九鬼妖乱 『鬼』

冬真

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6、三灯鬼姫

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奥の間。

全ての元凶がここにある。

絢爛豪華であったはずの襖絵は、どす黒い血飛沫に染められ今や見る影もない。
雅也、伊坂、香坂の三人以外の人間は誰も居ない。

だというのに様々なざわめきを感じる。
歩みを進める度、ねっとりとした視線が幾重にも絡みつく。

「ここか、」

「いよいよですね」
「気をつけて。何が飛び出すか分かりませんよ」

伊坂の言葉に頷き返す雅也。意を決して襖に手をかける。


――スッ……


「これは、」

太い梁に格式高い格天井。
色漆喰の赤壁が目にも鮮やかで見る者を圧倒する。
壁に掛けられた行燈の灯が揺らめく。

河内家は、かつて隆盛を誇った商家だという。
財を尽くした豪華絢爛な奥座敷。名品であろう打ち掛け、舶来品らしき煌びやかな調度品の数々が往時の華やかさを彷彿とさせる。

その中、畳に赤い毛氈を引き一人の童女が鞠を抱いて座していた。

縮緬の着物に童女らしく切り揃えられた艶やかな黒髪。
この世の物とは思えないほど白い肌。俯いたその表情はうかがい知れない。

だが、ちらりと覗く唇は恐ろしいほどに赤い。


「人間…? この屋敷の生き残りでしょうか」
 
前に出ようとした香坂を視線で制して首を横に振る雅也。

「いや、様子がおかしい。伊坂さんこの家に幼い女の子なんていましたか」
「いえ……資料にはありません」

「ここに僕たち以外生きている人間はいない、と? 」
「ですね」

少女の小さな手から鞠が落ちる。

ころりころり、彩り鮮やかな鞠が転がりちょうど雅也の足下で動きを止めた。

「君は、誰?」



『ふふ、ふふっ……妾と遊んでくれるの? 』


鈴を転がすようなかわいらしい声音が響く。

「遊ばない、」
 
そっと鞠を拾い上げる。
と、突如ぽつりと一滴赤黒い染みが湧き上がったと思えば瞬く間に黒色が鞠一面に広がっていく。


 ――ギィエエエエエエ!!!



ぱっくりと大口を開けた鞠が絞め殺された雄鶏のような不愉快な悲鳴を上げる。

『……遊んでくれないの? 』

ことり、と首を傾げる童女。
そのまま細い首が折れてしまいそうな異常な角度だ。
血の気のない白い顔に光をただ反射するだけの黒い瞳。

赤すぎる唇がニタリと笑みを広げていく。


「おやおや、あちらさん随分怒ってないか? 」

苦笑する香坂に伊坂も首を傾げる。

「雅也さんが断ったから、かな」
「僕の所為ですか? 」と唇を尖らせる雅也。


「僕は、妖しとは取引しない」
 
すげなく言い捨てて躊躇いなく鞠を放ててしまう。
鋭い角度で畳に叩き付けられ未練がましく断末魔上げ血を吐く。
どこにそんなに入っていたのかあっという間に血だまりを作ってしまった。

嫌そうに顔を顰める香坂。
慣れている者でさえこうなのだから、普通の神経の者であれば耐えられず卒倒してもおかしくない。

(さすが雅也さん、こんな異常な光景にも動じないとは…)

頼もしいと同時に空恐ろしいとすら感じる。
伊坂は固唾を呑んだ。
普段は温厚なこの雅也が怪異を前にすれば恐れもなく采配を振るう。

代々続く名門上尾一族の頭領となる青年。
誰もが彼の天賦の才と生まれ持った輝きにひれ伏す。
伊坂もその一人だ。

「大丈夫なのか」
「さあな。代表に任せるしかない」


「君とは遊べない。もう一度聞く、君は誰だ? なぜここにいる」

『……つれないのぅ……』

 
童女は、がくりと頭を垂れる。先ほどとは打って変わった低くうごめくような奇妙な声だ。



『くっ……くくっ……』



小刻みに震える、否、嗤っている。
突如、吹き上がる朱色の炎。童女の姿が灯火の中に消える。

「この霊気はいったい? 」
 
燃え尽きた炎から姿を現したのは、妙齢の鬼女であった。

「姿が変わった! 」
 
額から天井に向かってにょっきりと生え出した二本の角。
長く伸びた豊かな髪をゆるく結い上げ、金に銀と豪奢な簪を惜しげも無く刺す。豊満な体を包むのは艶やかな打ち掛けだ。


『妾は、三灯鬼姫〈さんとうきき〉――――――』


恐ろしき鬼姫が高らかに名乗りを上げる。



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