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12、杞憂
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奥座敷を後にした一行。
庭に面した長い廊下からすっかり暗くなった夜空を見上げる。
「随分と空気が淀んでいる」
「鬼は怨の気が強いですからね」
つい最近まで人が住んでいたとは思えない酷い荒れようだ。
陰鬱とした空気が屋敷内に充満している。
まさしく異様。
生き物はいないはずなのに鬱蒼として常に何かが蠢いている。そんな奇妙な気配が纏わり付く。
「大丈夫ですか、雅也さん」
気使わし気に顔をのぞき込む伊坂。
「はい、でもさすがに疲れた」
ほっと一息。雅也は肩の力を抜いた。
年相応の少年らしい顔を見せる雅也に伊坂も表情を崩す。
「無理もないですよ。あれだけの数だ」
「それに鬼は別格です」
伊坂に続いて香坂も頷く。
「香坂さんも今日はご苦労様です」
「いえいえ。」
「霧人にここはまだ早いから、香坂さんが来てくれて助かりました」
ねぎらいの言葉に相好を崩す香坂だがその脇腹を小突いて伊坂が咳払いする。
「笑ってる場合じゃないだろ、霧人くんの教育はお前の役目だぞ」
「わ、分かってるさ」
「まぁまぁ、香坂さんはよくやってくれています。それより霧人のこと任せっきりで申し訳ない」
「雅也さん…」
現役高校生である雅也は当然、昼間は学業に励みそれが終われば部活に習い事。
帰宅すれば家業の修練に、実戦、家督を継ぐための英才教育と枚挙に暇がない。
更にここ最近は、当主代理としてあちこちに顔を出すことも多くなっていた。
雅也の生活は多忙を極めていた。
いくら若くて有能でも体は一つしか無い。
弟を大事に思っていてもさすがに手が回らないのが実情だ。
「本当は、僕もいろいろ教えてあげられたら良いんでしょうけど」
「霧人くんも頑張ってますよ、大丈夫です。もう少し甘えたなところと練習嫌いを直さないと実戦には早いと思いますけどね」
「あ~、あぁ、あはは? 」
「俺に任せて下さい! 」
「ありがとう」
「それに霧人くんはまだ中学生ですから。気長に、ね。これから経験を積めばいずれ立派にあなたを支えてくれますよ。今は香坂に任せましょう。」
「そうですよね! ありがとう二人とも。香坂さんに任せれば安心だね」
破顔する雅也に二人もほっと胸をなで下ろす。
機嫌の直った雅也は長い廊下を歩き出す。
その後ろをついて行きながら伊坂は、香坂にそっと耳打ちした。
「で、実際、どうなんだ?」
「なにが? 」
「霧人くんだよ」
「あー……」
香坂は何と答えるべきかと、首を捻る。
霧人に才能が無いわけではない。
むしろ同年代の術者見習いと比べれば、よく頑張っている方だろう。
「血統は申し分ないんだけどな。あとは、性格の問題じゃないか? 霧人くんはどっちかというと優柔不断というか、雅也さんみたいに器用になんでもこなせるタイプじゃないし。」
「それをなんとかするのが指導者の役目だぞ。」
「分かってる。ただ、周りの期待が大きすぎてプレッシャーなんだよ。努力してるみたいだけど、雅也さんと比べられたら……」
「そりゃ誰だってそうなるだろう。雅也さんと比べたら可哀想だ。」
「僕? 」
呼ばれたと思ったのか雅也が振り返る。
上尾の血統を誰より濃く受け継ぎ、才能にも恵まれた若き天才。
きょとんとしたままの雅也に伊坂が手を振る。
「いえ、なんでもありませんよ。気にしないでください」
「そうそう、世間話ですから」
取り繕う二人に渋々頷いて雅也は、「それにしても」と天井を仰いだ。
「なぜ鬼が出たのか…」
「気になりますか? 」
「ええ、まぁ。」
平安の絵物語ではないのだ。
この現代において鬼がおいそれと出現することなどない。
