクハラも知らないのか……。
「と、とにかく。不用意に触ってしまったのは、ごめんなさい」
「俺は、結衣子さんのために生まれた植物なので。結衣子さんの好きにしていいですよ」
ああああああああああーーーー!!
夫に似た顔で、声で微笑むのは反則だ。
私は、耐えられずに両手で顔を覆った。
私のために生まれたって、だから夫に似てるの!?
でも、似てはいるけど、瓜二つってわけではないのよね。
微妙にほくろの位置が違ったりとか。
それはどうしてだろう? と、彼に訊ねてみた。
「それは多分……。もう一人ご主人がいたからだと思います」
「もう一人、ご主人? あ、ああーー!!」
そうだ、彼は郡山くんとの「共同プロジェクト」のものだった!
私一人で名前をつけるのは、郡山くんに失礼かな……?
でも……。
『こんなの咲いたよ!』って、彼を郡山くんに見せられる……!?
いや、無理でしょ!
一体、誰に相談すれば……。
あ! 種をくれた女性!
彼女の花屋は、家と会社の間にある。最初に会った時も夜遅くまで店を開いていたみたいだから、まだやってるはず。スニーカーを持って、相談に行って来よう!
「ちょ、ちょっと待ってて! 30分くらい!」
私は、慌てて家を飛び出した。
あの時の裏路地まで急いで来た。
確か、花屋は十数メートル奥に入ったところ……のはずだったのだが。
「な、ない!?」
そこは、お店どころか何もなく、壁だった。
「嘘でしょ、場所を間違えた?」
もう少し奥まで進んでみるが、あるのは飲み屋ばかりで花屋はひとつもなかった。
あの日、私は確かに花屋へ連れられて、このスニーカーを借りて種をもらった。今思うと、あの女性はどこか不思議な感じのする人だった。夢じゃなかったとすると、あの女性は幽──。
いやいやいや! そ、そんなわけないでしょ。
雑念を振り払った。
しかし、これで相談できる人はいなくなってしまった。
肩を落として帰宅すると、彼は動けないのに嫌な顔ひとつせず待っていてくれた。
「おかえりなさい、結衣子さん」
それどころか、微笑んでさえくれる。
ああ、本当にどうしよう。
とんでもないものを育ててしまった。
逆光でわかりづらかったが、彼は亡くなったはずの夫に似ていた。
「あ……の……」
そんなはずはないと思いながらも、私は確かめようとした。
心臓はどくどく鳴りっぱなしで、喉はカラカラだった。
「おかえりなさい、結衣子さん」
夫に似た低い声で、私の名前を呼んだ。
──でも、違う。
夫は──ケイは、私を「結衣子さん」と呼ばない。
落胆と同時にホッとする気持ちもあった。
しかし、それならば大きな問題点がある。
「あなた、一体誰なのよーーーー!?!?」
ようやく、現実に戻ってきた気がする。
夫に兄弟はいないはずだし、それに何より、どうやって入ったの!?
取り乱す私とは逆に、彼はいたって冷静だった。
「……あ! すみません! 初めまして、ですね!」
「そういうことじゃなくて!」
初めましてのあなたが、私の家に入り込んでいることが問題なのーー!!
「俺は、結衣子さんに育てていただいた種ですよ」
…………は?
もう、わけがわからなくてフラフラするのを、ぐっと堪えた。
種? そういえば、芽が出てたわね。
って、その場所は、植木鉢が置いてあったところ!
距離を保ちながら、慌てて植木鉢を確認した。
すると、彼の足がすっぽりと土の中に収まっていたのだ。
「はああああああああっ!? どういうこと!?!?」
「育ててくれてありがとうございます」
「嫁に行く娘みたいなこと言わないで!?」
しかも夫の声で!!
