34 / 40
楠木結衣子6
しおりを挟む
ああ、本当にどうしよう。
とんでもないものを育ててしまった。
ちょっと今、名前を考える余力はない。
そういえば、種が入っていた袋に説明が書いてあったわよね。
えぇと……なになに?
・花が咲いたら、寝室に置くと寝ている間にリラックス。
寝室……?
って、寝ているそばに置いておけってこと!?
「ちょっ……と待って。あなた、寝室に置くとどうなるの?」
「はい。結衣子さんが寝ている間に、癒すことができます」
「癒す……って、どいういう風に?」
「えぇとですね、寝ている結衣子さんの頬を撫でたり、髪を撫でたりですね……」
そ、それだけならまあ……。
動けないんだから、間違いは起きなさそうだし。
ものは試し。
私は、彼を植物だと自分に言い聞かせて、寝室に置いてみることにした。
まるでアロマを焚いたような、ふわりといい香りが漂ってきて、私は知らず知らずの内にスウっと眠りについた。
◇
翌朝──。
「結衣子さん、朝ですよ」
「……わあ!?」
いつもは小鳥のさえずりや目覚ましで起きるのに、今日は耳元に低音ボイスが聞こえて飛び起きた。
どうやって耳元に? と思ったら、どうやら膝は曲げられるようだ。
昨日のことは、夢でもドッキリでもなかった。
しかし、この状態でぐっすり眠ってしまった自分の神経が恐ろしいわ……。
「気分はどうですか?」
「そういえば……」
いつもより寝覚めはいいし、頭はスッキリしている。
起きて洗面所で鏡を見ると、肌のコンディションもいいし、化粧のノリが断然違う。髪をとかせばサラッサラだ。
本当に、マイナスイオンでも出してるのかしら?
支度をして家を出る時間になったので、慌てて彼のそばに霧吹きを置いておいた。それと、日光が当たらなくなってしまったので、気休めだけど照明のリモコンも。
これで、万が一私が仕事で遅くなっても大丈夫でしょう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
会社に着くと、三島さんが私の変化に気がついた。
「あれぇ? チーフ、なんか今日、綺麗になってません?」
「えっ!?」
確かに、肌や髪の状態は良くなってるけど、そこまで気づいちゃう!?
「恋でもしましたか?」
「してないしてない」
植物の彼は夫に似てるけど、恋してるかというと、そうでもない。
「楠木さん、いますか?」
「は、はいっ」
郡山くんに呼ばれて、声が上擦ってしまった。
まずい……彼のこと、まだ言ってない。
言わなきゃ、いけないよね……? どうしよう……。
バサバサバサッ
「あっ……!」
緊張のあまり、資料を受け取り損ねて落としてしまった。
慌てて拾い集める。
「大丈夫ですか? 体調悪いとか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
本当に。彼の“癒し”のおかげで体調はすこぶるいい。
「ところで、例のプロジェクトの進捗はどうですか?」
郡山くんが、こっそりと耳打ちしてきた。
ああーっ、この質問が来てしまった……!
「は、はい……。もう少し進んだら連絡します……」
「楽しみにしています」
それだけ言って、広告宣伝部を出ていった。
郡山くんは、まだ芽が出たばかりだと思ってるし、少しは時間が稼げそう。
だけど、いつかは言わないといけないよね……。
誰かに相談したい……。こうなったら、三島さん?
いや、絶対ダメ! 彼女に言ったら、会社全体に知れ渡ってしまう!
誰にも言えないまま、一日が過ぎてしまった。
心労に心労が重なって、いつもより疲れてしまった。
ああ、帰ったらまた彼が癒してくれるのかしら……?
……って、私ってばもうハマってる!?
疲れたのは彼のせいでもあるのに!!