ましてや相まみえるなんて滅多なことではない。
「しかも取り逃した。はぁ、怒られると思いますか? 」
「どうでしょうね。協会がなんと言うかは分かりませんが、相手は鬼ですから」
「うーん」
苦笑を返しつつ伊坂は、雅也のこういう面に昔から弱いことを自覚していた。
なんでも出来て完璧と言えば取っつきにくいイメージを与えかねないが、雅也の場合は少し違う。
たまに見せる無邪気さと育ちの良さから来るほわほわした雰囲気がどうにも憎めない。
要するに伊坂は、上尾雅也に「お願い」されたら断れない。
上目遣いに見上げられて「困ったな」と呟かれたら答えは一つしか無い。
観念して伊坂は大きく息を吐き出した。
「ひとまず報告書はこちらでやりますよ、」
「わ~、伊坂さんが優しい! 」
協会への面倒な報告書を伊坂が引き受けてくれたと、手を叩いて喜ぶ雅也。
香坂が「やれやれ」と言いたげに肩を竦めているのが見えたが伊坂は、「仕方ないだろう」と黙殺した。
「しかし驚いた。俺たちだけで鬼を相手するのは正直厳しかったですよ。」
「たしかにな」
「捕らえるにしてももっと準備が必要でしょう。後は協会の判断を仰ぐしかないですね。」
これには雅也も頷く。
「雅也さんがいてよかった。他のものに任せていたら」
「被害者が増えるところだったな。」
香坂の言を伊坂が引き継ぐ。
そもそも「鬼」とは、何人もの優秀な術者が入念な準備をしてようやく戦える相手なのだ。
雅也でなければ咄嗟に戦うことはおろか逃げ帰るのも難儀だ。
他の者なら大怪我では済まない。最悪、食い殺されてもおかしくなかった。
「様子見の派遣組が少しやられたけど、湊、望も大丈夫ですよ」
「怪我人が少なくて良かったじゃないですか」
「そうだね。みなんさが無事で良かった。今回は、それで善しとしましょう」
「上々かと、」
頭を垂れる伊坂。
ふ、と雅也が視線を庭先に移す。
「杞憂ならいいんだけれど」
荒廃した庭園に月明かりがむなしく差し込む。
この時代に鬼が自然発生するとは考えにくい。と、すれば誰かが手を引いていることになる。
それがいったい何を意味するのか。
庭に面した長い廊下からすっかり暗くなった夜空を見上げる。
「随分と空気が淀んでいる」
「鬼は怨の気が強いですからね」
つい最近まで人が住んでいたとは思えない酷い荒れようだ。
陰鬱とした空気が屋敷内に充満している。
まさしく異様。
生き物はいないはずなのに鬱蒼として常に何かが蠢いている。そんな奇妙な気配が纏わり付く。
「大丈夫ですか、雅也さん」
気使わし気に顔をのぞき込む伊坂。
「はい、でもさすがに疲れた」
ほっと一息。雅也は肩の力を抜いた。
年相応の少年らしい顔を見せる雅也に伊坂も表情を崩す。
「無理もないですよ。あれだけの数だ」
「それに鬼は別格です」
伊坂に続いて香坂も頷く。
「香坂さんも今日はご苦労様です」
「いえいえ。」
「霧人にここはまだ早いから、香坂さんが来てくれて助かりました」
ねぎらいの言葉に相好を崩す香坂だがその脇腹を小突いて伊坂が咳払いする。
「笑ってる場合じゃないだろ、霧人くんの教育はお前の役目だぞ」
「わ、分かってるさ」
「まぁまぁ、香坂さんはよくやってくれています。それより霧人のこと任せっきりで申し訳ない」
「雅也さん…」
現役高校生である雅也は当然、昼間は学業に励みそれが終われば部活に習い事。
帰宅すれば家業の修練に、実戦、家督を継ぐための英才教育と枚挙に暇がない。
更にここ最近は、当主代理としてあちこちに顔を出すことも多くなっていた。
雅也の生活は多忙を極めていた。
いくら若くて有能でも体は一つしか無い。
弟を大事に思っていてもさすがに手が回らないのが実情だ。
「本当は、僕もいろいろ教えてあげられたら良いんでしょうけど」
「霧人くんも頑張ってますよ、大丈夫です。もう少し甘えたなところと練習嫌いを直さないと実戦には早いと思いますけどね」
「あ~、あぁ、あはは? 」
「俺に任せて下さい! 」
「ありがとう」
「それに霧人くんはまだ中学生ですから。気長に、ね。これから経験を積めばいずれ立派にあなたを支えてくれますよ。今は香坂に任せましょう。」
「そうですよね! ありがとう二人とも。香坂さんに任せれば安心だね」
破顔する雅也に二人もほっと胸をなで下ろす。
機嫌の直った雅也は長い廊下を歩き出す。
その後ろをついて行きながら伊坂は、香坂にそっと耳打ちした。
「で、実際、どうなんだ?」
「なにが? 」
「霧人くんだよ」
「あー……」
香坂は何と答えるべきかと、首を捻る。
霧人に才能が無いわけではない。
むしろ同年代の術者見習いと比べれば、よく頑張っている方だろう。
「血統は申し分ないんだけどな。あとは、性格の問題じゃないか? 霧人くんはどっちかというと優柔不断というか、雅也さんみたいに器用になんでもこなせるタイプじゃないし。」
「それをなんとかするのが指導者の役目だぞ。」
「分かってる。ただ、周りの期待が大きすぎてプレッシャーなんだよ。努力してるみたいだけど、雅也さんと比べられたら……」
「そりゃ誰だってそうなるだろう。雅也さんと比べたら可哀想だ。」
「僕? 」
呼ばれたと思ったのか雅也が振り返る。
上尾の血統を誰より濃く受け継ぎ、才能にも恵まれた若き天才。
きょとんとしたままの雅也に伊坂が手を振る。
「いえ、なんでもありませんよ。気にしないでください」
「そうそう、世間話ですから」
取り繕う二人に渋々頷いて雅也は、「それにしても」と天井を仰いだ。
「なぜ鬼が出たのか…」
「気になりますか? 」
「ええ、まぁ。」
平安の絵物語ではないのだ。
この現代において鬼がおいそれと出現することなどない。
ましてや相まみえるなんて滅多なことではない。
「しかも取り逃した。はぁ、怒られると思いますか? 」
「どうでしょうね。協会がなんと言うかは分かりませんが、相手は鬼ですから」
「うーん」
苦笑を返しつつ伊坂は、雅也のこういう面に昔から弱いことを自覚していた。
なんでも出来て完璧と言えば取っつきにくいイメージを与えかねないが、雅也の場合は少し違う。
たまに見せる無邪気さと育ちの良さから来るほわほわした雰囲気がどうにも憎めない。
要するに伊坂は、上尾雅也に「お願い」されたら断れない。
上目遣いに見上げられて「困ったな」と呟かれたら答えは一つしか無い。
観念して伊坂は大きく息を吐き出した。
「ひとまず報告書はこちらでやりますよ、」
「わ~、伊坂さんが優しい! 」
協会への面倒な報告書を伊坂が引き受けてくれたと、手を叩いて喜ぶ雅也。
香坂が「やれやれ」と言いたげに肩を竦めているのが見えたが伊坂は、「仕方ないだろう」と黙殺した。
「しかし驚いた。俺たちだけで鬼を相手するのは正直厳しかったですよ。」
「たしかにな」
「捕らえるにしてももっと準備が必要でしょう。後は協会の判断を仰ぐしかないですね。」
これには雅也も頷く。
「雅也さんがいてよかった。他のものに任せていたら」
「被害者が増えるところだったな。」
香坂の言を伊坂が引き継ぐ。
そもそも「鬼」とは、何人もの優秀な術者が入念な準備をしてようやく戦える相手なのだ。
雅也でなければ咄嗟に戦うことはおろか逃げ帰るのも難儀だ。
他の者なら大怪我では済まない。最悪、食い殺されてもおかしくなかった。
「様子見の派遣組が少しやられたけど、湊、望も大丈夫ですよ」
「怪我人が少なくて良かったじゃないですか」
「そうだね。みなんさが無事で良かった。今回は、それで善しとしましょう」
「上々かと、」
頭を垂れる伊坂。
ふ、と雅也が視線を庭先に移す。
「杞憂ならいいんだけれど」
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