でも、足が土に埋まっているということは、そこから動けないということだ。
警戒は必要だけど、悪いことは出来なさそうね……。
「ちょっと、確認させて」
ようやく落ち着きを取り戻してきた私は、とりあえずいくつか質問してみることにした。
「あなた、一体何者なの?」
「俺は、結衣子さんに育てていただいた、人型植物です」
「人型植物?」
確かに、人間の姿をしているけれど……。
私は、彼の姿を見上げる。髪の色は違うが、まるで夫の等身大だ。
「はい。その名の通り、人型の植物です。なので、足はありません」
彼の足は、スネの真ん中あたりから土に埋まっていた。
少しだけ土を掘り返すと、そこからは普通に、植物の根になっていた。
「えぇと……それで、私はどうすればいいの? 正直、困惑しているのよ。普通に花が咲くものと思っていたから」
「そうですか。結衣子さんが困っているのなら仕方ありません。土から引っこ抜いて、数日放置していただければ、普通の草花と同じように枯れていきますので……」
と、彼は寂しそうに言った。
ひええええぇぇぇ。それってなんか、虐待してるみたいじゃないの。
その提案は、ひとまず置いておこう。
「じゃあ……食事は? 人間と同じものを食べるの?」
「いえ、俺は植物ですので。水と、たまに植物用栄養剤があれば」
そういえば、郡山くんと買い物に行った時に、栄養剤も買ったわよね。
食費に関しては、問題はなさそうね。
「あとは……。名前、そうよ、名前は?」
植物を名前で呼んだことなんてないが、人の姿をしてるなら名前があっても良さそうだ。
「名前は、ありません。結衣子さんがつけてください」
わぁ~~……。ペットや子どもならともかく、見た目50代くらいのオジサンに私が名前をつけるのかぁ~~。ちょっと、白目になりそうだった。
一瞬、夫の名前が過ぎったが、それは違う、と思い直した。
夫は亡くなった。私はそれを受け入れて一人で依を育ててきた。その事実を覆したくはなかった。
彼はケイじゃない。
私は、彼に名前をつけるために、じっくりと観察した。
人間離れした鮮やかなオレンジ色の頭髪。これはもしかしたら、花で言うところの花びら……? 目は、私たちと同じ黒目かと思ったが、とても透き通るような琥珀色だった。水分を含んでいて肌艶はいいし、体は茎や枝の部分にあたるのか、緑のスーツ姿だ。
体格は、スーツを着ていてもわかるほど、がっしりとしている。
見た目の年齢は50代くらい。本当に、夫が生きていたらこのくらいの年齢だわ。
「結衣子さん、くすぐったいです」
……ハッ、しまった!
つい熱が入りすぎて、彼の体をベタベタと触ってしまっていた。
「ご、ごめん。セクハラだよね……」
「セクハラ……とは、なんですか?」
ああ、生まれたばかりの植物だもんね……セクハラも知らないのか……。
「と、とにかく。不用意に触ってしまったのは、ごめんなさい」
「俺は、結衣子さんのために生まれた植物なので。結衣子さんの好きにしていいですよ」
ああああああああああーーーー!!
夫に似た顔で、声で微笑むのは反則だ。
私は、耐えられずに両手で顔を覆った。
私のために生まれたって、だから夫に似てるの!?
でも、似てはいるけど、瓜二つってわけではないのよね。
微妙にほくろの位置が違ったりとか。
それはどうしてだろう? と、彼に訊ねてみた。
「それは多分……。もう一人ご主人がいたからだと思います」
「もう一人、ご主人? あ、ああーー!!」
そうだ、彼は郡山くんとの「共同プロジェクト」のものだった!
私一人で名前をつけるのは、郡山くんに失礼かな……?
でも……。
『こんなの咲いたよ!』って、彼を郡山くんに見せられる……!?
いや、無理でしょ!
一体、誰に相談すれば……。
あ! 種をくれた女性!
彼女の花屋は、家と会社の間にある。最初に会った時も夜遅くまで店を開いていたみたいだから、まだやってるはず。スニーカーを持って、相談に行って来よう!
「ちょ、ちょっと待ってて! 30分くらい!」
私は、慌てて家を飛び出した。
あの時の裏路地まで急いで来た。
確か、花屋は十数メートル奥に入ったところ……のはずだったのだが。
「な、ない!?」
そこは、お店どころか何もなく、壁だった。
「嘘でしょ、場所を間違えた?」
もう少し奥まで進んでみるが、あるのは飲み屋ばかりで花屋はひとつもなかった。
あの日、私は確かに花屋へ連れられて、このスニーカーを借りて種をもらった。今思うと、あの女性はどこか不思議な感じのする人だった。夢じゃなかったとすると、あの女性は幽──。
いやいやいや! そ、そんなわけないでしょ。
雑念を振り払った。
しかし、これで相談できる人はいなくなってしまった。
肩を落として帰宅すると、彼は動けないのに嫌な顔ひとつせず待っていてくれた。
「おかえりなさい、結衣子さん」
それどころか、微笑んでさえくれる。
ああ、本当にどうしよう。
とんでもないものを育ててしまった。
20
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる