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【閑話】『壁』
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『九鬼妖乱』
過去編の短編読み切りです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
毛足の短い赤い絨毯張りがレトロな雰囲気を醸し出す長い廊下。
ここは、上尾家が表向き「関連会社」として使用しているビルの一つ。当主が仕事場として使う本宅とは別にして、雅也が「表向き」の仕事をする場所でもある。
「ああ、そうだ」
明日の日程を確認しなくては、と立ち止まる伊坂。
こつんと軽い衝撃。
「? 」
わずかに首をひねれば伊坂の背中にぶつかったままの雅也がもたれ掛かってきていた。
「雅也さん」
「どうしたんですか? 」と、問えば柔らかそうな髪がふわふわと上下に揺れた。
「壁…」
「壁? 」
はて、壁とは? 雅也は、たまに不思議なことを言う。伊坂は首を傾げた。
「雅也くん、」
「むぅ」
子猫がむずがるように小さくうめく。
ちょうどいいところに壁があった。もう寝ちゃおう。そう言いたいのだろうか。
グイグイと伊坂の背に額を押し付ける。寝やすい場所を探しているようだ。思わず小さく笑ってしまう。
「壁、ではないですね」
「ん…」
「大丈夫ですか、眠いんですか? 」
伊坂の声に反応してわずかに瞼が開く。
まどろみの中に沈みかけた色素の薄い瞳にパッと光が差す。
「えぇっ」
急激に回転しはじめたらしい雅也の脳。忙しく考えを巡らせている。
おずおずと伊坂を見上げ目が合った瞬間、弾かれたように身を離した。
「か、壁ではないですね。すみません」
「いいんですよ」
薄く微笑む伊坂。
その笑顔が優しければ優しいほど、雅也はいたたまれなくなる。
長身の伊坂が心配そうに少しかがんで様子をうかがってくる。
それを見上げれば背後の照明のせいか、くらくらと眩暈がしそうだった。
申し訳なさそうに「伊坂さんは人間です」と、なぞのフォローを入れてしまう雅也。
それに「はい」と、頷いて目を瞬かせる伊坂。
「す、すみません」
「疲れてるみたいですね、大丈夫? 」
「あ、はい、だいじょうぶ…」
ぎこちなく頷く。ふいっと背けられた顔。
上品に添えられた手の間から覗く頬は分かりやすく真っ赤に染まっていた。
照れているだけ、と思えばいいのだろうが伊坂の胸はチクリと痛んだ。
(驚かせしまったかな…)
「あの、疲れてるなら」
「雅也さーん、ここにいたんですか」
ちょうど遮るように背後から声がかかる。振り返れば伊坂と同じ顔。
「香坂さん? 」
「どうした香坂」
双子の片割れ、香坂が書類を持ったままにこやかに手を振ってやってくる。
「京子さんが探してますよ。用があるみたい」
「そ、そうですか」
なぜかホッとしたように頷く雅也。
「すぐに行きます」
「第2経理室ですよ」
「わかりました。じゃあ、僕はこれで…」
「行ってらっしゃい」
「ええ。また後で」
ちらっと伊坂を振り仰いだと思えば言葉が終るか終わらないかのうちに歩き出す。
そのまま足早に曲がり角の向こうへと消えてしまった。
「おやおや」と、首を傾げる香坂。伊坂を見やればこっちはこっちで微妙な顔をしている。
「なに、喧嘩でもしたの」
書類を手にしたまま伊坂の肩に腕を乗せる。
「するわけないだろ。」
「ふぅん。そんな怖い顔してるから嫌われちゃうんじゃないのー」
「嫌われてないから、それよりお前は何してるんだ? 」
言って、鬱陶し気に香坂の腕を払いのける伊坂。
「こいつを届けに行くところ。ついでに雅也さんを見かけたら伝言してくれって京子さんに頼まれてたんだよ」
ぺしんっと書類を弾いて見せる。わざわざ香坂が運んでいるのだからそれなりに重要なものだろう。
「早く行けよ…」
嘆息された香坂が「やれやれ」と肩をそびやかす。
・・・・・・・・・・・・・・・
「なんで俺は壁じゃないんだ」
「は? 」
項垂れる伊坂に「なにを言い出したのか」と、首を傾げる香坂。
本日すべての業務が終了し、すでに雅也も帰宅した。
しっかり送り届けられたとの報告を受けている。
残念ながら伊坂ではなく別の人間が送っていった。
ここ、坂兄弟の実家である有坂邸には、ちょっとしたというにはなかなか本楽的なラウンジがあった。
そして夜な夜な「双子反省会」がたびたび開催されていた。
情報共有もとい、ただの宅呑みなのだが。
本家に比べれば慎ましやかだが、代々当主に近しいポジションについてきただけある。
この有坂邸も都内にあって十分な広さを備えた立派な邸宅であった。
高級板張りの床を柔らかに照らす間接照明、大きなガラス戸の向こうに見える日本庭園が夜のとばりに染まっている。
二人で飲むには十分すぎる環境だ。
カウンターに突っ伏しそうな勢いで「壁になればよかった」とつぶやく伊坂。
こうやって謎の自省を始める時は、だいたい雅也に関することだ。
香坂は、グラスを傾けながら兄の肩を叩く。
「大丈夫か兄貴? 」
「大丈夫じゃない。せっかく雅也くんが頼ってきたのに…壁に徹すればよかったのに、なんで俺は」
「うーん、何言ってんの」
堂々巡りの気配を察知。
「なんで「壁じゃない」なんて言っちゃったんだろう。壁になりたい」
「こわっ! 」
慰めるのを忘れて声を上げて笑い出す香坂。そのまま項垂れる伊坂。
「兄貴は真面目だからなぁ」
雅也の言葉を否定して謝らせてしまったことに罪悪感を抱いているのだろう。
愛らしい雅也が狼狽える姿は、伊坂の胸を痛ませるのに十分だったらしい。
「壁になるの? 俺たち坂なのに? 」
「うるさいなぁ、坂でも壁でもいいんだよ」
すでに二人ともかなり酔っている。もはやどうでもいいことを語り合っている。
この日の反省会もグダグダなままに夜が更けていく。
(今度、雅也くんに「壁」って言われたら壁に徹しよう)と、誓う伊坂。
そんなことになっているとも露知らず、当の雅也はとっくにぐっすり眠っているのであった…。
End.
過去編の短編読み切りです。
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毛足の短い赤い絨毯張りがレトロな雰囲気を醸し出す長い廊下。
ここは、上尾家が表向き「関連会社」として使用しているビルの一つ。当主が仕事場として使う本宅とは別にして、雅也が「表向き」の仕事をする場所でもある。
「ああ、そうだ」
明日の日程を確認しなくては、と立ち止まる伊坂。
こつんと軽い衝撃。
「? 」
わずかに首をひねれば伊坂の背中にぶつかったままの雅也がもたれ掛かってきていた。
「雅也さん」
「どうしたんですか? 」と、問えば柔らかそうな髪がふわふわと上下に揺れた。
「壁…」
「壁? 」
はて、壁とは? 雅也は、たまに不思議なことを言う。伊坂は首を傾げた。
「雅也くん、」
「むぅ」
子猫がむずがるように小さくうめく。
ちょうどいいところに壁があった。もう寝ちゃおう。そう言いたいのだろうか。
グイグイと伊坂の背に額を押し付ける。寝やすい場所を探しているようだ。思わず小さく笑ってしまう。
「壁、ではないですね」
「ん…」
「大丈夫ですか、眠いんですか? 」
伊坂の声に反応してわずかに瞼が開く。
まどろみの中に沈みかけた色素の薄い瞳にパッと光が差す。
「えぇっ」
急激に回転しはじめたらしい雅也の脳。忙しく考えを巡らせている。
おずおずと伊坂を見上げ目が合った瞬間、弾かれたように身を離した。
「か、壁ではないですね。すみません」
「いいんですよ」
薄く微笑む伊坂。
その笑顔が優しければ優しいほど、雅也はいたたまれなくなる。
長身の伊坂が心配そうに少しかがんで様子をうかがってくる。
それを見上げれば背後の照明のせいか、くらくらと眩暈がしそうだった。
申し訳なさそうに「伊坂さんは人間です」と、なぞのフォローを入れてしまう雅也。
それに「はい」と、頷いて目を瞬かせる伊坂。
「す、すみません」
「疲れてるみたいですね、大丈夫? 」
「あ、はい、だいじょうぶ…」
ぎこちなく頷く。ふいっと背けられた顔。
上品に添えられた手の間から覗く頬は分かりやすく真っ赤に染まっていた。
照れているだけ、と思えばいいのだろうが伊坂の胸はチクリと痛んだ。
(驚かせしまったかな…)
「あの、疲れてるなら」
「雅也さーん、ここにいたんですか」
ちょうど遮るように背後から声がかかる。振り返れば伊坂と同じ顔。
「香坂さん? 」
「どうした香坂」
双子の片割れ、香坂が書類を持ったままにこやかに手を振ってやってくる。
「京子さんが探してますよ。用があるみたい」
「そ、そうですか」
なぜかホッとしたように頷く雅也。
「すぐに行きます」
「第2経理室ですよ」
「わかりました。じゃあ、僕はこれで…」
「行ってらっしゃい」
「ええ。また後で」
ちらっと伊坂を振り仰いだと思えば言葉が終るか終わらないかのうちに歩き出す。
そのまま足早に曲がり角の向こうへと消えてしまった。
「おやおや」と、首を傾げる香坂。伊坂を見やればこっちはこっちで微妙な顔をしている。
「なに、喧嘩でもしたの」
書類を手にしたまま伊坂の肩に腕を乗せる。
「するわけないだろ。」
「ふぅん。そんな怖い顔してるから嫌われちゃうんじゃないのー」
「嫌われてないから、それよりお前は何してるんだ? 」
言って、鬱陶し気に香坂の腕を払いのける伊坂。
「こいつを届けに行くところ。ついでに雅也さんを見かけたら伝言してくれって京子さんに頼まれてたんだよ」
ぺしんっと書類を弾いて見せる。わざわざ香坂が運んでいるのだからそれなりに重要なものだろう。
「早く行けよ…」
嘆息された香坂が「やれやれ」と肩をそびやかす。
・・・・・・・・・・・・・・・
「なんで俺は壁じゃないんだ」
「は? 」
項垂れる伊坂に「なにを言い出したのか」と、首を傾げる香坂。
本日すべての業務が終了し、すでに雅也も帰宅した。
しっかり送り届けられたとの報告を受けている。
残念ながら伊坂ではなく別の人間が送っていった。
ここ、坂兄弟の実家である有坂邸には、ちょっとしたというにはなかなか本楽的なラウンジがあった。
そして夜な夜な「双子反省会」がたびたび開催されていた。
情報共有もとい、ただの宅呑みなのだが。
本家に比べれば慎ましやかだが、代々当主に近しいポジションについてきただけある。
この有坂邸も都内にあって十分な広さを備えた立派な邸宅であった。
高級板張りの床を柔らかに照らす間接照明、大きなガラス戸の向こうに見える日本庭園が夜のとばりに染まっている。
二人で飲むには十分すぎる環境だ。
カウンターに突っ伏しそうな勢いで「壁になればよかった」とつぶやく伊坂。
こうやって謎の自省を始める時は、だいたい雅也に関することだ。
香坂は、グラスを傾けながら兄の肩を叩く。
「大丈夫か兄貴? 」
「大丈夫じゃない。せっかく雅也くんが頼ってきたのに…壁に徹すればよかったのに、なんで俺は」
「うーん、何言ってんの」
堂々巡りの気配を察知。
「なんで「壁じゃない」なんて言っちゃったんだろう。壁になりたい」
「こわっ! 」
慰めるのを忘れて声を上げて笑い出す香坂。そのまま項垂れる伊坂。
「兄貴は真面目だからなぁ」
雅也の言葉を否定して謝らせてしまったことに罪悪感を抱いているのだろう。
愛らしい雅也が狼狽える姿は、伊坂の胸を痛ませるのに十分だったらしい。
「壁になるの? 俺たち坂なのに? 」
「うるさいなぁ、坂でも壁でもいいんだよ」
すでに二人ともかなり酔っている。もはやどうでもいいことを語り合っている。
この日の反省会もグダグダなままに夜が更けていく。
(今度、雅也くんに「壁」って言われたら壁に徹しよう)と、誓う伊坂。
そんなことになっているとも露知らず、当の雅也はとっくにぐっすり眠っているのであった…。
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