少し早歩きでいつもの帰路を歩いていると、スマホのメッセージ着信音が鳴った。
依からの生存確認だった。
『お母さん、生きてる?』
相変わらずの文面に、くすりと笑ってしまう。
『生きてるわよ』とだけ返事をした。
依……依かぁ……。
さすがに娘には相談しづらいな。
もし、もし一人でどうにもならなくなったら、依に相談しよう。
うん、そう考えたら少し気が楽になった。
「ただいま」
彼に聞こえるように、少し大きめの声で言うと「おかえりなさい」と、寝室から声が聞こえた。
本当に動けないのね。寝室から言われるなんて、なんだか変な感じだ。
そういえば、いつまでも「あなた」とか「彼」とか呼ぶわけにもいかないなぁと、私は部屋着に着替えてから、スマホでオレンジ色の花を検索した。第一印象はガーベラだった。
オレンジのガーベラの花言葉は「神秘」。
神秘というよりも、不可解で不思議な存在だけれども。
種類は、ミノウという種類らしい。
ミノウ……は、ちょっと言いにくいかな。
ミノ……とか……? うん、いいかも。
郡山くんには申し訳ないけど、名前だけこちらで決めさせてもらおう。
「結衣子さん、顔を見せてください」
呼ばれて、私は寝室へ入っていった。
さっそく名前をつけてあげないと。
「あ、あのね、あなたの名前──」
「結衣子さん!」
「は、はい!?」
突然大声を出されて、びっくりした。
「もっと近くで顔を見せてください」
「えっ?」
ドキッとしながら、少し彼に近づいた。
「もっとです」
もっと!? これ以上近づいたら、懐内に入ってしまうのでは!?
そう思いながらも、恐る恐る近づいた。
すると、彼は両手で私の頬を優しく包んだ。
「やっぱり、とても疲れています。今すぐ“癒し”が必要です」
「え、えっ?」
どうやら、私の顔色を見ているようだった。
疲れているのは、あなたのせいでもあるんですけど!?と言いたかったけれど、彼の手が温かくて、すでに癒しが始まっているようだ。
純粋でまっすぐな眼差しが、こちらを見ている。
少し動けば唇が触れそうな至近距離。
私は耐えられなくなって、離れようとしたが──。
「離れてはダメです」
と、抱きしめられてしまった。
うわああああああああ!!
アラフィフには刺激が強過ぎます!!
とんでもないものを育ててしまった。
ちょっと今、名前を考える余力はない。
そういえば、種が入っていた袋に説明が書いてあったわよね。
えぇと……なになに?
・花が咲いたら、寝室に置くと寝ている間にリラックス。
寝室……?
って、寝ているそばに置いておけってこと!?
「ちょっ……と待って。あなた、寝室に置くとどうなるの?」
「はい。結衣子さんが寝ている間に、癒すことができます」
「癒す……って、どいういう風に?」
「えぇとですね、寝ている結衣子さんの頬を撫でたり、髪を撫でたりですね……」
そ、それだけならまあ……。
動けないんだから、間違いは起きなさそうだし。
ものは試し。
私は、彼を植物だと自分に言い聞かせて、寝室に置いてみることにした。
まるでアロマを焚いたような、ふわりといい香りが漂ってきて、私は知らず知らずの内にスウっと眠りについた。
◇
翌朝──。
「結衣子さん、朝ですよ」
「……わあ!?」
いつもは小鳥のさえずりや目覚ましで起きるのに、今日は耳元に低音ボイスが聞こえて飛び起きた。
どうやって耳元に? と思ったら、どうやら膝は曲げられるようだ。
昨日のことは、夢でもドッキリでもなかった。
しかし、この状態でぐっすり眠ってしまった自分の神経が恐ろしいわ……。
「気分はどうですか?」
「そういえば……」
いつもより寝覚めはいいし、頭はスッキリしている。
起きて洗面所で鏡を見ると、肌のコンディションもいいし、化粧のノリが断然違う。髪をとかせばサラッサラだ。
本当に、マイナスイオンでも出してるのかしら?
支度をして家を出る時間になったので、慌てて彼のそばに霧吹きを置いておいた。それと、日光が当たらなくなってしまったので、気休めだけど照明のリモコンも。
これで、万が一私が仕事で遅くなっても大丈夫でしょう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
会社に着くと、三島さんが私の変化に気がついた。
「あれぇ? チーフ、なんか今日、綺麗になってません?」
「えっ!?」
確かに、肌や髪の状態は良くなってるけど、そこまで気づいちゃう!?
