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7、二坂
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三灯鬼姫〈さんとうきき〉の打ち掛けの裾が見事な円を描いて翻る。
その軌道に沿って炎が巻き上がる。
不思議なことに畳には焦げ跡一つつかない。
「うかつには近づけませんね」
「厄介だな」
舌打ちしたくなるのを抑えて雅也も身構える。
ぶわり、ぶわり、
突如、鬼の足下から粘液のような黒い塊が湧き上がる。
伸びては縮みを数度繰り返したそれは、やがていびつな人型をとった。
「そんなのありか?! 」
「泥人間、いや、泥人形と言ったところですかね……」
「雅也さん名付けてる場合じゃないですから! 」
『ふふふ、どうじゃ? まずは、妾のお人形たちと遊んでもらおうかのぅ』
声なき咆哮を上げ襲いかかる異形の人型たち。
「伊坂さん、香坂さん! 」
「はいっ」
「お任せ下さい」
前に出た香坂がスーツの懐に手を入れたかと思うと素早く式を投げ打った。
宙を舞う札が幾つもの光の矢となり人型たちに突き刺さる。
――――オォオォオオオオン!!
怒り狂ったように雄叫びを上げ進軍を阻まれた雅也命名「泥人形」たちは、床を這い天井を嘗め壁に飛びつく。
彼らが通った後はベタベタの泥まみれだ。
「なかなか気持ちの悪い連中だなぁ。」
「こっちは我々に任せて雅也さんは鬼を」
「ありがとう、お任せします」
同じく札を放った伊坂が進路を開く。
露払いは彼らの仕事だ。
「香坂、」
「動きは速いが追いつけないほどじゃない! 」
「そうだな」
もはや言葉は必要無い。
この二人、若き当主を支える腹心の部下であり守り刀にして『上尾の二坂』と呼ばれる双子の式神使いである。
お互いの戦法は熟知している。
伊坂が攻撃に徹すれば香坂が守りに。逆もしかり。攻守を自由に切り替え敵を圧する。
「さて、寄ってこいよ化け物ども」
札を頭上に掲げると素早く術をかける。
突如、強い光があたりを包む。
すぐに収まったかと思えば伊坂と香坂の頭上あたりで椪柑ほどの大きさの球が回転しながら光を放っていた。
「閃光札、低級の妖しならこいつで引き寄せられる。」
「光るものによってくるなんて虫みたいだけどな」
「綺麗なものが嫌いなのさ、」
オウオウ、と鳴く泥人形たちのないはずの目が光に釘付けになる。
闇属性の彼らは光を憎み塗りつぶそうとして引き寄せられる。
「踏み鳴らせ四鄭〈シジョウ〉! 」
「嘶け帝哭〈テイコク〉! 」
伊坂の呼びかけに答え顕現する四鄭。
雄々しい角を天に向かわせ青き炎をまとう。
高らかに蹄を踏みならしたのは牡鹿の姿をした真獣だ。
香坂の呼びかけに帝哭が身震いして嘶きを上げる。
白っぽい毛色に横に伸びた角が高貴で美しい。立ち上る気炎は金。
四鄭と対になる牡鹿の真獣である。
魔を払うと言われる帝哭の嘶きに怯んだ泥人形、動きが鈍ったところに容赦なく四鄭の蹄が振り下ろされる。
泥人形たちの攻撃欲は伊坂たちに向いている。
(ありがとう伊坂さん……)
雅也は壁を背に気配を殺してゆるりと歩みを進め鬼との距離を縮めていく。
『おやまぁ。人形が足りぬようじゃなあ』
たおやかな手をすっと持ち上げる三灯鬼。
――ぶわり、
「またか」
鬼の足下に黒い粘液が広がる。
先ほども見た光景に伊坂は眉を顰めた。
伸びては縮み……さらなる泥人形の完成だ。
「キリが無い! 」
四鄭の炎が泥人形を焼くがその残骸を乗り越えすぐに次の泥人形が襲いかかってくる。
「いくら倒しても沸いてくる……」
「泣き言を言うな! 俺たちで時間を稼ぐしかないだろ」
香坂を叱咤しつつ内心、伊坂も焦りを感じていた。閃光札があるとは言え二人だけで全ての敵を引きつけるのは難しい。
なにしろ鬼には効果が薄い。
『ホホホホ、存分に遊ぶといいぞ』
「っ! 」
新たに出現した泥人形たちが雅也の存在に気がつく。
「雅也さん! 」
その軌道に沿って炎が巻き上がる。
不思議なことに畳には焦げ跡一つつかない。
「うかつには近づけませんね」
「厄介だな」
舌打ちしたくなるのを抑えて雅也も身構える。
ぶわり、ぶわり、
突如、鬼の足下から粘液のような黒い塊が湧き上がる。
伸びては縮みを数度繰り返したそれは、やがていびつな人型をとった。
「そんなのありか?! 」
「泥人間、いや、泥人形と言ったところですかね……」
「雅也さん名付けてる場合じゃないですから! 」
『ふふふ、どうじゃ? まずは、妾のお人形たちと遊んでもらおうかのぅ』
声なき咆哮を上げ襲いかかる異形の人型たち。
「伊坂さん、香坂さん! 」
「はいっ」
「お任せ下さい」
前に出た香坂がスーツの懐に手を入れたかと思うと素早く式を投げ打った。
宙を舞う札が幾つもの光の矢となり人型たちに突き刺さる。
――――オォオォオオオオン!!
怒り狂ったように雄叫びを上げ進軍を阻まれた雅也命名「泥人形」たちは、床を這い天井を嘗め壁に飛びつく。
彼らが通った後はベタベタの泥まみれだ。
「なかなか気持ちの悪い連中だなぁ。」
「こっちは我々に任せて雅也さんは鬼を」
「ありがとう、お任せします」
同じく札を放った伊坂が進路を開く。
露払いは彼らの仕事だ。
「香坂、」
「動きは速いが追いつけないほどじゃない! 」
「そうだな」
もはや言葉は必要無い。
この二人、若き当主を支える腹心の部下であり守り刀にして『上尾の二坂』と呼ばれる双子の式神使いである。
お互いの戦法は熟知している。
伊坂が攻撃に徹すれば香坂が守りに。逆もしかり。攻守を自由に切り替え敵を圧する。
「さて、寄ってこいよ化け物ども」
札を頭上に掲げると素早く術をかける。
突如、強い光があたりを包む。
すぐに収まったかと思えば伊坂と香坂の頭上あたりで椪柑ほどの大きさの球が回転しながら光を放っていた。
「閃光札、低級の妖しならこいつで引き寄せられる。」
「光るものによってくるなんて虫みたいだけどな」
「綺麗なものが嫌いなのさ、」
オウオウ、と鳴く泥人形たちのないはずの目が光に釘付けになる。
闇属性の彼らは光を憎み塗りつぶそうとして引き寄せられる。
「踏み鳴らせ四鄭〈シジョウ〉! 」
「嘶け帝哭〈テイコク〉! 」
伊坂の呼びかけに答え顕現する四鄭。
雄々しい角を天に向かわせ青き炎をまとう。
高らかに蹄を踏みならしたのは牡鹿の姿をした真獣だ。
香坂の呼びかけに帝哭が身震いして嘶きを上げる。
白っぽい毛色に横に伸びた角が高貴で美しい。立ち上る気炎は金。
四鄭と対になる牡鹿の真獣である。
魔を払うと言われる帝哭の嘶きに怯んだ泥人形、動きが鈍ったところに容赦なく四鄭の蹄が振り下ろされる。
泥人形たちの攻撃欲は伊坂たちに向いている。
(ありがとう伊坂さん……)
雅也は壁を背に気配を殺してゆるりと歩みを進め鬼との距離を縮めていく。
『おやまぁ。人形が足りぬようじゃなあ』
たおやかな手をすっと持ち上げる三灯鬼。
――ぶわり、
「またか」
鬼の足下に黒い粘液が広がる。
先ほども見た光景に伊坂は眉を顰めた。
伸びては縮み……さらなる泥人形の完成だ。
「キリが無い! 」
四鄭の炎が泥人形を焼くがその残骸を乗り越えすぐに次の泥人形が襲いかかってくる。
「いくら倒しても沸いてくる……」
「泣き言を言うな! 俺たちで時間を稼ぐしかないだろ」
香坂を叱咤しつつ内心、伊坂も焦りを感じていた。閃光札があるとは言え二人だけで全ての敵を引きつけるのは難しい。
なにしろ鬼には効果が薄い。
『ホホホホ、存分に遊ぶといいぞ』
「っ! 」
新たに出現した泥人形たちが雅也の存在に気がつく。
「雅也さん! 」
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