九鬼妖乱 『鬼』

冬真

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8、雪姫

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 ――――オォオオオオオン


洞窟を風が通り抜けるような空虚な咆哮がこだまする。
奇妙に長い腕を振り上げて迫り来る泥人形。
おおよそ人間業ではない関節を無視した異様な動き。

雅也めがけて腕が振り下ろされる間際、ひんやりとした風が吹き抜ける。

「雪姫! 」

『……おまもりします……あるじ様』

呼びかけと同時に鏡を抱えた童女が姿を現す。
雅也と泥人形の間に立つ。

式神、――雪姫。

雪のように儚い容貌、氷のように冷たい瞳。
おとぎ話の雪女を思わせる出で立ちである。
全てが白い式神は、赤い房のついた鏡を大きく胸の前に掲げた。

最後に鏡面に映る己が醜い姿を見たかどうか。
振り上げた腕が鏡に触れる前に泥人形は、光に焼き尽くされボロボロと崩れ去った。

「雪姫の真鏡は相手の攻撃を跳ね返せる。数だけの人形なんて無意味、」

『とうぜん、です……』

雪姫が呟く。
その背丈は雅也の半分ほどしかない。
見た目は幼い少女そのもので愛らしいがれっきとした式神である。
凜として表情も変えずに顎を反らした雪姫は、冷たく泥人形たちを睥睨する。

『ほぅ! 面白い、なるほど祓い屋か』

三灯鬼は声高く笑いながら恨みがましくベチャベチャと這いつくばっていた泥人形たちをけしかける。
指さすのは当然、雅也だ。

『お人形遊びは気に入らないかのぅ? どうじゃ? 』

「お前と遊ぶつもりはない。鬼がなぜこんなところにいるんだ」

『さてさて、どうじゃったか。忘れてしまったのう』

うーん、と口元に人差し指を当てて小首を傾げる。

「なぜこの家の人たちを殺した」
『心外じゃのう。妾はこの家の者どものことなど知らぬ、』
「……お前が殺したんじゃないのか? だったら誰が」
『さぁて? なにせ妾は鬼なのでなぁ、人間どもの事情は分からぬな~。』

(どういうこと? 一家惨殺と鬼は別問題なのか……)

思案する雅也。

一瞬気持ちが逸れてしまう。
ほんの一秒にも満たない僅かな時間。

だが、それは強敵の前では致命的だった。


『若いのう! 若い若い!!! 妾から目を反らすとは愚かよ! 』

嘲笑。

「雪姫っ」

鬼本体からの攻撃。
鋭い爪が振り下ろされる。
雪姫が攻撃を受け流すが間髪入れずに今度は炎の渦が襲う。

なんとか受けきったが真鏡にヒビが入った。
三度目は耐えられない。

『あるじさまっ』

「下がっていい、」

僅かに欠けた真鏡の破片を拾い上げ完全破壊される前に素早く顕現を解く。

無防備になった雅也に鬼が飛びかかる。
咄嗟に横に飛び退くが鬼の追撃が雅也を襲う。

『鬼ごっこというやつかのう? 』

片手で雅也の首を掴みそのまま床に叩きつける。
したたか背を打ち付けられた雅也が痛みにうめく。首の骨が折れなかったのは三灯鬼が本気ではないからだろう。

「ぐっ」

息が詰まる。

雅也に跨がった三灯鬼が顔を寄せる。
柔らかな女体がのしかかってくる。
打ち掛けに焚きしめられた濃い香の香りに眉を顰める雅也。

細腕に見えるが鬼は剛力だ。
大の男であっても押し返せるものではない。
その上、首を押さえられては子猫のように動くこともできない。

『よしよし、良い子じゃな。そうそう大人しくしておいで。ほれ、よく顔を見せてごらん。ほほう、なかなか愛らしい顔をしておるのう? 』

ふふふ、と艶やかな唇をすぼめて嗤う三灯鬼。

その長い爪が雅也の頬をつうっと撫でる。
ほんの少しの接触ですら鬼のすさまじい怨の気にぞくぞくと背筋が凍りそうになる。

「なにす……」

人ではあり得ない細長い瞳孔。
爛々と輝く瞳を歪めて鬼は嗤う。

『その顔、気に入ったぞ! 命乞いするならお前一人生かしてやってもよい。妾の側に置いてやろうか? う~ん、それともやはりその頭蓋取り出して飾ってやろうか。鞠にしてやろうかのう。どうじゃ、どうする』

「悪趣味、」

ぺっと吐き捨てる。
 
握り混んでいた右手、真鏡の破片が手の平に傷をつくる。
うっすらと血の線が引かれる。

「……言っただろ僕は妖しとは取引しない。」

『まぁよいわ。お前は、なかなかの血統持ちのようじゃな。そういう人間は我らの良い糧となる……ほほほほ! どこから食らってやろうか! 』

「そんなに欲しいならくれてやるさ」

『なに? 』

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