「恋でもしましたか?」
「してないしてない」
植物の彼は夫に似てるけど、恋してるかというと、そうでもない。
「楠木さん、いますか?」
「は、はいっ」
郡山くんに呼ばれて、声が上擦ってしまった。
まずい……彼のこと、まだ言ってない。
言わなきゃ、いけないよね……? どうしよう……。
バサバサバサッ
「あっ……!」
緊張のあまり、資料を受け取り損ねて落としてしまった。
慌てて拾い集める。
「大丈夫ですか? 体調悪いとか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
本当に。彼の“癒し”のおかげで体調はすこぶるいい。
「ところで、例のプロジェクトの進捗はどうですか?」
郡山くんが、こっそりと耳打ちしてきた。
ああーっ、この質問が来てしまった……!
「は、はい……。もう少し進んだら連絡します……」
「楽しみにしています」
それだけ言って、広告宣伝部を出ていった。
郡山くんは、まだ芽が出たばかりだと思ってるし、少しは時間が稼げそう。
だけど、いつかは言わないといけないよね……。
誰かに相談したい……。こうなったら、三島さん?
いや、絶対ダメ! 彼女に言ったら、会社全体に知れ渡ってしまう!
誰にも言えないまま、一日が過ぎてしまった。
心労に心労が重なって、いつもより疲れてしまった。
ああ、帰ったらまた彼が癒してくれるのかしら……?
……って、私ってばもうハマってる!?
疲れたのは彼のせいでもあるのに!!
少し早歩きでいつもの帰路を歩いていると、スマホのメッセージ着信音が鳴った。
依からの生存確認だった。
『お母さん、生きてる?』
相変わらずの文面に、くすりと笑ってしまう。
『生きてるわよ』とだけ返事をした。
依……依かぁ……。
さすがに娘には相談しづらいな。
もし、もし一人でどうにもならなくなったら、依に相談しよう。
うん、そう考えたら少し気が楽になった。
「ただいま」
彼に聞こえるように、少し大きめの声で言うと「おかえりなさい」と、寝室から声が聞こえた。
本当に動けないのね。寝室から言われるなんて、なんだか変な感じだ。
そういえば、いつまでも「あなた」とか「彼」とか呼ぶわけにもいかないなぁと、私は部屋着に着替えてから、スマホでオレンジ色の花を検索した。第一印象はガーベラだった。
オレンジのガーベラの花言葉は「神秘」。
神秘というよりも、不可解で不思議な存在だけれども。
種類は、ミノウという種類らしい。
ミノウ……は、ちょっと言いにくいかな。
ミノ……とか……? うん、いいかも。
郡山くんには申し訳ないけど、名前だけこちらで決めさせてもらおう。
「結衣子さん、顔を見せてください」
呼ばれて、私は寝室へ入っていった。
さっそく名前をつけてあげないと。
「あ、あのね、あなたの名前──」
「結衣子さん!」
「は、はい!?」
突然大声を出されて、びっくりした。
「もっと近くで顔を見せてください」
「えっ?」
ドキッとしながら、少し彼に近づいた。
「もっとです」
もっと!? これ以上近づいたら、懐内に入ってしまうのでは!?
そう思いながらも、恐る恐る近づいた。
すると、彼は両手で私の頬を優しく包んだ。
「やっぱり、とても疲れています。今すぐ“癒し”が必要です」
「え、えっ?」
どうやら、私の顔色を見ているようだった。
疲れているのは、あなたのせいでもあるんですけど!?と言いたかったけれど、彼の手が温かくて、すでに癒しが始まっているようだ。
純粋でまっすぐな眼差しが、こちらを見ている。
少し動けば唇が触れそうな至近距離。
私は耐えられなくなって、離れようとしたが──。
「離れてはダメです」
と、抱きしめられてしまった。
うわああああああああ!!
アラフィフには刺激が強過ぎます!!
20
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる